海外の音楽教育ライブリポート/菅野恵理子

10代の音楽祭体験(3)アーティストと共演も!―アロハ国際ピアノフェスティバル

2012/08/15

ハワイで7年前からフェスティバル開催!

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会場のハワイアン・コンベンション・センター。ロビーにもヤシの木がある。

真っ青な海と空、白いプルメリアの花、ココナッツの甘い香り。ハワイは弾けるような南国の色と香りに包まれている。もっぱらリゾートとして多くの日本人にも愛されているハワイだが、実はピアノが盛ん、というと意外に聞こえるだろうか。教育熱心なアジア系住民が多く、日本人も音楽文化普及のために重要な役割を果たしている。

ハワイ育ちの中道リサ先生(ピティナ正会員)は、7年前にこのアロハ国際ピアノフェスティバルを立ち上げた。コンサート、コンクール、マスタークラス、個人レッスン等、盛りだくさんの1週間である。2008年よりピティナから福田靖子賞入賞者1名が派遣されており、小塩真愛さん(2008年)、井熊茜さん(2009年)に続き、今年は尾崎未空さん(16歳・2011年度福田靖子賞優秀賞)が派遣された。

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ディレクターの中道リサ先生と尾崎未空さん。

今年は6月16日ソロのコンクールで幕が開けた。コンクールは音楽祭2年目となる2007年から始まり、最初は20-30名だった参加者も年を追うごとに増え、今年は65名が参加した(Level A / Level B / Amateur, Junior / High School / Young Artists Representativeの6部門)。ハワイだけでなく、カリフォルニア、シカゴ、上海、日本からの参加者も。尾崎未空さんは高校生の部で見事に第1位を受賞した。

翌日の入賞者コンサートは最年少6歳のディプロマ受賞者から20代後半の入賞者、アマチュア参加者までが出揃い、とても賑やかでエネルギーに溢れるステージとなった。皆それぞれが素直で伸びやかな演奏を聴かせてくれ、会場も熱心に耳を傾けていた。後半に登場した尾崎さんは、美しく情熱のこもったメンデルスゾーンの幻想曲を演奏し、ハワイの聴衆を魅了した。(最終日には協奏曲コンクールも行われ、尾崎さんはショパン第1番を弾いて2位入賞)

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終演後のレセプションにて。左から2人目は吉原真里さん(ハワイ大学教授)、4人目はゲストアーティストの林ナナ子さん(武蔵野音大講師)。

終演後は、海を臨む中道先生宅のマンション屋上にてレセプションが行われた。美味しいサンドイッチに舌鼓を打ちつつ、アーティストと入賞者たちが潮風に吹かれながらリラックスした雰囲気の中で歓談した。コンクールといえども、フェスティバルならではのゆったりした空気感が心地よい。

今回審査にあたったのは、ジョン・ナカマツ、サラ・ビュクナー、ジョン・ベイレス等(ケヴィン・ケナー氏は後半より参加)のゲストアーティスト各氏である。翌日からはアーティストたちのソロリサイタルや室内楽コンサート等で耳を楽しませつつ、日中はマスタークラスや個人レッスンが精力的に行われた。

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全カテゴリーの入賞者たち。翌日からはマスタークラスや個人レッスンが続いた。

サラ・ビュクナー先生のマスタークラスは、ユニークなキャラクターと俯瞰した観点からの的確なアドバイスが好評だった。ある生徒には、3回同型のフレーズが続く箇所で「音楽はコミュニケーションですよ。『今日は学校に行きたくない!』を3回続けて言ってごらんなさい。あなたならどう表現する?」と、自分で表現を探すように助言していた。(このやり取りに会場は笑いの渦!)

