海外の音楽教育ライブリポート/菅野恵理子

今こそ音楽を!第5章 総合大学音楽専攻2. フェリス女学院大「音楽を心に」

2015/11/19
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第5章:「大学最新カリキュラム編」
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音楽を深く学んだ社会人を育てる
~総合大学音楽学部・音楽専攻 その2
フェリス女学院大学~音楽が心にある豊かさ

フェリス女学院大学では1989年に音楽学部が短大から4年制となった。演奏学科は当初から変わらないが、10年前に楽理学科から音楽芸術学科へ転身して今に至る。総合大学の中で音楽学部の特色を生かし、より自由な学びができるようになったという。カリキュラムは、学生が主体性を持って創造・実践することに重きが置かれている印象だ。今回は、黒川浩先生(演奏学科)、瀬藤康嗣先生(音楽芸術学科)にお話をお伺いした。


音楽が核にある豊かな学びを~演奏学科
黒川先生は演奏学科の学生さんとどのように関わっていらっしゃいますか?また総合大学に音楽があることをどう捉えていらっしゃいますか。

黒川浩先生:フェリスには大学全体として「音楽が心にあることの幸せ」という雰囲気がありますね。演奏学科は1学年30名くらいで(ピアノ科はうち約10名)、皆仲がいいです。私達の学生時代は競争主義でしたが、ドイツ留学時に師事した独デトモルトのシュヌア先生に、それは間違いだということを学びました。日本に帰ったら本当に優しい先生になりなさい、生徒の良い所を見て伸ばしてあげるようにと。シュヌア先生は、たとえ失敗しても「芸術はもっと広くて深いものだから気にするな」と全てを受け入れて下さり、自分らしさを大切にしていいのだと教えて頂きました。

フェリスの学生には、大らかに勉強して、幅広く良い仲間をつくり、自分の行く道を見つける、そして「もてなしの精神」を身につけて社会に出てほしいと思っています。

アメリカの総合大学にも音楽がありますね。10年前米フィラデルフィア州のニューマン大学にて、ダブルメジャーで音楽も学んでいる看護学科と犯罪捜査科の前で、講義とコンサートをさせて頂きました。その時感じたのは、どの学科でも優秀な学生ほど演奏がうまいこと!「心に音楽があること、音楽を享受できる心があるということは、ステータスが一つ上だと思います」と、ある学生が言っていました。そのような価値観で音楽を学んでいるのです。日本でも教養的な音楽の学びの時代が来るのではないかと感じています。


創造&実践!全ゼミでコンサート制作実習
~音楽芸術学科
社会実践コミュニケーションとは?

―音楽芸術学科は、幅広いリベラルアーツ型音楽教育を掲げていらっしゃいますね。7段階の専門科目カリキュラム(※1)がありますが、中でも「社会実践コミュニケーション」、すなわち音楽と社会との結びつきを学ぶ科目群が特徴的ですね。

瀬藤先生:はい、実践を伴うワークショップが多いですね。たとえば声楽の場合、これまでは身体技法としての歌が学びの中心でしたが、今は自分で録音してオーディションに送る、自分でホームページを創る、マイクを使用する場合は現場で難なくマイクスタンドを扱える、ナレーションや朗読ができる、等々といったスキルも必要です。関連領域を学んでいた方が卒業後の活動にプラスになるだろうと、実践的な科目を用意しています。

音楽には様々な関わり方があるので、まずは広く浅く触れて、興味を持ったら深く学んでもらうことを想定しています。たとえば自分でコンピュータを使って映像や音楽を作る学生も多いですね。またK-POPの世界進出に興味を持っている学生や、J-POPの事務所でバイトをして将来のビジネスモデルについて研究したり、中国語を勉強してC-POPについて(なぜ中国のみで世界では聴かれていないのか)追究したり、インターネットによって音楽ビジネスがどう変化していくのか、などの研究例もありますね。

コンサート制作実習を通して学ぶ
幅広く学ぶ過程で、独自の視点が生まれてきますね。ゼミにはどのような特徴がありますか?

