海外の音楽教育ライブリポート/菅野恵理子

20代の音楽祭体験(4)高度なコラボレーション体験―タングルウッド音楽祭

2012/08/27

高度で多彩なコラボレーション体験を

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Ozawa Hallで行われたTMCオーケストラのコンサート。エマニュエル・アックス(pf)との共演も。

タングルウッド音楽祭が始まった3 年後の1940年に、セルジュ・クーセヴィッキーによって創設されたタングルウッド音楽センター(Tanglewood Music Center 以下TMC)。ここでは大学レベル、あるいは大学・大学院を卒業しプロフェッショナルな音楽活動を始めている若手アーティストが、さらに研鑽を積むために参加している。キャリアのためのスプリングボードと言えるかもしれない。実際ボストン交響楽団はじめ、全米の交響楽団メンバーの約20%がTMC出身者と言われる。講師陣はエマニュエル・アックス、クロード・フランク(共に室内楽)といったアーティストやボストン交響楽団メンバーが務める。ここでどのような取り組みが行われているのか、TMC 学生担当主任マイケル・ノック氏(Mr.Michael Nock)にお話を伺った。


●現代音楽への積極的な取り組み

―先日はTMC声楽フェローやTMCオーケストラによるコンサートを興味深く拝見しました。まずはピアノのフェローについてお伺いします。14歳―18歳対象のボストン大学・タングルウッド提携プログラム(BUTIピアノプログラム)ではソロがメインでしたが、TMCはコラボレーションが多いようですね。

タングルウッド音楽センター(以下TMC)では共に音楽を創り上げることを目的としています。コミュニティの一員であることを自覚した上でのハイレベルなコラボレーションを目指しています。ピアノはソロも少しありますが、声楽伴奏、室内楽、オーケストラ伴奏といったコラボレーションがメインです。8週間で取り組む曲は7?8曲で、教授陣が各フェローの課題曲を事前に決めます。

―現代音楽の取り組みが多いですね。TMC作曲フェローによる委嘱作品もありますか?

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Ozawa hallの向かい側にあるTMCのセンター。

コンテンポラリの作曲家を取り上げるのは、タングルウッド音楽祭創設75年来の伝統です。20―21世紀の作品が多いですね。若手アーティストが現代作曲家の作品に取り組み、一緒にワークすることも大切な経験だと考えています。委嘱作品も毎年ありますが、今年は75周年記念年のため、数が増えて4曲あります。作曲フェローは6人、講師はジョン・ハーヴィソン、マイケル・ガンドルフィ、ジョージ・ベンジャミンの各氏です。

―プログラムは8週間ですが、その期間中、コンテンポラリはどのくらいの割合で取り組んでいるのでしょうか。

バランス良く様々なレパートリーを勉強してもらいます。割合としては、クラシックの作品が3分の2、コンテンポラリが3分の1でしょうか。もうすぐ現代音楽週間(Festival of Contemporary Music, Director:Oliver Knussen)が始まりますので、そこで新曲を多く取り上げます。

―アメリカではコンテンポラリ作品の演奏機会が多い印象ですが、どのくらい人気がありますか?

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マイケル・ノック氏。

地域によりますね。ニューヨークではとても盛んです。タングルウッドの聴衆はニューヨークから来ている人が多いので、彼らは大変興味を持って聴いてくれています。ボストン、LA、シカゴなどでも人気があります。各地のオーケストラでも現代曲をもっと取り入れるように努めています。もちろんスタンダードな作品を求める聴衆も多くいるので、バランス良く組み合わせています。例えば先日はプロコフィエフのロミオとジュリエット、ドボルザーク、レスピーギに加え、シェーラー(Schuller "Dreamscape", TMC委嘱作品)を世界初演しましたが、新しい曲も聴けたと大変反応が良かったです。

