海外の音楽教育ライブリポート/菅野恵理子

10代の音楽祭体験(2)ボストン大学との提携でピアノ研修―タングルウッド音楽祭

2012/08/14

音楽祭×大学が提案する10代向けプログラム!

10代半ばは、様々な音楽的刺激を受けて大きく成長できる時期である。そこで大学や音楽院では、10代半ばを対象とした夏季アカデミーを開校している。今週はボストン大学とタングルウッド音楽祭が提携した教育プログラム(14-18歳対象)と、カーティス音楽院の夏季サマースクール(15-18歳対象)をご紹介したい。今回はボストン大学×タングルウッド音楽学校プログラムのコーディネーターである、シャーリー・レイフォンさん(Ms.Shirley Leiphon)に話をお伺いした。


●ボストン大学×タングルウッド音楽学校プログラム(Boston University Tanglewood Institute Program; 以下BUTIプログラム)

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ピアノプログラムの様子。エマニュエル・アックスなど、ゲストアーティストによるマスタークラスもある。(2012年)

―このボストン大学×タングルウッド音楽祭提携プログラムは、いつから始まったのでしょうか。

1967年です(ピアノは1975年から)。タングルウッド音楽センター(TMC ※来週ご紹介予定)というプログラムがあるのですが、これに準じるものを高校生対象にできないかということで、当時ボストン交響楽団指揮者だったエーリヒ・ラインスドルフ(Erich Leinsdorf)が、前年1966年秋にボストン市内のいくつかの音楽院にアプローチを始めました。それにボストン大学が応じてくれたわけです。最初はオーケストラ養成コースとして始まり、その後ピアノ、声楽、吹奏楽、作曲、ハープのコースが併設されました。現在はこの他にヤング・アーティストプログラムという2週間のコースがあり、弦楽四重奏、コントラバスの集中研修が受けられます。

―タングルウッド音楽センターではアンサンブルが主ですが、BUTIピアノプログラムはいかがでしょうか?

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BUTIプログラム事務局前。プログラムコーディネーターのレイフォンさん(左から2番目)とボストン大学関係者たち。

BUTIピアノプログラムでは主にソロを重視していますが、協奏曲、デュオ、室内楽もあります。全員ではありませんが、何人かは室内楽も学んでいます。BUTIの特徴としては、毎年特定のプロジェクトを組んでレパートリーを学んで頂きます。今年は「ラフマニノフとリスト」です。コースが始まる数か月前に講師陣から各受講生に課題が出されます。これは5年前から始まったプロジェクトで、昨年はショパンの前奏曲とエチュード、一昨年はドビュッシーでした。通常は生誕年や没年にまつわる作曲家を取り上げることが多いのですが、今年は技術的に難しい曲が選ばれました。BUTIのオーディションでは三期か四期の作品を弾くことになっていますが、バッハ、ベートーヴェン等のバロックや古典、または近現代曲が多く、リスト、ラフマニノフ、ブラームス等のロマン派はあまり弾かれないようですね。ですから高校生の学生にとってはレパートリーを広げる良い機会になると思います。来年はバッハの前奏曲とフーガです。

―日本ではロマン派がよく弾かれるので少し事情が違うかもしれませんが、今年の音楽祭ではゲルハルト・オピッツによるブラームスのピアノソロ全曲演奏会がありますので、学生さんにとってはいい機会になりますね。ソロや室内楽のほか、音楽史や理論の授業もあるのでしょうか?

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学生寮の庭ではこのようにソロや室内楽の練習風景が見られる。(c) BUTI

授業としてあるわけではありませんが、音楽を語る時に歴史観などは必然的に入ってきます。例えばリストの曲を学ぶ時、時代様式や社会背景といったコンテクストを知る必要があります。それとは別に、スケールやアルペジオといったエクササイズはカリキュラムの中に組まれています。

―10代対象なので、そういった基本的なトレーニングも必要ということですね。

皆さん小さい頃から教育を受けているので、14歳でもある程度の能力を身につけていますが、一度立ち止まって基礎を再確認することも大事だと思います。

―なるほど。ところで授業以外のアクティビティも充実しているようですね。音楽祭のコンサートを無料で聴けるという何とも贅沢な環境ですが、それ以外の自由時間には何をしているのでしょうか。

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なかなか風情あるたたずまいの学生寮。緑に囲まれた静かな環境。

