海外の音楽教育ライブリポート/菅野恵理子

10代の音楽祭体験(5)アーティストとしての自覚―コモ湖アカデミー主宰演奏会

2012/08/20

若手ピアニストのシリーズ「ドビュッシーと印象主義」に出演!

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美しいルガノ湖。

湖、山、オレンジ色の屋根の家々・・・スイス南部の街ルガノは、イタリアのような開放感にあふれている。交わされる言葉はほぼイタリア語で、街ゆく人々はどこか陽気だ。毎年6月にはルガノ音楽祭が開催されるが、この静けさと賑やかさの絶妙なブレンドが、アーティストがこの街に集まりたくなる理由の一つだろう。

この街では、コモ湖アカデミー主宰によるコンサートシリーズも毎年行われている。このアカデミーは国際コンクール優勝・入賞経験者がさらに研鑽を積む場所として、世界中から定評を得ている。そこから何名か推薦を受け、このコンサートシリーズに出演しているのである。毎年テーマがあり、2010年ショパン、2011年リスト・・そして今年はドビュッシー生誕150周年にちなんだプログラムでシリーズ6公演が組まれている。

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巨匠ミケランジェリも弾いたRSIラジオホール。

その一つ、5月27日RSIラジオ放送ホールにて、阪田知樹さん(2011年度特級グランプリ)のリサイタルが行われた。このホールはルガノ音楽祭で使用される会場でもあり、多くの著名ピアニストが演奏・録音を行ってきた由緒あるホールである。

リサイタルはドビュッシーのエチュード第1巻(No.1-6)から、確かな技術と端正な表情の演奏で幕を開けた。続くベルクのソナタ1番も見通しの効いた音楽の運びと音色の選択で魅せる。そして最後のアルベニス『イベリア』第2巻では、大胆に捉えた音楽、弾力性あるリズム、そして明るい太陽光を含んだような音色に変わり、会場の雰囲気もぱっと変わった。今年3月から練習したばかりと言うが、堂々としたステージで聴衆を見事に惹きこんでいた。アンコールのショパンの3度のエチュードとシューマン=リスト『献呈』を終え、聴衆から一際大きな拍手が贈られた。

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終演後のインタビュー。会場から質問がどんどん寄せられた。

この日の聴衆はルガノ周辺だけでなく、ドイツ、オランダ、たまたまバカンスで訪れていたアメリカの方などもいたが、その一人は「彼はテクニックも凄いですし、何より音楽の中にどんどん惹きこまれていきました。素晴らしかったです!」とコメントを寄せてくれた。リサイタルシリーズ主宰のウィリアム・グラント・ナボレ先生(コモ湖国際ピアノアカデミー主宰)もブラボー!と阪田さんの才能に感激していた。

終演後は司会者と一緒に再びステージに登場し、質問タイムが設けられた。といっても質問は会場から。「どのような教育を受けてこられましたか?」「エチュードは好き?」「スポーツはしますか?」次々に寄せられる質問に英語で答える様も、なかなか堂々としたもの。

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終演後バックステージにて。コモ湖国際アカデミーを運営するウィリアム・ナボレ先生(右より2人目)とトゥリッドさん(左端)。

終演後はナボレ先生ご友人宅にてパーティが行われた。なんとルガノ湖岸壁の上に立つお宅(!!)である。ルガノ湖を一望する素晴らしい眺めのリビングには、16世紀フランドル絵画やコンテンポラリーアート、中国のアンティーク家具、家族やネコの写真に至るまで、様々なものが折衷して存在している。湖を眺めながら、ベートーヴェンの使用していた楽器や版の話、ウィーンの絵画の話、来年の演奏会シリーズの話まで、いつまでも話題がつきないのであった。

音楽家であることへの強い自覚が芽生える

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まさにルガノ湖の岸壁に建っているお宅。窓の向こうには素晴らしい眺望が広がる。全員で音楽談義中。

リサイタルに先立ち、その前週にはコモ湖ピアノアカデミーでディミトリ・バシュキロフ先生のマスタークラスが行われた。同アカデミーでは年に数回著名教授によるマスタークラスが行われ、推薦を受けたピアニスト数名が受講できる。今回はユリアンナ・アヴデーエワさん(2010年度ショパン優勝)、フランソワ・デュモンさん(2010年度ショパン5位)、エンリコ・ポンピーリさん(浜松コン2位、サンタンデルタール優勝)、ガボール・ファルカシュさん(ワイマール・リストコン優勝)等が受講していたそうだ。そこに参加することになった阪田さんは、「とにかく見るもの、聴くもの、食べるもの、触れるものの全てがこれまでにない勉強になり、まさに毎日体中から吸収しているような感覚」を覚えたそうだ。これまでにオランダ、チェコ、オーストリア、ポーランド等でコンサートやマスタークラスを受けたりと海外体験は豊富であるが、また一段と意識が高まったようだ。あれから3か月、今振り返っての印象とその後の変化を伺った。

