海外の音楽教育ライブリポート/菅野恵理子

今こそ音楽を!第5章 総合大学音楽専攻3. 金城学院「3タイプの音楽家像」

2015/11/24
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第5章:「大学最新カリキュラム編」
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音楽を深く学んだ社会人を育てる
~総合大学音楽学部・音楽専攻 その3
金城学院大学~3タイプの音楽家像を想定して

2014年8月にリリーホール完成(200人収容)。音響は国内トップクラス。このホールでは試験や公開講座、公開レッスン等の授業の他に、学外に向けての演奏会も開かれる。

金城学院大学は五千人規模の総合大学である。教育スローガンの「強く、優しく。」を象徴するような文学部音楽芸術学科は、美しい校舎とホールで、現在約180名(1学年約45名)が学んでいる。前身は芸術・芸術療法学科であったが、演奏を専門的に勉強したいという学生が増え、次第に音楽芸術の専門へシフトし新学科設立に結びついたと言う。将来のキャリアを見据えた実践的な音楽専門科目に、総合大学ならではの教養科目を組み合わせたカリキュラムのもと、学生たちはどのように学んでいるのだろうか。新学科設立の特徴については馬塲マサヨ先生に、地域指導者連携については長谷川淳先生にお話を伺った。


三タイプの音楽家像を想定して
<演奏家育成プログラム>~1人を4人で指導するユニークな授業
文学部音楽芸術学科が新設された経緯をお伺いできますか。また<演奏家育成プログラム><ピアノ指導者育成プログラム><音楽教員育成プログラム>の3つのプログラムがありますが、それぞれどのような特徴がありますか?
馬塲マサヨ先生
「『ピアニストの為の脱力法』では、ルービンシュタインも学んだというフェルデンクライス・メソッド等も体験してもらいます」

馬塲マサヨ先生:3年前まで人間科学部芸術・芸術療法学科だったのですが、音楽療法を勉強しながらも、演奏をもっと勉強したいという学生が増えてきました。2013年、文学部に音楽芸術学科が誕生しましたが、文学部でも、語学だけでなく外国の文化も含めて勉強させる方向にさらにシフトするために、音楽芸術学科設立を機に「文学部リベラルアーツ科目群」をはじめカリキュラムの改正を行いました。

3つのコースの特徴ですが、まず<演奏家育成プログラム>には1人の学生を3人の専任教員が指導する「ピアニスト育成特別レッスン」があります。指揮者の小松長生先生、ピアノの長谷川淳先生・私の3人が、それぞれ立場と特色を生かした指導をしています(最大8名・最長2年)。普段のピアノレッスン指導とは別の科目ですので、長谷川先生や私の門下でない場合、学生は4人の先生から個人指導を受けるということになります。「ピアノアンサンブル」では、セントラル愛知交響楽団のコンサートマスタ―の方に、週1回2コマ(1コマ90分)指導頂いています。またチェリストの方にもお越しいただき、ヴァイオリンとのデュオ、ピアノトリオ等の室内楽の指導を受けられる科目となっています。プロの方と共演し指導を受けるというユニークな授業です。確実に教育効果が出ていると思います(その他、学生同士のアンサンブルを先生が指導する「室内アンサンブル」がある)。また私が担当する「ピアニストのための脱力法」はピアノの奏法に問題を抱えた学生を対象にしたもので、座り方や手の使い方などに特化した指導をしています。

<ピアノ指導者育成プログラム>~地域指導者とタイアップして実習
長谷川淳先生×堀井ゆりかさん(大3)
ブラームスの協奏曲第2番、第2楽章は初めてのレッスン。音楽のイメージを明確に持っている堀井さんに対し、長谷川先生の論理的でテンポ良い指導が進む。定期演奏会で『ラ・ヴァルス』を熱演し、コンチェルト出演機会を得たそうだ。現在の履修配分は、音楽6:その他4くらい。「リベラルアーツ科目群では音楽と美術、音楽と文学の繋がりが勉強できます。美術鑑賞授業でボストン美術館展に行った時、ドビュッシー『海』初版表紙になった浮世絵(富嶽三十六景より)の原画を見て驚きました。これから自分でも美術館に足を運んでみようと思います」。

