海外の音楽教育ライブリポート/菅野恵理子

今こそ音楽を!第6章4.生活空間・自然環境に溶け込んでいくステージ1

2016/03/08
第6章:ライフスタイル&ボディ編
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生活空間・自然環境に溶け込んでいくステージ

人の感性は、環境によっても磨かれていく。近年ステップの全国展開などにより、「いつでもどこでも」ステージに立てる環境が整ってきた。さらにはご自宅にサロンやホールを構えるピアノ指導者も少しずつ増え、生活空間がそのまま音楽空間へとつながるようになった。また音楽空間がそのまま自然空間へとつながるような、開放的なステージやホールも見かけるようになった。音楽は、どんどん外へ開放されてきている。

生活空間の中にステージ~広まりつつあるサロン文化
サロンで演奏するシューベルト

親密な音楽空間といえばサロンだ。サロン文化が花開いた19世紀、シューベルトはサロンで友人知人を前によく演奏を披露した。文豪ゲーテの自宅には客人が集まるサロンがあり、ギリシア彫刻やレリーフのレプリカが並ぶ中にピアノが置いてある。ここでクララ・シューマンが演奏したり、子供時代のメンデルスゾーンが一夏を過ごし、その思想に感化を受けている。またショパンもサロンで様々な芸術家と交流し、ジョルジュ・サンドに出会い、類い稀な音楽が生まれた。生活空間の延長にあるこじんまりとした親密な空間だからこそ、より細かい音楽の波動が伝わってくる。

近年、日本もヨーロッパのようなサロン文化が生まれる土壌が整いつつある。ピティナ・ピアノステップや地元密着型コンクールが全国各地で行われ、人の移動も迅速になり、いつでもどこでもステージに立てる環境が整ってきた。そして昨今では、自宅にサロンを構えるピアノ指導者や演奏家が少しずつ増えている。ピアノに関わる人であれば、ご自宅にホールを持つのは夢だろう。自らコンサートやセミナーを企画・出演したり、音楽を通してコミュニティを結びつけたりと、その可能性は大きい。たとえば、ピティナ録音コンサートやピティナ・ピアノステップの会場としても活用されている。

全国に先駆けて、ご自宅ホールで公開録音コンサートを行ったのは、大阪の中西利果子先生(大阪・池田フェリーチェステーション代表)
フェリーチェホール



岡原慎也先生(大阪音大大学院ピアノ研究室主任教授)を迎えての録音コンサートは好評を博し、2008年以来シューベルティアーデのシリーズが続いている。また指導者対象セミナーやステップが随時開催されるほか、チューリヒ・トーンハレ管弦楽団メンバー(石橋幸子さん)を迎えてのヴァイオリンコンサートやアンサンブルステップ、ウィーン国立音大教授(山田佐和子先生)によるコレペティレッスン、お弟子さんの海外留学や進学を応援するための演奏会や、ご自身も出演するアンサンブルの演奏会も企画。最近では「フェリーチェホール歌の会」というグループも結成し、声楽の先生を迎えてのレッスンには、遠方からの参加者もいるそうだ。さらにはクラシックだけでなく、ジャズ、フォルクローレ、タンゴまで、多彩なアーティストが出演している。

では中西先生がホールを創ったきっかけとは?以前からご自宅レッスン室でコレペティのレッスンにウィーンからお呼びしていた三ッ石潤司先生(現・武蔵野音大教授)と、「いつかぜひ皆が集まれるホールを! 」と夢を語り合っていたそうだ。そして今から10年前、ご主人のクリニック開業にあたり、その2階にコンサートホールを新設した。患者さんを招待する無料コンサートを開くこともあるという。コミュニティの中にある、華やかでアットホームな音楽の空間。まさにヨーロッパのサロンのようである。(最新情報:奈良井巳城先生によるセミナーが4月開催予定)

また京都の松田紗衣先生京都アトリヱステーション代表)のご自宅のサロンは、天井の高い開放的な間取りに、お父様が制作された彫刻作品が並び、そしてスタインウェイが置かれているというアーティスティックな空間だ。ここでは2009年にステップ、2012年には金澤鼎氏による公開録音コンサートが開催されている。また千葉の根津栄子先生市川フレンドステーション代表)宅のサロンでは、セミナーやコンサートを開催したりと活発である。さらに深谷直仁先生安城あさひステーション代表)のホールも本格的で、貸し出しもされているそうだ。

自然環境に溶け込んでいく建築デザイン
~自然になじむホール
ルーブル美術館ガラスピラミッド下のホワイエでコンサート!