ジョン・ベイレス先生と尾崎さんのレッスンでは、ショパンのスケルツォ第4番の指導。ベイレス先生はじっと耳を傾け、演奏が終わるや「ブラボー!何もつけ加えることはないですよ」と感動を伝え、その後フレーズの作り方やテンポの取り方などをアドバイス。「ヴィルトゥーゾ的なパッセージでもよく聴きながら弾くと、和声的にも音楽的にもさらに素晴らしく聴こえると思いますよ」と優しい語り口で教えてくれた。

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ジョン・ベイレス先生のレッスン風景。右半身リハビリ中のため、ガラコンサートでは左手のための自作曲を大変美しい音で披露されたそう。

尾崎さんは「先生方には気がつかないところでフレーズの作り方や、全体的に大事なこと等を教えて頂きました。ハワイは海が綺麗で人も親切に日本語で話しかけてくれた人もいました。レッスンを受けて演奏がより良くなるように集中し、空いている時間にはハワイの綺麗な自然を見たりショッピングして楽しみたいです」と、フェスティバル中に語ってくれた。

尾崎さんは今回1人でハワイへ渡航。レッスンにはなるべく通訳をつけずに自力で臨み、他の受講生とも積極的にコミュニケーションしたりと、旺盛な好奇心と度胸がとても頼もしい。現在千葉県内の高校芸術学科に通い、週8時間ある音楽のクラス以外は普通科と同じ授業を受けているそうだ。忙しくも充実した毎日の中に、このハワイでの音楽体験がまた一つ彩りを添えてくれそうだ。

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コンサートで世界を駆け巡るジョン・ナカマツ氏は「ここではレッスンができるのもいいですね」という。メンデルスゾーンの時代背景や楽器の特性から解釈を深めていく。インタビューはこちらへ。

やはり日本から参加した大井手慶さんは、入賞者記念コンサートではヤング・アーティスト・リプレゼンタティブとして出演し、ベートーヴェンのソナタop.53ワルトシュタイン第1楽章を披露した。医療の世界で働くかたわら、ピアノへ並々ならぬ情熱を注いでいるそうだ。

「ぶらあぼ誌でアロハ音楽祭の情報を見つけてすぐ、連絡先となっていた上仲先生にお電話しました。ハワイという場所も素晴らしく、色々な参加者やアーティストとお話しできるのもいいですね」。


ユーモア精神とアーティスト魂を見せたガラコンサート

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こちらはフェスティバル半ばに行われた室内楽コンサート。ビュクナー女史とナカマツ氏によるモーツァルトの4手のピアノソナタK.521は、お互いユニークで繊細な持ち味を十分に生かした演奏だった。

このアロハ音楽祭最大の見せ場は、何といっても最終日のガラコンサート(Grand Finale Extravaganza)。ゲストアーティスト全員が出演し、1台1手(ジョン・ベイレス『ヘンリー・スタインウェイのためのエレジー』)から始まり、1台6手、2台8手、4台16手、そして2台・3台・4台ピアノなどを披露した。筆者は日程の都合で聴けなかったが、上仲典子先生(ピティナ正会員・アロハ音楽祭役員)がコンサートの様子を教えて下さったので一部ご紹介したい。

「前半最後のワグナー『ワルキューレへの騎行』は4台16手、全員がオペラ座から借りてきたヘルメットをかぶり(尾崎さんがすごくかわいかったです!)、ビュクナー女史の指揮で演奏し、大音響に客席も盛り上がりました。後半はサン・サーンス『死の舞踏』は再びサラの指揮で4台16手。演奏者はマントを着たり、マスクをかぶったり、骸骨のお面をかぶったりしながらの演奏でした(尾崎さん、上仲先生も参加)。アンコールの『星条旗』(3台24手)では、最後のフレーズを我々全員が立って演奏。受講生たちが会場でクラッカーを鳴らし、シャボン玉を飛ばしました。

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音楽祭後半から登場したケヴィン・ケナー氏。コンサート、マスタークラス他、ガラコンサートも大いに盛り上げた。(上仲先生撮影)

とても楽しくアメリカ的ユーモアに溢れたコンサートでしたが(一番目立っていたのがケヴィン・ケナー氏の三枚目ぶり)、質は高く中身はしっかり充実させる、そんなアーティスト達の心意気を感じました。どんな状況でもいざ本番となると異様な集中力を見せる米国アーティスト達のタフさ、スケールの大きさには毎年驚かされます。このことは子供たちにも言えることで、毎回協奏曲コンクールの伴奏をしているのですが、合わせの時には感じなかったソリストのエネルギーを、本番の舞台上で強く感じることが多々あります」。