長谷川淳先生:やはり、長く学んだピアノを生かしたい、将来ピアノの指導者になりたいという学生が多いです。<ピアノ指導者育成プログラム>の中の「ピアノ教室レッスン実習」という科目では、地域の優れた指導者や音楽教室とタイアップして、在学中から実習生としてピアノ指導の経験を積み、卒業後すぐに現場に行けるようにしています(全8回32時間、現在12教室と連携)。最初の6回は教室のレッスンを見学、最後の2回は教室の先生のご指導のもと、学生自らが実際に教室の生徒さんに教える機会を作らせてもらっています。生徒さんのレベルは様々で、シニア指導やグループレッスンも入っています。また今年から開始した授業「ピアノメソッド概論」ではバスティンメソッドの藤原亜津子先生をゲストとしてお呼びする予定です。他にヤマハ、カワイグレード取得のための科目「ピアノ応用演奏」や、「リトミック」なども学生の人気の高い科目です。

指揮者が学生演奏会プロデュース&オケとの連携
2年次必修科目に「芸術学」という授業がありますね。

馬塲先生:指揮者で本学専任教員の小松長生先生が担当で、教科書は使わず独自の方法で教えられています。「音楽家は哲学を学ぶべし」といつも仰っていますね。特に西洋音楽では、哲学を知らないと何を表現しているか理解できないところがあります。あと、「感動」も大事にされていますね。学問として重要なことを伝えても、「感動」という体験をしなければ本物がわからないと。学科の先生方は何方も、音楽の全体をよく知っていて、かつ心から音楽が好きな方たちです。
また小松先生には学生がオーケストラと共演する機会もプロデュースして頂いています。学内の1次、2次試験を突破して定期演奏会に出演した学生の中から、さらに選抜された20名ほどが、セントラル愛知交響楽団と共演する「ガラコンサート」は今年で5回目になります。小松先生(同楽団名誉指揮者)がコンサートをプロデュースする立場から出演者を選び、全体プログラムを考慮してコンチェルトの曲目を決定します。また先生の指導のもとで、学生自身が曲目解説を書きます。

文学部だからこその幅広さも
幅広く学ぶ音楽生、音楽も学ぶ他学科学生~文学部リベラルアーツ
貴学ではリベラルアーツ型の教育が特徴ですね。文学部リベラルアーツ科目群についても教えて下さい。

大学ではピアノだけでなく色々な勉強をしたい、音楽の歴史的背景や文化など芸術全体を勉強したい。そう望んでいる学生が実は多いのではないかと感じています。オープンキャンパスや入試の面接でも、教養科目群に目を輝かせて入学に期待を寄せる高校生が多く、嬉しく思っています。

音楽芸術学部の基礎科目としては「芸術学」「西洋音楽史」「音楽理論」など、また文学部リベラルアーツ科目群には「音楽と文学」「ヨーロッパの文化と芸術」「美術鑑賞」などがあります。美術は音楽家にとって必須の教養ですし、「ドイツ文化入門」や「フランス文化入門」はそれぞれ専門の先生が担当されるので、音楽芸術学科の学生も喜んで学んでいますね。

一方、他学科の学生が履修できる音楽科目もいくつかあります。「音楽鑑賞」では、オーケストラ、オペラ、ミュージカル、ジャズ、日本音楽まで幅広く扱うので、どの学科の学生も好んで履修しています。小松先生によれば、音楽専攻ではない学生の中にも、着眼点の素晴らしいレポートを書く学生がいるそうです。「音楽と文学」は第九の歌詞と音楽がどうリンクしているか等、また「日本と世界のクラシック」は、日本文学や美術の古典作品などをオムニバス形式で学ぶ授業です。

