会員・会友レポート

東南アジアの音楽教育―東南アジア音楽理事会(SEADOM)に参加して(2)―

2019/05/20
東南アジアの音楽教育―東南アジア音楽理事会(SEADOM)に参加して(2)―

執筆者:今関 汐里

前回の記事では、去る3月にインドネシアで開催された東南アジア音楽理事会Southeast Asian Directors of Music(SEADOM)の年次会議の様子をレポートした。今回は、東南アジア各国の音楽環境を概観しつつ、SEADOMの活動の意味についてより客観的に考えてみたい。なお、今回の年次会議では、学生によるガムラン・プロジェクトが行われたものの、参加者には民族音楽に従事する者が少なかったこともあり、ここでは各国の伝統音楽ではなく西洋由来の音楽に焦点を当てて論じることとする。

1.近年の東南アジアにおける西洋音楽事情

SEADOMのグループ・ディスカッションでもたびたび議題に挙がっていたことであるが、現在の東南アジアにおける西洋音楽事情は、教育に限らず、その普及率の面でも各国によってさまざまである。
まず音楽の高等教育機関に着目してみたい。表 1を見ると、東南アジアでは国によって音楽を学べる高等教育機関の数にばらつきがある。フィリピンには音楽を学べる高等教育機関が27校あり東南アジア最大であるが、ブルネイには1校もない。また注目すべきは、西洋音楽を学べる高等教育機関は、どの国においても非常に少ないということである。フィリピンの27校もある教育機関のうちの26校では、西洋音楽を教えていない。

表1 東南アジア諸国における音楽高等教育機関の数注1
国名 音楽高等教育機関
(括弧内は西洋音楽を学べる学校の数)
インドネシア 8(4)
カンボジア 1(1)
シンガポール 6(1)
タイ 13(6)
ベトナム 3(3)
フィリピン 27(1)
ブルネイ 0
マレーシア 13(2)
ミャンマー 5(1)
ラオス 1(1)

またこうした機関で研鑽を積んだ音楽家たちの活躍の場としてのコンサート・ホールやプロのオーケストラの数も、国によって状況は異なる。シンガポールには、筆者が調べただけでもコンサート・ホールは(音楽教育機関のホールを除いて)4施設あり注2、プロ・オーケストラは2つの団体注3が精力的に活動している。一方で、今回SEADOMの開催国となったインドネシアには、高等音楽教育機関が8校、プロのオーケストラも6団体注4あるものの、コンサート・ホールはたった1つ注5しかなく、西洋音楽を専攻とする音楽家の活動領域は、まだまだ未開拓であると言える。
 こうした現状はSEADOMの年次会議のさまざまな場面でも議題にあがり、各国の代表者がそれぞれの国の現状について説明する姿が多く見受けられた。とりわけ、カンボジアからの参加者は、東南アジアの中でもその教育機関の数が少なく、その普及率も他国に比べて後れを取っていることを当国の大きな課題として挙げていた。

2.東南アジアの音楽事情からみるSEADOMの位置づけと役割

以上のように、東南アジア各国には音楽教育の水準に大きな開きがある中で、SEADOMの活動はどのような役割を果たしているだろうか。
まず、SEADOM年次会議の開催は、音楽的国際交流の場を提供することに大きな役割を果たしていると言える。2日目のグループ・ディスカッションでは、タイで教鞭をとる教師の一人が「SEADOMの年次会議で様々な国の音楽教師と知り合うことにより交換留学の実現性を高めることができ、実際にSEADOMでの出会いをきっかけに交換留学を実践してきている」と述べた。SEADOMをきっかけとした交換留学が実践できているとするならば、本組織は、東南アジア全体の音楽教育水準を高めることにも貢献していると言えるだろう。またSEADOMの実施する学生プロジェクトも国境を越えた学生交流を促進している。プロジェクトに参加した学生たちに話を伺うと、ガムランの演奏以外の時間を利用して、自分たちが専攻する楽器でアンサンブルを楽しみ、お互いの演奏対してアドバイスを送り合ったという。彼らは、これからの東南アジア音楽界を引っ張っていく人材であり、SEADOMを通じて得られた人脈はこれからより一層広がっていくだろう。

3.SEADOMの議論は東南アジアの音楽教育にどう貢献しうるか?

その一方で、課題も残されていると言わざるを得ない。最大の課題は、年次会議の議題である。基調講演、グループ・ディスカッションなどを通じて「教育の質」に関する各人の意見を聞いてきたわけであるが、組織としてSEADOMが目指すものが何であるのか、はっきりと提示されることはなかった。そもそも、「教育の質」は、所属する国・教育機関、個人においてさえも様々であり、唯一無二の答えが出せるものではない。むしろ、ある人物や組織が提案する教育メソッドやカリキュラムなどを叩き台として、それに関して様々な意見を取り入れSEADOMが東南アジアの音楽教育のプラットフォームを確立していくことを目指す方がより実践的ではないだろうか。もちろん、現段階では各国の教育事情・水準には大きなばらつきがあるため、まずはその溝をどのように埋めていくかを具体的に話し合う必要性があるように思う。
ともあれ、SEADOMを通じて東南アジア各国が一丸となり、音楽教育の水準向上を目指していることは非常に意義深い。西洋音楽の受容・普及という観点から見れば、日本や中国、韓国などとも連携を取り、各国が抱える課題を解決する方向性を見つけていってもらいたい。

その1へ

注1
ウェブサイト「音楽と音楽教育機関の国際名鑑International Directory of Music & Music Education Institutions」の検索結果から筆者が作表:2019年4月4日閲覧。
注2
筆者の調査では以下4つのホールの所在を確認;Esolanade Concert Hall、Singapore Conference Hall、Victoria Theatre & Victoria Concert Hall。
注3
シンガポールのプロ・オーケストラは、Singapore Chinese Orchestra(SCO)、Singapore Symphony Orchestraの2団体である。
注4
以下6団体が挙げられる。Nusantara Symphony Orchestra、Jakarta Simfonia Orchestra、Jakarta Sinfonietta、Jakarta Concert Orchestra、Jakarta City Philharmonic、Bandung Philharmonic、Twilite Orchesrta。
注5
Aula Simfonia Jakartaがインドネシアにある唯一のコンサート・ホールとして知られている。

ピティナ編集部
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