ちなみに上仲先生は「中トリオ」(ジョン・ナカマツ、中道リサ、上仲典子)や、2台8手によるウェーバー『舞踏への勧誘』で、ナカマツ氏、ケナー氏、ビュクナー女史と共演したそうだ。最後はビュクナー女史と中道先生が『パリのアメリカ人』で賑やかに締めくくったりと、様々な年代が入り混じりながら、大いにステージは盛り上がったようだ。

アロハ音楽祭設立のきっかけと地域への影響

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中道リサ先生。東京とハワイを往復するご多忙な日々を送っている。

中道リサ先生はどのようなきっかけでこのフェスティバルを始めたのだろうか。
「ハワイにはアジア系の教育熱心な方が多くピアノも盛んなのですが、海外に出る機会がなかなかありません。そこで私が先生方を外から呼んでくれば素晴らしいレッスンを受けて頂けるのではと思い、2006年にフェスティバルを立ち上げました。参加者数も年々増えてきて、地元の先生方や子供たちにも良い勉強の機会になっています。よりレベルを高めるにはアカデミーに参加して、素晴らしい先生方のレッスンを受けるという流れが出来てきています。この音楽祭の活動内容や意義を理解して頂くのには数年かかりましたが、音楽教育に対する熱が年々高まってきており、今では色々な方が率先して協力して下さっています。ほとんどが個人の方々の寄付ですが、『素晴らしい活動にぜひ協力させて頂きたい』とケータリングを無償援助して下さったりと、様々なところでご協力頂いています」。

故郷に恩返ししたいという中道先生は、今やハワイの音楽シーンには欠かせない存在である。ハワイ交響楽団(前身はホノルル交響楽団)が3年間のブランクを経て今年復活したが、そのオープニング公演でソリストを務めたのも中道先生だ(大友直人指揮・モーツァルト協奏曲第20番)。ハワイ州知事やホノルル市長も来訪し、州知事公邸で大々的なレセプションが開かれたそうだ。そして今はご自身が主宰するアロハ音楽祭が、地元の音楽教育水準向上に大きく貢献している。

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上仲典子先生と、ハワイ出身で現在ジュリアード音楽院に通っているタリオさん。タリオさんもこの音楽祭に馴染みの顔だそう。

音楽祭役員として初回から見守っている上仲先生は、地元の音楽教育に与えた影響をこう語ってくれた。「この6年で地元の方々の姿勢が大きく変わったように思います。レッスンを受ける時の服装や意識等も変わりました。また聴衆も年々増え、一般の方々も数多く見学にいらしており、子供たちの白熱した演奏を楽しまれていたようです。ハワイでは他にもコンクールは行われておりますが、国際コンクールはこのアロハのみ。地元の指導者達も注目していますし、ピティナ始め、海外からの参加者や地元に戻ってくるハワイ出身者などの演奏を聴いて、地元の子供達も大きな刺激を受けているように思います」。

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中道先生、サラ・ビュクナー先生と受講生たち。(上仲先生撮影)

アロハで育った地元の子も活躍を始めている。今回は最終日ガラコンサートで地元の高校生エヴァン・リンさんがアーティスト達と共演したり、またジュリアード音楽院生タリオさんが帰省中で会場にも姿を見せていた。ジュリアード進学者は中道先生以来長いこと出ていなかったそうで、ハワイの音楽教育界にとっては大きな期待の星である。

そんなハワイで充実した時間を過ごしたという尾崎さんは、「海外に一人で行くのは初めてでしたが、中道先生、上仲先生や地元の方々がとても親切にして下さり、楽しく行ってきました。コンサートでも演奏する機会がいろいろあったり、友達もたくさんできて充実した1週間でした」と感想を寄せてくれた。

なお2013年度より、福田靖子賞入賞者に加え、ピティナE級金賞受賞者をアロハ音楽祭にご招待できるよう、CrossGivingで寄付金を集めることになった(詳しくはCrossGivingページをご覧ください)。また今年試験的に行ったアマチュアコースの強化、コンクールにアマチュアカテゴリーの追加が検討されているそうである。ハワイの風はますます熱くなりそうだ。

<お問い合わせ先>
アロハ国際ピアノフェスティバル
Aloha International Piano Festival
info@alohapianofestival.com


菅野 恵理子(すがのえりこ)

音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/

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