海外の音楽教育ライブリポート/菅野恵理子

今こそ音楽を!第6章3. 身体を見直して演奏の向上を(3)音楽医科学の発展へ

2016/02/29
第6章:ライフスタイル&ボディ編
3
身体を見直して、演奏と生活習慣の向上を
アジア初の音楽医科学研究センターが新設
「音楽家のためのサイエンス」ーキックオフシンポジウムより

昨年、アジア初となる「音楽医科学研究センター(MuSIC)が上智大学に新設された。センター創設者で研究長を務めるのは、脳科学者の古屋晋一先生。ハノーファー音楽演劇大学音楽生理学・音楽家医学研究所を経て上智大学理工学部准教授に就任、この度研究センター設立の運びとなった。

その主旨は、「音楽家のためのトランスレーショナルリサーチ」を行うこと。アジアには優れた音楽家が多く輩出されているにも関わらず、音楽に関する科学的研究はあったものの、音楽文化の担い手である演奏家に関する学術的研究はほぼ皆無であった。一方世界では、ドイツをはじめとするヨーロッパ、アメリカ、オーストラリア等では研究が進められている。

そこで同研究センターは、①技能の解明、②練習法や治療法の開発、③教育現場での実用化という三段階で研究を進める方針だ。音楽家のQOL向上のため、医・工・芸連携をしながら、日本独自の研究開発に期待が集まる。

昨年12月20日に同大で行われたキックオフ・シンポジウムでは、藤村正之氏(上智大学学務担当副学長)、古屋センター長の挨拶に続き、研究者4名による最新研究発表が行われた。
「学んで変わる脳」(花川隆先生)では、脳の学習メカニズム研究の変遷に触れながら、最新研究では、最後まで続けることを学ぶことで脳が変わること、また音楽を学ぶことで運動、聴覚ネットワークが変わることが紹介された。
「音楽家のジストニアと脳」(北佳保里先生、上原一将先生)は、クラシック演奏家にジストニアが多いこと、罹患率はピアニスト50~100人に1人であること、また小脳の過活動の有無でジストニア発症患者を判別する研究例を紹介。今後の治療法開発に期待がかかる内容となった。
また「音大生の脳:演奏に必要な皮質・線条体ネットワーク」(田中昌司先生)では、桐朋大生と上智大生の線条体ネットワークを比較。前者が後者に比べて体積が小さくなっており、脳に必要なものだけが残る刈り込みが行われ、演奏家に適したネットワークが構築されていると発表された。音大生はすでに演奏に適した脳に最適化されているそうだ。

フォーラム後半はがらりと雰囲気を変えてコンサートの時間に。まさに科学と音楽の融合が、目の前に立ち現れた瞬間だった。まずは佐藤圭奈さんと尾崎有飛さんによるデュオから。共にピティナのグランプリ受賞者であり、ハノーファー音楽演劇大学留学仲間でもある二人は、チャイコフスキー『くるみ割り人形』(抜粋)とラヴェル『ラ・ヴァルス』を、華麗なテクニックと息の合った演奏で会場を沸かせた。またチェロの長明康郎氏とピアノの古屋絵理さんで、サン・サーンス『白鳥』、シューマン『幻想小曲集』等がしっとりと演奏され、会場は優雅な雰囲気に包み込まれた。また最後に同センターのメンバーを務める播本枝未子先生(東京音大教授)より、「この研究が音楽だけでなく、人類すべてに貢献すると確信しております」と力強い言葉で締めくくられた。

悩みを抱えるピアニストや演奏家を治癒するだけでなく、効果的な練習法や教育のあり方を考える際にも、科学が果たす役割はさらに大きくなるだろう。音楽医科学センターに大いに期待が高まるキックオフとなった。

4.生活空間に溶け込んでいくステージ
INDEX

菅野 恵理子(すがのえりこ)

音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/

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