海外の音楽教育ライブリポート/菅野恵理子

アメリカで響いたさくらの音色/2010年度特級グランプリ・梅村知世さん

2012/05/02

左より、コンサートシリーズのスポンサー、カフタンご夫妻の奥様、共演したポーランド出身アーノルドさん、梅村さん。
アメリカで響いたさくらの音色
~異国で日本の心を伝えて
2010年度特級グランプリ・梅村知世さん

ショパンの前奏曲を熱演する梅村さん。






「さくらさくら幻想曲」演奏前に、桜に関する エピソードをスピーチ。右は通訳して下さったマック・トモコ先生。


ブラームスのハンガリー舞曲第5番を共演したアーノルドさんは23歳で同い年。


展示室で練習する二人。


スタインウェイ・ホール前にて。

米国中部のミシガン州都デトロイトでは、3月中旬とは思えないほど気温が上がり、初夏のような陽気を見せていた。朝7時になると窓にはうっすらと光が差し込み、近くの池から聞こえるガチョウの鳴き声で目が覚める。ここでは自然のリズムがそのまま息づいている。

2010年度特級グランプリの梅村知世さんは、昨夏招待参加したポーランド音楽フェスティバル主宰トモコ・マック先生(ピティナ正会員)のご厚意で、ここデトロイトの街へやってきた。トモコ先生が音楽監督を務める「スタインウェイ・ソサエティ・サンデーコンサートシリーズ」のチャリティ演奏会に出演するためである。国際交流の目的も兼ねており、今回はポーランド出身の若手ピアニストとのジョイント・コンサートとなった。

3月18日(日)15時、トモコ先生によるご挨拶の後、桜色のドレスに身を包んだ梅村さんがステージに登場した。この日のために選んだのはショパン前奏曲op.28。大作でのアメリカデビューを前に、深呼吸して気持ちを整える。「この前奏曲には色々なキャラクターが詰まっている超大作なので、それを勉強しながら様々な表現を習得し、アメリカで演奏したいと思いました」という言葉通りに、1曲1曲を丁寧に描き分ける。雨だれの再現部でのしっとりした湿り気のある音、ふっと音色が軽くなる瞬間、時折聴衆同士で目を合わせてうなずく瞬間があった。

そして2曲目は『さくらさくら幻想曲』。この曲を弾く前に、梅村さんは聴衆に向けて英語で挨拶し、続いて日本語でさくらに寄せる想いを話した(通訳:トモコ・マック先生)。「昨年3月11日の東日本大震災で、津波で流されてしまった東北地方に桜の花が咲いた時、失ったものは大きかったのですが、人間は生かされていて、これからも着実に歩んでいくのだと、多くの人が桜を見て心が温まったというニュースがありました。自分自身も上野公園で満開の桜を見たとき、非常事態ではあったのですが、感動したのを覚えています。そのメロディを皆様にも聴いて頂いて、一緒に復興を願えたらと思います」。

春の象徴であり、日本人の心でもあり、復興のシンボルでもある桜。梅村さんは『さくら~』の流麗なメロディを、情感溢れる表現力で見事に表現した。「初めてのアメリカでの演奏でしたが、聴衆の皆さんがとても温かくて演奏しやすかったです。日本の『さくらさくら幻想曲』を入れて良かったと思います」。

後半はポーランド出身のアーノルド・グニヴェクさん(23歳・カトヴィツェ音楽院)。ショパンの幻想ポロネーズとシューマンの交響的練習曲を、伸びやかかつ細やかな表現力を駆使して演奏した。
最後は二人でブラームスのハンガリー舞曲第5番を共演。何度か練習を重ねて呼吸を合わせていき、ステージでは心が弾むようなデュオを披露して、客席から多くのブラボーを誘った。

