海外の音楽教育ライブリポート/菅野恵理子

今こそ音楽を!第4章 経済「自己成長および社会との関係構築に」(3)

2015/08/31
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第4章:経済 「音楽の見えない経済的価値とは?」
3
自己成長および社会との関係構築に
人間には繋がりたい欲求もある

マズローやヒルガートの欲求階層説によれば、人は自己探求に向かう前に、他人からの十分な愛情と承認を感じることが必要になる。「愛情と所属の欲求」「承認の欲求」である。家族、学校や音楽の先生、友人・仲間など、社会との繋がりを持ちたいという心理は自然なものである。

しかし昨今、実際に会ってコミュニケーションする時間数は減少傾向にあるそうだ。前掲の総務省調査によれば、余暇時間の中で「交際・付き合い」はほとんどの年齢階級で減少しており、特に20~24歳は大幅な減少となっている。また1日の大半を一人で過ごす単身高齢者も増えている。(ただしこの統計は平成23年のもので、現在は多少数値が変わっているかもしれない)

アンサンブル&コンチェルト地区数 アンサンブル&コンチェルト地区数
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ではもし音楽があったら?音楽は人と人を繋げる役割を果たせるだろうか。たとえば3人1組で10分のステージ出演をした場合(一般16,500円、指導者割引15,500円、会員割引14,500円)、以下のような他者との接点がある。

アンサンブル&コンチェルト地区数 アンサンブル&コンチェルト地区数
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  • 他楽器奏者と一緒に練習&レッスン&交流
  • 他楽器奏者と一緒にステージで共演
  • アドバイザーから客観的評価
  • 他の参加者・他教室との交流、コミュニケーションシート交流
  • 学校などでの表彰など(2014年度239件)

練習に数か月間費やした場合、他者と一緒に過ごす時間は数時間~数十時間にも及ぶかもしれない。その過程で多少の悶着があっても、ステージという共通の大きな目標に向かえば、最終的には力を合わせるというポジティブな心理が働きやすい。過去5年の団体登録数は倍増、アンサンブル&コンチェルト地区数も着実に増加していることから、音楽を通して繋がりたいという潜在的な心理も伺える。「愛情と所属の欲求」がこれに近いとすれば、人が根源的にもつ欲求だといえる。


社会への還元もステーション運営や社会貢献など

十分に周りの愛情と承認を受けた後には、自己探求を通して自分なりの美意識を得て、最終的には自分が学んだものを還元したい、そのためにまた学びを続けたいと自己実現へ至る。音楽仲間ができたり、誰かと一緒に演奏して楽しんだり、自分の演奏や努力を認められることで、それが土台になってまた自己を磨くという循環を生み出す。

さらにマズローは7欲求階層説を発展させ、自己実現の上に「自己を超越する欲求」を置いている。自己を超えて相手のために何かをするという利他心にも似ているだろうか。年齢とともに利他心の平均値が上がってくるという研究もある。「人々に施していると幸せになる、幸せだと余裕があるからまた人に施せる。そのような好循環が生まれる」前野隆司教授、第3章・第2回記事より

総務省統計局の「生活行動に関する調査」によれば、1年間に「ボランティア活動」を行った人は 2995 万人,行動者率は 26.3%で5年前よりやや上昇している(前掲資料、p7)。女性は「子供を対象とした活動」が10.6%と最も高く,次いで「まちづくりのための活動」が10.4%などとなっている。現在ステップ・ステーションの代表は女性が多いが、これを体現したものと言えるだろう。なお男性は「まちづくりのための活動」が11.5%と最も高く,次いで「子供を対象とした活動」が5.5%などとなっている。となれば、地域の男性に街づくりの一環として当日ボランティアスタッフをお願いするのもよいかもしれない!?

また2011年に始まったピティナCrossGivingもこの流れで捉えられる。寄付者には委員会やステーション代表など、日頃からボランティアに携わっている方も多い。


自己投資だと思える消費とは?自ら選び、自ら関わること

他人からの承認も大切だが、自己を承認できるとより持続的な幸福感につながりやすい。それは子どもも大人も同じである。

こちらは小学生の例。「「自分らしさ」はお金をかければ手に入れられるものではなく、自分の「チョイス」に「満足」できたときに得られる「感覚」だからなのだと思います。(『シアワセなお金の使い方新しい家庭科勉強法2』南野忠晴著、岩波ジュニア新書、p114)小学生でも少ないお小遣いをコツコツ貯めて自分が欲しいものを買った時に、達成感が得られる。

こちらは大人の女性の例。「今より美しくなりたいと思う人は82.3%。8割以上の人がもっと美しくなりたいと感じている一方で、自分の"美しさ"に対して積極的に努力できている人は約3割」であり、"美しさ"に対して積極的に努力できている人ほど、幸福度も上昇傾向にあることが実証されている。『"美と幸福"に関する調査レポートVol.1』株式会社アテニア、2014年

どれほど小さな一歩でも、自分で決めた目標に向かって努力し、それが達成できた人、達成に至らなくても夢や目標があること、それ自体が幸福である。それは幸福の因子でいえば「やってみよう!」因子である。

INDEX

菅野 恵理子(すがのえりこ)

音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/

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