―新曲や現代作品でプログラムを構成する時、そこに何らかの文脈があるとより分かりやすいですね。少し時代は遡りますが、先日の声楽コンサートでは「Hommage to Pierrot」と題して1911年―1912年に書かれた作品で構成されていました。(Ireland, Rachmaninov, Villa-Lobos, Debussy, Ravel, Falla, Berlin, Schoenberg等)このプログラムはどなたが構成しているのでしょうか。

声楽コンサートは声楽教授陣で決めました。他にも色々なスタッフが関わっており、指揮者、アーティスト、教授などが、お互いに納得できるところで構成しています。

●多彩なコラボレーション

―TMCでは著名アーティストや指揮者との共演も多くありますね。

そうですね。コンサートは毎週のように行われており、今週末TMCオーケストラはシャルル・デュトワ指揮でメシアン、ストラヴィンスキー、ヴァレーズ、リンドバークを演奏します。また最終回はギル・シャハムをソリストに迎えて、ベートーヴェンとバルトークを演奏する予定です。

―豪華な共演者ですね。ダンサーとのコラボレーションもありますね。その他にもユニークなコラボレーションがあれば教えて下さい。

ダンサーとのコラボレーションは10年ほど前から行っています。Mark Morris Dance Groupという素晴らしいダンスグループがあり、彼らのダンスの動きを見ながら曲を創ったり、曲を聴きながら動きを考えたりと、協同作業をしています。(今年はウォルトン、シューベルト、フンメルの曲に振付)こうしたIntra-arts collaborationに力を入れ始めています。

―それは興味深いです。また器楽演奏や作曲以外にも、ライブラリー司書、オーディオ・エンジニアリング、出版等のプログラムもありますが、これはタングルウッドならではですね。

ライブラリー、オーディオエンジニアリングは10―12年前、出版は4―5年前に始まりました。クーセヴィッキーは、「ボストン交響楽団のリソースを次世代の教育のために使うべきだ」という思想を持っていました。教育に必要なものは全て揃っているので、それを利用してプログラムを拡充しようと考えたわけです。今年出版部門には1名参加しています。ヴィオラ奏者でボストンを中心に執筆活動し、音楽祭のプログラムノーツもいくつか書いています。

●オーディションについて

―TMCの選抜オーディションについて教えて頂けますか?

ライブ審査をニューヨーク、シカゴ、クリーブランド、ロサンゼルス、サンフランシスコ、ヒューストン、ボストン等で行っています。少数ですがDVDやCDも受け付けています。講師陣やボストン交響楽団メンバーも含めて最終決定し、結果は数週間後に発表されます。受講生は全員フェローと呼ばれ、滞在費等全ては奨学金によってカバーされています。年齢は18―35歳くらいで平均24歳です。オケは比較的若く、指揮や作曲などは少し年齢が上の方が多いですね。

―オーディションでも現代曲が必須でしょうか。また現代曲は少し苦手・・という方はいらっしゃいますか。

オーディションでは必ずしも現代曲を含む必要はありません。今まで経験したことのないことに取り組むと、最初は大変な思いをすることもありますが、それを学ぶのもタングルウッドの醍醐味の一つです。葛藤を乗り越えて課題を成し遂げ、タングルウッドを去る時には新しいスキルを獲得することになるのです。様々な局面を乗り切ると、何でもこなせるという自信がつきますね。

―プログロム期間中にコンクールはありますか?

いいえ、ありません。全ての学生は同じく才能があるというのが、私たちの考え方です。音楽院内外でもあふれるほどコンクールがあるので、ここでは皆がhappy family"であろうと努めています。

―多くのコンテンポラリ作品を含む意欲的なプログラムが興味深いです。来年も楽しみです。ありがとうございました。


<お問い合わせ先>
Tanglewood Music Center
301 Massachusetts Ave.
Boston, MA 02115
tel: 617-638-9230
fax: 617-638-9342
email: tmc@bso.org


菅野 恵理子(すがのえりこ)

音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/

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