海外の音楽教育ライブリポート/菅野恵理子

今こそ音楽を!第4章 経済「教養費を増やして医療費を軽減!?」(4)

2015/09/04
印刷用PDFを表示
第4章:経済 「音楽の見えない経済的価値とは?」
4
教養費を増やして医療費を軽減!?
教養・技能教育は1兆円、精神科病院は1.5兆円規模

総務省統計局が実施している経済センサスによれば、「教養・技能分野(教育・学習支援業)」の平成24年度売上高総計は約1.0兆円で、うち音楽教授業は約960億円の年間売上となっている(受講生64万人を対象に調査)。この分野には、スポーツ・健康教授業(1873億円)、外国語教授業(1374億円)、書道教授業(197億円)、そろばん教授業(154億円)、生花・茶道教授業(111億円)、その他(5507億円)がある。『平成 24 年経済センサス‐活動調査』よりp30「学習塾及び教養・技能教授業における産業細分類別事業所数、売上高及び受講生数」)

一方、「医療,福祉」の売上高は58 .6兆円で、うち精神科病院は1.5兆円である。精神保健相談施設、認知症老人グループホーム、その他の障害者福祉事業なども含めると2.5~3兆円ほどだろうか前掲資料P31)

厚生労働省の調べによれば、平成20年には精神疾患のため医療機関にかかっているのは323万人にのぼる。特に近年は、若年世代を含めて、うつ病や認知症などの著しい増加がみられるという参考グラフ。また総務省統計局は健康状態と週間就業時間の関係を調査し、 雇用者5372 万人のうち、健康状態が良くない人は8.3%となっている。自覚していない場合や通院・入院していないケースも含めると、潜在的な数はさらに上るだろう。

このような社会的背景を踏まえ、普段から健康に気を配り将来的な病気を予防する予防医学の考え方が主流になりつつある。中には最高健康責任者(CHO、Chief Health Officer)を採用し、普段から社員の健康状態に配慮し、健康プログラムなどを実践する企業もある。いかに日々のライフスタイルに気を配り、身体や精神に無理のない範囲で仕事に携わるか、それは1次・2次・3次活動第4章:第1回目記事のバランスをどう取るかということでもある。

音楽の音楽療法的な側面については、日本をはじめ各国で多くの研究や臨床例がある。特にピアノを練習することで脳の構造が変わり、発達障害や認知症を回復させる効果もある脳科学観点から~澤口俊之先生インタビュー参照。音楽はたしかに様々な健康回復に寄与している。さらに将来的には健康維持・予防することもできるだろうか。そして精神科治療費・療養費を軽減することはできるだろうか。「ピアノをやっている人は未来に夢を描きやすい」と脳科学者・澤口俊之先生はいう。これは精神衛生上においても大きな意味をもつ。


高齢者×アートの取り組み、および社会的インパクト研究(英)
大学と連携して社会的インパクト研究

英楽団マンチェスター・カメラータでは、健康と医療に関するプロジェクトや研究調査を行い、音楽の社会的インパクトを測っている。たとえば国内の大学と提携して「音楽創造ワークショップが抗精神病薬をどれほど減らすことができるか」という研究では、57%減少という結果が出たそうだ。また自閉症児を対象にした“ Music in Mind”プロジェクトでは、プロの演奏家と音楽療法士と一緒に即興ワークショップを行うことによって、自閉症児の潜在的なパーソナリティや表現力を引き出すことを目指している。これは2018年までに15倍増(200→3000人規模)を見込んでいる。
また現在、マンチェスター大学およびランカスター大学との共同研究で、世界初となる多感覚応用のアセスメントツールを開発中だ。 さらにアルツハイマー協会とも連携して、テームサイド地区の自閉症患者の抗精神病薬をなくす、または減らす調査研究をし、外部機関New Economyがそれを評価している。(4/16ブリティッシュ・カウンシル主催「フューチャー・セッション:高齢社会における文化芸術の可能性」より)*

大学と連携した社会的インパクト研究が進めば、その経済的効果も算出できるようになるだろう。音楽はまだ大きな可能性を秘めている。

*追記しました。
INDEX

菅野 恵理子(すがのえりこ)

音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/

【GoogleAdsense】