海外の音楽教育ライブリポート/菅野恵理子

音楽祭から日常に生かせること―5つのポイントで振り返る

2012/08/28
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芝生の上で音楽を楽しむ(ラヴィニア音楽祭)

音楽祭の中には日常的に生かせそうなアイディアも多くある。以前取材した音楽祭も含め、4つのポイントでご紹介したい。(括弧内は参考例)


(1)音楽を通じて自己見聞を広める

10代・20代のうちに、様々な音楽的刺激を受けて、音楽の多面性・多様性に触れておきたいところ。たとえば同じ曲に対して複数の意見や解釈を知ることは、すぐに消化できなくとも、じっくり時間をかけて自分の視点や解釈を考えるきっかけになる。(参考:NYピアノフェスティバルペルージャ音楽祭)。アーティストや教授等と意見を交わしたり共演することで、肌身で感じとれるものもあるだろう(コモ湖アカデミーアスペン音楽祭:Piano Notesタングルウッド音楽祭:Walks and Talksアロハ音楽祭ちちぶ音楽祭)。

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終演後、音楽監督・聴衆等と個人宅でレセプション(コモ湖アカデミー主宰コンサートシリーズ)

また同世代の友人との会話や行動から受ける刺激も多い(ラヴィニア=スティーンズ音楽院カーティス音楽院夏季コース)。時には一人で旅をすることも自立心と見聞を広げるきっかけになる(アロハ音楽祭ムジカ・ムンディ音楽祭)。

さらに、音楽に触れるとは演奏したり視聴するだけではない。舞台裏でどれだけの人が動いているのかを知ったり、実際に自分が働いてみることも、違う角度からステージを見ることになるだろう(アスペン音楽祭:15歳からの会場アルバイト体験)。オーディオ・エンジニアリング、技術者、ライブラリなど、ステージは多くの人々で成り立っている(タングルウッド音楽祭:TMCプログラム)。


(2)様々なコラボレーションを体験する

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ピアノ五重奏のレッスン中(アスペン音楽祭)。

多くの人が集まる場では自然とコラボレーションが生まれるが、それは音楽においては共演という形になる。
連弾・室内楽・協奏曲などを早い段階から体験できると、コラボレーションとは何かを直感的に身に着けることができるかもしれない。他の楽器の音の出し方、弓や身体の動きを知ることで、ピアノの打鍵や響かせ方に幅広い可能性を見出し、より相手に寄り添った演奏に近づくだろう(ムジカ・ムンディ室内楽音楽祭:2週間で6曲に挑戦パデレフスキ国際マスタークラス:1週間生オケで協奏曲を学ぶマレーシア国際音楽祭ちちぶ国際音楽祭ユース&ミューズ)。「室内楽はなかなか機会がなくて・・・」という方は、ピアノソロ曲を4手連弾で弾いてみるという体験なら始められそうだ(ちちぶ国際音楽祭:連弾ワークショップ)。さらに伴奏ピアニストとしてコラボレーションを極めたいという方もこれから増えると思われる(アスペン音楽祭:Collaborative Pianistタングルウッド音楽祭:高度なコラボレーション体験)。

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室内楽のマスタークラス(ちちぶ国際音楽祭)

10代を対象にした教育プログラムは増えており、例えばヴェルビエ音楽祭(スイス)では2013年夏よりダニエル・ハーディング氏を音楽監督に迎え、ミュージック・キャンプが実施される(15-17歳対象)。より成熟したアーティストに向けては、室内楽中心のマルボロ音楽祭(米)等がある。室内楽とは共演者を尊重しながらも、一人一人の個性が確立されて初めて面白くなるものでもある(ザルツブルグ音楽祭:響き合う才)。

一方、コラボレーションとは調和へのプロセスでもある。それは音楽に限らず、日常の世界でも言えること。話が大きくなるが、グローバル世界が分断されることなく調和の道へ向かうには、一人一人のコラボレーション精神が必要とされている(ザルツブルグ音楽祭:音楽祭が発信するグローバルなメッセージルツェルン音楽祭:音楽祭が描く未来像)。


(3)音楽を様々な切り口で捉えてみる

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ショパン、シューマン等の歌曲の演奏会(ショパンとヨーロッパ音楽祭)。

ピアノ曲事典には2万曲以上の膨大なレパートリーがあるが、切り口次第で面白いプログラムができあがる(演奏するかどうかはさておき)。あるいはテーマをもつことで、今まで埋もれていた曲を知るきっかけにもなるだろう。下記は一例である。