社会で音楽の力を役立てるために
徹底したキャリア教育~音楽を通じた学びが一般就職でも強みに
地域指導者と連携した<ピアノ指導者育成プログラム>や、セントラル愛知交響楽団との「ガラコンサート」など、社会と結びついたプログラムも色々ありますね。将来のキャリアについてはどのようにご指導されていますか。

共通教育科目一つに、「キャリア開発」という科目があり、1年生次から、自分は卒業後どの道に進むべきかを考える場が用意されています。企業トップによる講演や、お化粧から身だしなみまでの指導もあり、授業とは別に、キャリア支援センターで個人面談を受けることもできます。卒業後にピアノや音楽の道だけでなく、一般企業に就職できるのも本学の強みでしょう(就職率は県内トップ層)

水に合ったところに行って、花が開くこともあります。ピアノで頑張ってきた卒業生の一人は、4年次になり、教職の道が本当に自分に合っているのか悩んでしまい、キャリア支援センターに相談に行ったのですが、そこでの担当者が「彼女は目の輝きがすごい。一般就職もいいのでは」と提案してくれました。最初はとても悩んでいましたが、「ピアノで頑張ってきた自分は、誰より打たれ強い自信がある」と面接でアピールできたようで、大手銀行就職が決まりました。今彼女は現場で生き生きと仕事をしていると聞いています。

先生方の眼がとても優しいですね。「ピアニスト育成特別レッスン」など、複数の目で一人一人の学生さんをご覧になっているのが伝わってきます。

全教員が全学生を指導することが学科のモットーです。長谷川先生と私は時々学生の指導を交換しますし、会議でも学生たちのことをいつも話しています。ピアノに限らず、声楽や管楽器の先生方とも話はいつも学生のことです。だから自分の指導生がピアノにつまずいているなと感じるときに、他の科目を指導する教員から「彼女はこんなに良いレポートを書いている」と聞いて安心できます。転コースも容易にできますので、それぞれの学生が一番幸せになる道を選んでほしいと思っています。

音楽やピアノを学んだ経験は、一般社会でどのように役立っていると思われますか?

ピアノだけでなく声楽や管楽器も同じですが、訓練を積み重ねて一つのことをやり遂げる力があること。舞台に立つのは不安ですから、その不安を乗り越える勇気と強さがあります。また芸術療法学科の頃からですが、「人のために弾きたい」というボランティア精神もありますね。また他学科の先生に「先生の言葉を素直に聞き入れるのは音楽芸術の特性かもしれない」とよく言われます。企業に入った時に、まずは「はい」と上司や同僚のいうことを素直に聞けるということは大きな資質になると思います。どの道を選んでも、音楽や演奏を通じて得られた体験が生きてくるのではないかと思います。

  • 文学部には、日本語日本文化学科、英語英米文化学科、外国語コミュニケーション学科、音楽芸術学科がある。
  • 馬塲マサヨ先生「ピアニストはインナーマッスルが大事です。多くの学生が不必要なところに力を入れて演奏し、肩や腕の痛みを感じています。まずは不必要な力とは何か、またその部分を緩めることがポイントです。また、日本人と外国人は伸筋と屈筋の最初に発動する方向が反対で、それは日常の所作の違いにも表れています。西洋楽器であるピアノを弾くための合理的な動きを習得することによって、痛みもなくなりピアノの技術が格段に上がります。そして何より音の質が美しく変化します。」と馬塲先生。※『「目からウロコのピアノ奏法」 ~オクターブ・連打・トリル・重音も即克服~』(ヤマハミュージックメディア刊)。
  • <音楽教員育成プログラム>は中学や高校の教員を目指す人のためのプログラム。人前で自分を表現することを演劇から学ぶ「エクスプレッション・トレーニング」や、中学や高校の校歌や身近な曲を編曲するときに役立つ方法を学ぶ「編曲法」、合唱や吹奏楽をどう指導するかを学ぶ「合唱指導法」「吹奏楽指導法」など実践的な授業が多い。
    <演奏家育成プログラム><ピアノ指導者育成プログラム><音楽教員育成プログラム>の3つのプログラムは複数履修可。
INDEX

菅野 恵理子(すがのえりこ)

音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/

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