海外の音楽教育ライブリポート/菅野恵理子

今こそ音楽を!第4章 経済「暮らしの質全体を測るべき」(1)

2015/08/19
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第4章:経済 「音楽の見えない経済的価値とは?」
1
暮らしの質全体を測るべき 余暇時間にも価値がある~グローバル指標が変化している

この章では、主に音楽を習う人について「なぜ音楽(ピアノ)学習にお金を払うのか」そこにどのような価値を見出しているのか、それは産業全体からみるとどんな意味があるのかについて考えてみたい。

国民総生産GDPは、生産活動を通して生まれる物やサービスの総額であり、国の経済力を測る上で欠かせない指標である。しかし、金銭で換算されていない価値もあるのではないか、国の力を経済指標だけで測るべきなのか、経済力が高まれば幸せになるのか・・?

様々な議論の中、2008年にフランスのサルコジ元大統領はある提言をした。もし余暇時間をスポーツや文化などの非市場活動へ充てることに何の経済的価値も見いだせないと言うなら、それは人間の潜在能力実現よりも高生産性を優先するという意味であり、ヒューマニズムの原則に反する、と述べたのである。(参照:『暮らしの質を測る~経済成長率を超える幸福度指標の提案』スティグリッツ他著・福島清彦訳、2012年、p8)
これを受けて、ジョセフ・スティグリッツ米コロンビア大学教授(2001年ノーベル経済学賞受賞者)などが『超GDP報告書』を著し、全世界の経済学者や政治家等に影響を与えた。

超GDPとはGDPを補足する概念で、暮らしの質全体を測る指標である。スティグリッツの訳書もある福島清彦氏(経済学者・立教大学経済学部特任教授)は、超GDP時代の主要資本は「目に見えず常に変動する人的資本、組織内資本(人とのつながり)」であり、金銭も大事だが、文化活動や人とのつながりをもっと大切にするという方向へ価値観がシフトするかもしれないとしている。


日本では教養費・教育費にどれだけかけているか?

私たちはどんなライフスタイルで生きているのだろうか。総務省の定義によれば3つの活動に分類される。平成 23年度社会生活基本調査より

1次活動 睡眠や食事などの生理的に必要な活動
2次活動 仕事や家事など社会生活を営む上で義務的な性格の強い活動
3次活動 1次・2次活動以外で各人が自由に使える時間における活動

全体的な傾向としては若年世代を除いて、2次活動が減少し、3次活動が増えている。ワークライフバランスが見直されてきている証だろうか。特に過去25年間でこの3次活動の増加は顕著で、1986年5.47時間→2011年6.27時間に増加した。つまり全体の4分の1以上が余暇・自由時間に割り当てられている(「男女、年齢階級、行動の種類別生活時間?週全体」/平成 23 年度社会生活基本調査p5)

余暇時間は暮らしの質全体に影響する。現在グローバル規模で開発が進んでいる「客観的幸福度」を測る8項目*の中に、“人々が起きている時間をどの活動に、どのような優先順位で、どのような比率で割り当てているのか”を評価する指標があり、余暇時間も重要とみなされている(『国富論から幸福論へ』福島清彦著p89参照) 。余暇時間には個人の内面を充実化させ、中長期的に生活の質を上げる力がある。

  • 健康、教育、個人的諸活動、政治への発言と統治、社会的なつながり、環境条件、個人の身の安全、経済的な不安定感。上記は個人的諸活動にあたる(主観的幸福度については第3章をご参照頂きたい)

では、ピアノを学ぶ若年世代の余暇時間について詳しく見てみよう。学習・自己啓発・訓練(学業以外),趣味・娯楽,スポーツ及びボランティア活動・社会参加活動は「積極的自由時間活動」にあたり、2011年度は10~14歳は2.23時間、15~19歳は2.18時間で、1日の10%弱を占める。「ピアノや音楽を習う」はこのカテゴリに分類されるとする。

この時間にどの程度教養費が費やされているだろうか? 文部科学省による子供の学習費調査(平成24年度版)では、「その他の学校外活動費」として芸術文化活動への活動費が多いという結果が出ている。調査によれば、1年間で"公立小学校では35,000円,私立小学校97,000円"となっている。学年別にみると、最も多いのは私立小学校3年の約106,000円である。これをさらに世帯年間収入別に表したのが、右のグラフである(参照:『子供の学習費調査』p24「世帯の年間収入別・学校種別その他の学校外活動費」より。幼稚園から高校までの事例が掲載されている)

「音楽(ピアノ)を学ぶこと」は学外の芸術文化活動のひとつとして、教養娯楽費と見るか、教育費の延長と見るかは個人差があるだろう。これは平均値であるから、収入や家計方針次第で、もっと多い世帯や少ない世帯があることは言うまでもない。国や文化によっても違うだろう。3次活動の捉え方は自由裁量であるがゆえ、最も個人差が表れる部分だ。

1次活動の食費や光熱費等のように短期的ニーズを満たすものとは異なり、3次活動の教養・文化芸術活動はより中長期的に人を内側から変える力をもつ。そして将来生産や創造などに関わる2次活動の担い手になったとき、その潜在的能力が大きな力を発揮するかもしれない。そうした潜在価値を考慮すると、消費ではなく将来への投資と言えるだろう。

INDEX

菅野 恵理子(すがのえりこ)

音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/

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