海外の音楽教育ライブリポート/菅野恵理子

今こそ音楽を!第6章6. 他の世界ともつながる、音楽の豊かなポテンシャル

2016/04/12
第6章:ライフスタイル&ボディ編
6
他人、他楽器、他世代、他分野とも繋がる、
音楽のポテンシャル

昨春から始まった「今こそ音楽を!」連載も、本記事で最後となる。あらためて、音楽にはどんなポテンシャルがあるのかを考えてみたい。

音楽には、人と人、人と社会、社会とそれを取り巻く自然など、あらゆるものをつなげる役割がある(参考:第6章第3回4回記事。そしてそこには、つながるためのコンテクストや人がいる第5回記事。では、どんなレベルのつながり方がありうるのだろうか?

1.他者とつながる
2015年度グランプリ・篠永紗也子さんによる室内楽演奏(ピティナ入賞者記念演奏会より)

他者とつながるといえば、アンサンブルだ。昨年、コンペのデュオ部門が大幅再編され、連弾プレ初級や2台ピアノ協奏曲カテゴリが新設された。またステップでは、アンサンブル総数が過去5年で約1200組増加。中でも、アンサンブル活動の継続意識が強いと思われる団体登録者は、過去5年で2倍以上に増えている。また兄弟姉妹での連弾や、ファミリーアンサンブルなど、身近な人と一緒に楽器を弾く習慣が、少しずつ広まっている兆しを感じる。一番身近な人に、耳を開き、心を通わせる。そんな音楽の役割が見えてくる。

早くからアンサンブルの教育的効果を唱えてきた江崎光世先生(ピティナ理事・課題曲選定委員長)は、1980年代にピアノ連弾部門を提唱した。今はデュオ部門として、着実に参加者が増えている。兄弟・姉妹・友人デュオとして小さいころから連弾を重ねてきた門下生たちは、ソロでも活躍している(写真:2015年度2台ピアノ初級金賞の福田孝樹・瑞貴くん兄弟)

2.他楽器、他世代、他国とつながる

お互いに呼吸を合わせ、音を注意深く聴きあい、ともに音楽を創り上げる相手は、同じ世代や国籍とは限らない。アンサンブルの醍醐味は、様々な楽器、様々な世代、様々な国の人と繋がれるというダイナミズムにある。そこに音楽があるだけで。

室内楽・協奏曲に特化したちちぶ国際音楽祭で指導する多喜靖美先生。海外教授によるマスタークラスも。

アンサンブル普及のため日々全国を奔走している多喜靖美先生は、毎夏「ちちぶ国際音楽祭」を開催。日本にいながらにして、海外教授やアーティストによる室内楽や協奏曲のレッスンが受けられるというフェスティバルだ(参考:2012年度リポート。第1回目から、アメリカ、オーストリア、フランス、トルコ、韓国などからアーティストが来日し、英語を公用語としてコミュニケーションを取るなど、会場全体が国際的な雰囲気に包まれていた。また熟練したアーティストとの共演は、若い音楽家にとって大いに刺激になったようだ。

また音楽とは対話である。まさにその名を冠したMusic Dialogue(音楽監督:大山平一郎)*は、世代や分野の垣根を超えたダイアローグを試みながら、室内楽普及活動を展開している。今年は秋田でのセミナーを経て、東京でセミナー講師4名による演奏会が行われた。同音楽監督でヴィオラ奏者の大山平一郎氏、ピアノのアレッシオ・バックス氏など、いずれも各国で活躍するアーティストである。特にバックス氏のピアノは、全体のバランスを注意深く聴きながら、その多彩な音質や音色を駆使して、大きな音楽の輪郭を描いてみせた。国籍も世代も違う4名が奏でるカルテットで、静かなリーダーシップを発揮していた。(写真左:2015年度チャイコフスキーコンクール・チェロ部門3位のアレクサンダー・ブズロフ氏、右:1997年浜松国際ピアノコンクール1位のアレッシオ・バックス氏)。

対話はコミュニケーションであるとともに、クリエーション(創造)の源でもある。「一人一人がしっかり個性を持っていれば、そこから議論が生まれ、互いの考えを共有することができます」「一人一人が音楽に投影しようとするものは違います。だから私はいつも、共演者と何か新しいものを創ろうと試みているのです」というのは、フランスやベルギーを中心に活動するvn.マーク・ダネルとpf.イタマール・ゴランの両氏。こちらの事例もご参考頂きたい。

3.他分野、他世界とつながる

一人一人が自立しつつ、お互いを尊重しながら奏でるアンサンブル。そのためには、 誰がどんな資質を持ち、全体をどの方向に導いていくかという巨視的視点が必要である。オーケストラでは、まさに指揮者がその役割を果たしている。

2月に来日公演を行ったダニエル・バレンボイムとベルリン国立歌劇場管弦楽団(撮影:堀田力丸)

今年2月、バレンボイム指揮&ベルリン国立歌劇場管弦楽団によるブルックナー交響曲のツィクルス&モーツァルトピアノ協奏曲の演奏会が行われた(於:サントリーホール)

バレンボイムの音楽には、どこか透徹した透明性を感じる。あらゆる音や人と等距離を保ち、しかしすべてを把握し、時に応じて向き合い、ぐっと寄り添う。モーツァルトの協奏曲第23番では、オーケストラの一つ一つの音との距離感を測りながら、その中でピアノという楽器を絶妙に溶け込ませた。モーツァルトならではの軽妙さもあり、節度あるアプローチだ。一方アンコールで披露したモーツァルトのピアノソナタ第10番(2、3楽章)は、あくまでもピアノならではの面白さや奥行きを追求する。コンテクストに合わせていかようにも想像力を膨らせ、音のパレットを多彩に広げていく、まさに匠の技を見せてくれた。

ブルックナーの交響曲第9番も節度ある音作りで、セクションごとの響きや、ハーモニーの受け渡し、際立つソロパート、すべてが絶妙なバランスの中にある。 メロディだけでなく、それを支える伴奏や内声も配慮しながら、全体を大きな多面体のように聞かせていく。そして全休止からの天国のような神々しさが、そのまま記憶に刻まれていった。

バレンボイムといえば、イスラエルとパレスチナの若手音楽家を集めたウェスト=イースタン・ディヴァン管弦楽団でも知られている。音楽に国境はないというのを、これほど体現しているオーケストラもないだろう。地域や文化だけでなく、宗教や信条も乗り越えないといけない。しかし、音楽にはそれができる。

ここで発揮されているリーダーシップとは、その状況を取り巻くコンテクストをつかむこと、すべての奏者の資質や音の役割を理解すること、そして、鮮やかにそれらを融合させること。すべては、拓かれた「耳」から始まる。

4.次のステージの自分とつながる

音楽は、自分一人で深く掘り下げることもできるし、自分以外の世界と触れ合いながら広げていくこともできる。音楽はもともとあらゆる世界と隣接し、また内包しているものだ。そうして様々な人、楽器、世界との関わりあいを経て、ふと素の自分に戻ってきた時、「あ、前より表現の引き出しが増えている」と感じることがあるだろう。その時、感性は一回り大きくなっている。

人は生来、表現する意欲と能力を持っている第1章第1回目「表現する力」。一人一人が自分自身のリーダーとなり、耳を拓いて、自らの資質を発見すること。そして他の世界を知り、つながること。それを引き出す音楽の力は、無限なのである。<完>


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INDEX

菅野 恵理子(すがのえりこ)

音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/

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