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コモ湖アカデミーにて。バシュキロフ先生(右奥)やアヴデーエワさん(右隣)等と。(阪田さん撮影)

「コモ湖ピアノアカデミーでは、マスタークラス、レッスン等を通じて、『いかに音楽家であるか』ということを考えさせられました。既に音楽家として、本格的に演奏活動されている方々の演奏を間近で聴き、練習の様子、レッスンへの対応、その生活習慣等の全てが身に染み入るように感じてきました。しばらく時を隔てて、特に今思うことは、やはり『このアカデミーは独立した音楽家のために開かれたもの』だということです。前提に個々の姿勢が確立していなければならないと感じます。『音楽家なのだ』という自覚を強く持つようになったと思います。どのような環境でも自分の音楽を追及する姿勢を第一にするということがいかに重要であるかを改めて実感し、あらゆる面で常に臨機応変に対応できる能力の重要性も痛感しました。

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ポーランド国際音楽祭にて。ほぼ毎日が本番というハードなスケジュールながらとても勉強になったという。(阪田さん撮影)

ルガノでのリサイタルは、ミケランジェリ等数々の著名ピアニストが弾いてきたホールで演奏できるということが光栄であるとともに非常に感慨深かったです。既に世界的に活躍されている若手ピアニスト方々の出演されているリサイタルシリーズですし、ラジオ放送(インタビューも!!)され、録音されることもあり緊張しましたが、かつての多くの名演奏を思いながら弾くことができたので、自然な良い演奏ができました。録音技術担当者の方からも、「素晴らしい演奏だった!すごく良い録音ができた!!」と握手を求められ、とても嬉しかったです」と大変貴重な体験になったようだ。

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ポーランドの音楽祭参加者たちと。(阪田さん撮影)ロシア、アメリカ、日本等より、10歳から演奏活動をしている若手ピアニストまで、多くの生徒さんが参加。また斉藤雅広先生もゲスト出演。

なおコモ湖アカデミー主宰による2013年度コンサートシリーズは、『Beethoven Experience』がテーマとなる。プログラムはベートーヴェンのピアノソナタ全曲、ピアノを含む室内楽全曲、ピアノ協奏曲全曲、合唱幻想曲の全23公演で構成され、阪田さんもその一つに出演する(オープニングにはヴィクトリア・ムローバが出演予定)。また2013年ジュネーブのピアノシリーズ「Les Jeudis du Piano」にも出演が決定している。


さらに阪田さんは今年7月、特級グランプリ褒賞としてポーランド国際ピアノフェスティバルにも招待出演を果たした。この音楽祭はマック・トモコ先生(ピティナ正会員)とカジミエルシュ・ブロジョフスキ先生が主宰しており、毎年ナウェンチェフという自然豊かな街で行われる。2010年よりピティナ特級グランプリが招待されている(仲田みずほさん、梅村知世さん)。

「これまで参加したどのコースよりも、アットホームで良い雰囲気のフェスティヴァルでした。ポーランドの自然を味わったり、ショパンの生家も訪ねるこ ともでき、後半には、レッスン、コンサート(連弾)、協奏曲と、リハーサルを含めると毎日が本番という盛沢山のスケジュールとなり、充実した時を過ごし、勉強になりました」と感想を寄せてくれた。ワルシャワ観光やショパンの生家等も見学し、充実した日々を過ごしたようだ。

こうした体験は記憶の中で熟成され、また音楽に反映される日が来るだろう。

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ポーランドにて、指揮者のキプロス・マルコ―氏と。(阪田さん撮影)


<お問い合わせ先>

●コモ湖国際ピアノアカデミー

The International Piano Academy Lake Como
intpianoacademy@libero.it

●ポーランド国際ピアノフェスティバル

International Music Festival
Kazimierz Brzozowski - Director
Mailing Address: 2120 Callie Dr.,
Walled Lake, MI 48390, U.S.A.
Phone: 248-669-0272
Fax: 248-669-6394
Email: info@polandfestival.com


菅野 恵理子(すがのえりこ)

音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/

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