「作曲家」を切り口にした場合。その作曲家の有名曲だけでなく、違う角度からレパートリーを眺めることで、埋もれていた曲を発見したり、作曲家の知られざる顔が浮き彫りになることがある。例えばショパンの場合、歌曲を30曲ほど書いているが、ピアノソロ曲以上に心情を吐露するような作品が多い。他の作曲家の歌曲と組み合わせることで、その内面性がまた際立ってくる(ショパンとヨーロッパ音楽祭:ショパン、パデレフスキ、シューマンの歌曲)。また古典から初期ロマン派への系譜をたどりながらショパンへと至る歴史の流れからは、若かりし頃のショパンの精神に触れることができる(同音楽祭:クラウス、ハイドン、ボッケリーニ、ロッシーニ、ショパン)。

「時代」を切り口にした場合。たとえば、ある年に書かれた作品ばかりを並べると、その時代の空気感や芸術思潮が感じられる(タングルウッド音楽祭:1912年-13年の声楽曲)。また異なる時代の作曲家同士を結びつけることで、時代を超越した価値観が明らかになる(ルツェルン音楽祭:ベートーヴェンの革新性をテーマにしたポリーニ・プロジェクト。ソナタop.53からop.111までの各曲を、ラッヘンマンやシャリーノ等の現代曲と組み合わせる)。

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伝統芸能とクラシック音楽のコラボレーション(マレーシア音楽祭)。

「国」を切り口にした場合。例えば「アメリカ」であれば、アメリカ人作曲家、アメリカにインスピレーションを得た曲、アメリカに移住・亡命した作曲家など、音楽家・音楽史にとってのアメリカという存在が浮き彫りになる(アスペン音楽祭:「Made in America」)。またその国固有の文化資源を生かして、新しい音楽を生み出すこともできる(マレーシア音楽祭:伝統芸能とクラシック音楽の融合)。

「思想」を切り口にした場合。ある思想なり哲学的思索をテーマにしたプログラムの背景には、時代を鋭く見据えた視点、社会に対する問いかけ、未来に対する提案などがある。難しいが意義あるアプローチである(ザルツブルグ音楽祭:「神話(2010年)」、ドレスデン音楽祭「ヨーロッパの心(2012年)」)。

1曲から派生させる場合:逆に1曲から多面的にテーマを広げていくこともできる。ラヴィニア音楽祭の「One Score, One Chicagoプロジェクト」ではホルスト『惑星』を題材に、ソルフェージュ体験・アートワーク・詩・星座鑑賞・天文学の基礎知識など、音楽以外にも学びの対象を広げている。


(4)音楽を地域コミュニティへ届ける

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ホルスト『惑星』をテーマに小学生がつくった作品(ラヴィニア音楽祭)

より多くの人々に音楽を広げていくために、多くの国や地域では特に若い世代を対象とした小学校コンサートや地域社会でのアウトリーチコンサートなどが行われている(ラヴィニア音楽祭ちちぶ国際音楽祭)。

小中高学校の生徒に対しては、楽曲や楽器をテーマにしたアクティビティを通じて、より親近感をもってもらうこともできる。手や身体を使って音楽を表現したり、アートワークを創作したり、楽曲に関して勉強したり、実際に音楽を「体験」することで音楽との距離がぐっと近くなる(ラヴィニア音楽祭:Reach-Teach-Playタングルウッド音楽祭:高校生のアートワーク)。またコンサートも単発ではなく、1年から3年ほどかけてじっくりパートナーシップを築き、継続的・長期的に取り組む例も増えている(最近米国ではアウトリーチより、コミュニティ・エンゲージメントと呼ぶことが多い)。

音楽や芸術教育の重要性が叫ばれる昨今、このような活動を支えるファンドレイジングはますます重要になるだろう(ラヴィニア音楽祭:Women's Boardスポンサーシップ)。


(5)自ら音楽祭を創る・動かす

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フェスティバル内の協奏曲コンクール入賞者一同と。(アロハ音楽祭)。

「ここから音楽を発信したい。皆と音楽を共有したい」?そんな熱い情熱が、音楽祭の始まりであることが多い。最近では日本人の音楽監督が活躍している国際音楽祭やコンサートシリーズもある。それぞれ著名アーティスト等を招聘したり、質の高いレッスンやマスタークラス、コンサートなどを実施している。また年を経るごとに地域コミュニティにも広まり、現地の音楽教育にも好影響を与えてきているようだ。いずれも着実な運営によって今後さらに拡大発展すると期待されている(アロハ音楽祭(ハワイ)ポーランド国際音楽祭スタインウェイ・ソサエティ・サンデーコンサートシリーズ(米ミシガン州)ファブリ室内楽演奏会(米ニューヨーク)ちちぶ国際音楽祭)。


国内外にはまだまだ多くの音楽祭があり、音楽へのアプローチもプログラムも実に多様だ。そして、そこにはアーティストたちの情熱がぎゅっと詰まっている。ぜひ音楽祭を身近に感じて頂ければ幸いである。


菅野 恵理子(すがのえりこ)

音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/

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