ほとんどのゼミでコンサート活動や企画に関わっています。私の「音とメディアテクノロジー・ゼミ」ではCDアルバムを制作し、自作曲をプロのミュージシャンと一緒に演奏するライブを行っています。また「共演コミュニケーション・ゼミ」(立神粧子先生)では、アウトリーチ活動として幼稚園や病院などで出張演奏を行い、コンサートマネジメントのすべてを学びます。また自作曲発表やミュージカル制作、フリーペーパー制作などを手がけているゼミもあります※2

またゼミではありませんが、『戦争と音楽~闇から光へ』という切り口でのコンサート企画もありました。サントリーホール主催『レインボウ21』の一環で、フェリスが採択されたのは2回目です。1回目は『ピアノ七変化~内部奏法とプリペアド・ピアノ』(2011年)というタイトルでした。

コンサート創りはチームプレーで、マネジメントや予算管理もしなくてはなりませんし、場合によっては映像技術や著作権処理、広告宣伝やメディア取材対応なども必要です。音楽の道に進むかどうかに関係なく、これは世の中全てに関わること。将来必ず役に立つから、そこからしっかり学び取り、就職活動でもアピールするようにと言っています。

幅広く学んで生かす~他学部とカリキュラムシェアも
音楽芸術学科生はどのようなバックグランドをお持ちでしょうか。また学部間交流が活発な印象ですが、他学部科目を履修する音楽学部生も多いでしょうか。

音楽芸術学科の学生は様々ですね。子どもの頃からピアノや楽器を習ったり、ミュージカルの舞台に立っていた子もいれば、好きだけど未経験の学生もいます。芸術家としてキャリアを築いていくのは早い段階から活動をしていた人が多いですが、その素養がない場合は、自分の好きなことを大学で学び、一般就職を選ぶことが多いです(就職率96%)。音楽の道に進むのは3割ですが、ライフワークとして音楽が傍らにあることで人生が豊かになるでしょう。

またフェリス全体の特徴として、他学部開放科目が多くあります。音楽芸術学科は、半分以上の単位が他学部科目でも卒業できるカリキュラム構成にしています※3。また他学部から音楽学部科目を受講する学生も多く、たとえばバレエや合唱などは人気ですね。私が担当しているアートマネジメントや映画音楽の授業も、100人中3割は他学部生です。

社会でこそ生かされる教養の学び
では、音楽の学びは実社会でどう生かされているのでしょうか。一般就職した卒業生が、企業でどのように活躍されているのかも興味深いところです。

2011年に『ピアノ七変化』企画を立てた石塚夕夏さんは、オールアバウト株式会社(生活情報総合サイトAll About運営)に入社し、間もなくその活躍が評価され、全社のMVPにノミネートされたそうです。学部時代は音楽芸術学科科目を幅広く学びながら、ピアノやジャンべ(アフリカの太鼓)をライブで演奏したり、パーカッションもできました。※コラムへ

またAKIRAというソニー・ミュージックからリリースしている歌手の卒業生がいるのですが、彼女曰く「一番役に立ったのは、哲学やキリスト教の授業」とのこと。人が長い時間をかけて考えてきたこと、それを学べたのが歌詞を書く時にも役立っているそうです。

音楽はテクニックだけではなく、どのような価値観を持つのかも大事です。これから音楽教育は総合大学でもやるべきだと思っています。

コラム:実社会で活躍する卒業生が、大学時代に打ち込んだものは?
石塚夕夏さん(株式会社オールアバウト勤務)

フェリス女学院大学では音楽基礎教養や演奏技術の授業のほか、音楽芸術学科ならではの授業として、即興演奏ワークショップ、音楽ジャーナリズム、ポピュラーミュージック理論、アートマネジメントなどを履修。さらに他大学授業として、イノベーションと起業(横浜国立大学博士課程前期)を学びました。

授業以外で最も魅せられたのはコンサート制作です。きっかけは2年次に受講した三宅榛名先生の作曲クラスで、クラス全員の作品を披露するためにコンサートを企画・実施したこと。3年次には現代音楽の作品を作りながら、作曲ゼミメンバーでコンサートを開催したり、ゼミ以外で手掛けた『ピアノ七変化~内部奏法とプリペアド・ピアノ~』では、ピアノから様々な音が出ることを示すために、内部カメラを設置して大画面に映す演出なども取り入れました。

就職活動の面接では、徹夜で企画書を作り「会社に入ったらこんなことをしたいです!」と伝えたことを思い出します。自社ならではの魅力的なコンテンツをつくるために、社員の意見を取り入れながらゼロから制作する過程は、学生時代のコンサート制作と似ている部分もあります。学生時代に経験したことや学んだことのすべてが、成長の糧になっていると実感しています。


  • 1:「ミュージシャンシップを養う」「キリスト教音楽を体験」「ミュージシャンシップを高める」「音楽の背景を探る」「専門を深める」「専門を極める」
  • 2:ゼミは、作曲・編曲、ヴォーカル・コミュニケーション、音楽ジャーナリズム、音環境デザイン、ポピュラー音楽、共演コミュニケーション、音とメディアテクノロジーの7つ。
  • 3:卒業に要する124単位中、音楽芸術学科は72単位、演奏学科は66単位までが他学部科目でも可。
INDEX

菅野 恵理子(すがのえりこ)

音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/

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