海外のコンサートホールには、ホール内にいても自然の存在を感じる場が多い。たとえばザルツブルグのモーツァルテウムはステージ後方がガラス張りで、外の風景が素晴らしい背景となっている。フランスでは毎年6月の夏至の日が「音楽フェスティバルの日」に指定され、街中のあらゆる場所がステージになる。そのフィナーレを飾るのが、ルーブル美術館のホワイエである。まだ薄明るい22時からパリ管弦楽団のコンサートが始まるが、ガラスピラミッドから差し込む光が、だんだんと夜景に変わっていく様はなんとも見応えがある。自然の移ろいとともに、時間芸術である音楽を楽しむのも、また一興である(参考:Fete de la Musique 音楽と戯れる1日


毎年「ラ・フォル・ジュルネ」エリアコンサートの会場となる丸ビル1階

昨今日本でも、ステージ背景がガラス張りになっているコンサートホールを見かけるようになってきた。たとえば江東区豊洲文化センターやフェニックスホールなど(このようなホールもある→兵庫県 三木山森林公園音楽院ホール、なら100年会館。四方が壁に囲まれた従来型のコンサートホールではなく、ガラス張りで周囲の環境と馴染むようなデザインである。屋内の音響、野外の光と開放感、二つを兼ね備えている。同じく音楽を聴いても、なんとなく気分が開放的になる。また外からも見えることによって、内側の音楽空間が感じられるのもいいものだ。

内と外が有機的につながっていくこと。これは最近の建築物にも言えることで、自然環境との調和・共存を考えたデザインが多くなっている。家づくりにしても、光、熱、風など、その土地ならではの自然環境や気候を有効活用し、省エネでサステイナブルなデザインが見直されているという。これを「パッシブ・デザイン」と呼ぶそうだ(飯田祥久著『知的富裕層が選ぶ先進的健康住宅』p54)

周囲の環境となじむ音楽の場が、これから増えていきそうだ。

コラム:環境を生かすデザインの思想とは?

未来の生活空間をどうすればいいのか?自然環境とどう共存させればいいのか?そんな大命題に50年前から取り組んでいるデザイン会社がある。フォスター+パートナーズは英国を中心に、全世界でサステイナブルかつエコフレンドリーなデザインを手がけている(フォスター+パートナーズ展、六本木・森美術館)。その土地の自然、環境、文化、歴史的文脈を汲みつつ、そこに最も見合った建築物をデザインするため、自然の光を最大限に採り入れ、重量的負荷を軽減した素材を用い、環境を消耗しないエネルギーの使い方を開発してきた。

大英博物館のグレートコート
(c)British Museum

たとえばよく知られているのは、大英博物館のグレートコート。自然光をふんだんに取り入れたガラスの天窓や、中心部にある円形図書閲覧室(1857年)を上手に生かしたデザインで、歴史への敬意、自然環境との調和、来館者への配慮、経済性、ユニークネス(3000枚以上あるガラスの形状が全て異なる)と、すべてを満たすデザインである。

自然や天然資源との調和は、サステナビリティの象徴である。人が人らしく生きるのに、自己表現の場が必要だとすれば、生活空間の中に音楽やアートの空間が入ることは、自然な流れになるのではないだろうか。

  • 同社には、ベルリン自由大学、ドイツ連邦議会新議事堂、南仏のワイナリー、香港の西九龍文化地区、アブダビの未来都市マスダールシティなどのデザイン実績がある。
4.生活空間・自然環境に溶け込んでいくステージ2 へ
INDEX

菅野 恵理子(すがのえりこ)

音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/

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