実はこの10日ほど前、イタリアで開催されたピネローロ国際コンクールで4位入賞していた梅村さん。初めての国際コンクール参加で、初めこそ気後れしたそうだが、ラウンドが進むにつれて自信をつけていった。一次予選ではドビュッシー前奏曲第1集7番『西風の見たもの』バッハ=ブゾーニ『シャコンヌ』、二次予選はバッハの平均律1巻より1曲と、ショパンのエチュードop.10-10ベートーヴェンのピアノソナタ『ワルトシュタイン』第1楽章リスト『オーベルマンの谷』シューマン=リスト『献呈』、ファイナルはベートーヴェンのピアノソナタop.110ドビュッシー前奏曲第2集12番『花火』ショパンの前奏曲op.28を演奏した。
「どのラウンドにも新曲を入れました。今までフランス音楽に取り組んでいなかったので、この機会に勉強したいと思いました。皆さんのプログラム構成も勉強になりました。国によって音楽のアプローチの仕方や選曲など、こんなに国民性が出るんだと思ったのが新鮮でした。これからもっと世界の文化や歴史に触れて、その経験を曲の中で生かしながら、より大きな音楽作りに取り組んでいけたらと思います。また今の自分よりも大きなものを自分の傍におくようにして成長できたら、また内面的にも深めていきたいです」。


各国作曲家を取り上げて大盛況~邦人作品の紹介にも意欲

終演後、打ち上げ会場前で記念写真!
右はマック・トモコ先生、カジミエルシュ・ブロゾフスキ先生ご夫妻。

今回コンサートを企画して下さったトモコ・マック先生(ピティナ正会員)は、1年前からこのスタインウェイ・ソサエティ主宰「サンデー・コンサートシリーズ」のプログラミングを担当されている。このソサエティの設立はだいぶ前になるが、昨年から企画を刷新することになったそうだ。
新しいプログラムの一部をご紹介すると、例えばモーツァルトの誕生日(1月27日)にはモーツァルト音楽祭を開催し、弦楽四重奏などオール・モーツァルトプログラムを披露(カジミエルシュ・ブロゾフスキー他)、またポーランド料理とオール・ポーランド作品を組み合わせた演奏会ではショパン、シマノフスキ、ザレンフスキ等を取り上げ、聴衆の反応は大変良かったそうだ。出演者はスタインウェイ・アーティストが多いが、今回のように若手の奨学生アーティストに演奏してもらうこともある。
ではトモコ先生がコンサート企画で大切にしていることとは?

「聴衆とアーティストの間で、親密なコミュニケーションを築いて頂くことですね。アーティストには弾くだけでなく、音楽の解釈やアイディアを話して頂いています。ファミリーでお越し頂くことも多く、小学生の子でも静かに座って聴いてもらえるようにあまり長くしないようにしています。日曜日の午後ですので、教会に通った後15時から演奏が始まり、その後もゆっくり夕食を取れるくらいの時間で組んでいます。ありがたいことに、この1年間でソサエティ会員が急速に増えてきています」。

今年5月には、全米ツアーで来訪予定の「ホロヴィッツのピアノ」でオール・ロシア作品コンサートが開かれる(出演はギルモア音楽祭で賞を受賞したアイナー・モシュチュクさん・20歳)。来年はブラジル音楽のスペシャリティであるフラビオ・バラーニさんが、ヴィラ・ロボスなどを演奏する予定だそうだ。

紹介したい国・作曲家はまだまだ沢山ある。「いずれは日本人作品も取り上げたいんです。まだ評価が確立されていない方の作品もアメリカで初演したいですね」。姉妹でデュオを組むトモコ先生は邦人作品の初演にも意欲的だ。来年以降のプログラムも楽しみにしたい。

ポーランド国際音楽フェスティバル
著名教授のマスタークラスや受講生による協奏曲演奏会・コンクール等、イベント盛りだくさんのフェスティバル。毎夏ポーランドの街ナウェンチェフで行われる。毎年多くの日本人も参加している。2010年よりピティナ特級グランプリも招待参加しており、2012年7月は阪田知樹さんが出演予定。
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菅野 恵理子(すがのえりこ)

音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/

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