練習やコンサートだけではなく、自由時間にはハイキング、水泳、サッカー、バスケ、ビーチ、美術館、映画、買い物など、それぞれの好みに合わせた活動ができます。この時期タングルウッド付近では映画祭やダンスフェスティバルも開催されています。寮にはレジデント・アシスタント(ボストン大学生か卒業生)がいますので、彼らがBUTI生の活動をこちらにフィードバックしたり、彼らからの質問に答えたり、ホームシックになる子の話を聞いてあげたりしてくれています。

―3週間×2セッションありますが、それぞれ何名ずつ参加しているのでしょうか。またオーディションの選抜方法について教えて下さい。

ピアノコースは各15名×2セッションです。今年は計30名の枠に対して90名の応募がありました。うち5名が両セッション参加しているので、頭数は25名です。応募締切は2月上旬で、ライブ審査かCD/DVD審査が行われます。2012年度は全コース合計850名が応募し、うち450名はライブ審査、350?400名はCD/DVD審査を受けました。ライブ審査は8都市(マイアミ、ヒューストン、ロサンゼルス、サンフランシスコ、シカゴ、ワシントン、ニューヨーク、ボストン)で行いました。今年の合格者は計320名(14か国38州)、アジアでは中国・台湾・韓国、日本からも1名来ています(フルート)。数年前には優秀なトランペット奏者が日本から参加したことがありましたよ。

ピアノプログラムのディレクターはProf.Boaz Sharon、準ディレクターはProf.Clara Jung-Yang Shin(韓国国立芸術総合学校教授)です。他のプログラムではボストン大学教授、ボストン交響楽団団員の他に、他都市出身の音楽家もいます。

―ピアノプログラムの卒業生を何名か教えて頂けますか?

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これはBUTIと直接関係ないが、タングルウッドの地元高校生によるアートワークが音楽祭会場に展示されている。

歌手・俳優のハリー・コニック・ジュニア(Harry Connick Jr)はクラシックピアニストとしてこのプログラムに参加していました。ピアニストのキリル・ガースタイン(Kirill Gerstein)、指揮者アンドリュー・リットン(Andrew Litton)、オペラ指揮者サラ・ジョビン(Sara Jobin)、作曲家ニコ・ムーリー(Nico Muhly)等です。ムーリーはその後作曲家となり、フィリップ・グラスのアシスタントを数年間務めていました。ピアノプログラム受講生でも、その後違う分野に進んでいる人も多いですね。特にこの年齢の生徒たちはキャリアがまだ定まっていないことも多く、この3週間で様々な可能性を見つけているようです。TMCマスタークラスを見学するうちに興味を持ち、将来参加へと繋がることもあります。今年のTMCフェローのうち約25名は元BUTI受講生ですし、ボストン交響楽団のうち14-15名はBUTI卒業生です。一段一段、音楽的な進歩に磨きをかけていくことができるのです。

―タングルウッド音楽センター生(TMC)やアーティストとの交流は行われていますか?

はい。今週末にはBUTI生が出演する合唱オーケストラコンサートがありますが、バーンスタイン交響曲第1番「エレミア」のソリストはTMC声楽フェローが務めます。またアーティストたちと言葉を交わす機会もありますね。ピアノの場合には、エマニュエル・アックス、ピーター・ゼルキン等のコンサートがありますので、終演後楽屋に挨拶にいったり、記念撮影などしているのをよく見かけます。

"Walks and Talks Program"もありますね。

このプログラムではアーティストに質問したり、気軽に言葉を交わすことができます。これまでジョシュア・ベルやヒラリー・ハーン等、多くのアーティストが出演しました。BUTI生たちは、好きな曲や練習方法、珍しい演奏会場の体験などを質問していましたね。ヒラリー・ハーンの時は、彼女が子どもたちに向けた本を書いていたので、BUTI生たちの意見を参考にしていたと思います。また街中のカフェでアーティストと出会ったり。ここでは自分たちが目標とするアーティストが、より身近に感じられるようですね。日本からもぜひこのプログラムにご参加頂ければと思います。

―14-18歳という時期にこのような音楽体験をすることは貴重ですね。ありがとうございました。


<お問い合わせ先> 

Boston University Tanglewood Institute 
855 Commonwealth Avenue Boston, MA02215
www.bu.edu/tanglewood
http://www.bu.edu/cfa/tanglewood/program/ http://www.bu.edu/cfa/tanglewood/program/yapp/
Tanglewd@bu.edu


菅野 恵理子(すがのえりこ)

音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/

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