海外の音楽教育ライブリポート/菅野恵理子

今こそ音楽を!第6章5. 社会で音楽を生かす新しいコンテクスト(2)創造力を高める

2016/04/01
第6章:ライフスタイル&ボディ編
5
社会で音楽を生かす、新しいコンテクスト(2)
音楽×創造力を豊かにする

音楽で創造力も鍛えられる。 創造といっても、必ずしも作曲というわけではない。無から有を生み出す力だとすれば、自ら新しい手法を見出したり、新しい視点や価値を発見する力も含まれるだろう。ここで英国の事例をご紹介したい。

1人1人が主体的に音楽に関わってもらうにはどうしたらよいか、1人1人の創造力を引き出すにはどうしたらよいか。英国では音楽を一般の人にも広く親しんでもらえるように、様々なプログラムが開発されている。その一例として、英国人作曲家による音楽ワークショップ・リーダー育成トレーニングが昨春東京にて開催され、プロの音楽家、オーケストラ奏者、音楽教育者など約15名が参加した(ブリティッシュ・カウンシル主催)

エクササイズは一見簡単そうに見えるが、どれも頭をクリエイティブに使うもの。たとえば、リズムやメロディーをアレンジしながら、隣の人へ受け渡ししていくエクササイズをご紹介しよう。全員が輪になった状態で、まず一人がメロディやリズムのパターンを提示し、隣の人はそれと共鳴させたり、同化させたり、対比させたり、補完したり、性格を変えたり、拍子や長さを変えたりしながら、音の素材を発展させていく。途中、静寂の瞬間(タンバリンで作る波のような音)があったり、ビートが無くなったり、ピチカートが入ったりと、多様なアレンジが次々に生まれていった。

またいくつかのグループに分かれた状態で、リーダー役が中央で指揮を執り、グループ毎に音を出し入れしたり、強弱やリズムを追加したり、ソロを挿入したりというエクササイズも。参加者の1人で「ステップ待ち時間ワークショップ」(クロスギビング)の経験もある方は、積極的にリーダー役を申し出て、各グループにタイミング良く指示を出しながら、音楽に生き生きとした表情を与えた。さらにグループ毎にリズムパターンとメロディーパターンを創作し、最後はそれらを融合させながら全員で合奏!音の素材が組み合わさり、作品としてまとまっていくプロセスは見事だった。まさに音楽をクリエイティブに活かし、楽しむことを体感できるプログラムである。

ワークショップ主催者のフレイザー・トレイナー氏は「どんな国や文化で育った子でも、どんな音楽の趣味を持った子でも、創造力や想像力を引き出すことができると思います。そのためのフレームワークやプロセスを、ワークショップリーダーが提示することが必要です。今回のように、様々な楽器の方が参加されるのがいいですね。お互いに持っているものを共有したり、学びあうなど、コラボレーションする姿勢が大事です」。

英国ではプロの音楽家や音楽大学・大学、そして小学校などでもワークショップを行っており、参加者は他の科目も成績がよいという。自分で考えたり、相手の音やアイディアに耳を傾けて能動的に応じることで、クリエイティビティが引き出されているのだろう。

音楽の良さは、1音からでも、どの年齢からでも、参加できることにもある。英国にはオーケストラを含む芸術団体による高齢者対象のワークショップもあり、それによって抗精神病薬が軽減されたり、認知症予防になったり、孤立していた高齢者がコミュニティに戻ってきたり、実質的な成果が出ていることが報告されている。参考:第4章「音楽の見えない価値とは〜高齢者×アートの取り組み音楽療法という範疇を超えて、音楽による潜在能力の開花・再活性化ともいうべきアクティブな考え方だ。

音楽と社会をつなぐコンテクストはまだまだある。それを考えることが、音楽のポテンシャルをさらに生かすことになるだろう。

INDEX

菅野 恵理子(すがのえりこ)

音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/

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