海外の音楽教育ライブリポート/菅野恵理子

今こそ音楽を!第2章 5.音楽・数学・歴史・・全てを関連づけながら学ぶこと

2015/06/24
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第2章:歴史的観点から。
音楽はどう学ばれてきたのか~専門と教養と 1 古代・中世では、音楽を教養として
2.全員が弾く時代に、音楽の何を学ぶべき?

昔はいわゆる「伝説のピアニスト」がいましたが、今は小学生でもショパンのエチュードを弾くようになり、演奏ができることの希少性がなくなってきました。弾くノウハウが体系化され、蓄積されてきている証でしょう。聴く側も体系化した学び方を知ると、弾く側に変わるのではないでしょうか?皆で太鼓を叩きながら踊るという全員参加型の民族音楽のように、ピアノがまさに全員参加型の民族音楽に近づいていると思います。今日本中でアマチュアサークルがあり、ピアノ弾き合い会の後に飲み会をするんですが・・楽しいですよ!そうなると指導者がたくさん必要になります。今、歴史的な変わり目にきていると思います。

ただテクニックに関する部分は進化してきていますが、ピアノと一緒に、ソルフェージュや作曲語法までをきちんと勉強するシステムにはなっていないように思います。広義のソルフェージュとは和声や対位法などの全てを含むものです。初歩の段階では聴音もありますが、その意味や、どう響かせると美しいのかを含めて考えると機械的なものとは程遠いですね。私は楽典を小学校4年で終えた後は音大の入試問題を解いていましたが、その先、作曲を本格的に学ぶには時間がかかりました。

文法の知識がないと高度な文章を読んだり話したりできないように、たくさんの音を用い、表現が複雑なピアノ作品は文法を知らなければ十分に表現できません。秋山徹也先生をはじめとする先生方は昔からなさっていますが、今楽曲分析などを勉強するのが潮流になってきているのは歴史的に自然な流れですね。

バロック時代までは、作曲と演奏は同一の行為でした。その後楽器の進化とともに演奏技法に関心が移ってしまったので、これについてショパンは「ピアノを弾く時間と同じ時間だけ作曲を勉強しないと上達しない」と警鐘を鳴らしています。ショパンが活躍し始めた1830年頃といえば、演奏家と作曲家が分業になり始めた時代です。そして同時代のリストが活躍し始めてから第二次世界大戦までの約100年で、演奏家のエンタテインメント性が脚光を浴び、ホロヴィッツのように作曲・編曲できる人も現われました。一方フランス近代の作曲家やバルトークなどは、演奏者が自分勝手に弾くことを嫌っていました。ルービンシュタインなどは楽譜通りに弾き、かつ書かれていないけど作曲語法的に当然という部分は全て表現している、まさに正統派だと思います。そのような二つの潮流が混ざりあう1960年代以降は、古楽器の復興もあり、時代様式や作曲語法を勉強して演奏に反映させることを学ぼうという機運が生まれました。

東京音楽大学のコンポーザー=ピアニストコースなどは、まさにこれらを実現するものです。チェンバロなどの古楽器も学ぶと、バスラインから上の音を構築していくバロック、古典の作曲語法が分かるので、ロマン派、近現代はそれを拡張していけばいいわけです。和声法、対位法などの知識と実際の演奏が融合した形で、ヨーロッパの基本的な音楽構造と楽器変遷を体得できるでしょう。

3.音楽・数学・歴史・全てを関連づけながら学ぶこと

私の勤めている早稲田中学校・高等学校の数学科では歴史的変遷を意識した授業体系になっていて、文系の学生に授業する時は「経済学ではここで使う」「この時代は産業革命が起こっていた」など、常にリンクさせることを意識しています。

数学や世界史など他分野も勉強して音楽とリンクさせてみると、理解が深まって記憶も定着します。作曲語法の理論書と数学の理論書は読み解く上での基本的な構造は変わりません。アマチュアで凄く上手い方は、皆さん教養が豊かです。

私自身はピアノを弾くのに他分野の知識が生きていると思っていましたが、今では小さい頃からピアノをやっていたからこそ、音楽の体験が色々な分野の理解、更には学校教育の現場にも役立っているのではないかと思っています。双方向ですね。例えばある作品を仕上げなくてはならない場合、いかに練習を効率化させるか、できない箇所を抽出して重点的に学ぶか、また根気強く勉強するか、物心がついた時にはそのようなやり方をしていました。そういったことが色々な分野の勉強や教科教育に生きています。

中学や高校でも全教科を浅くてもいいからきちんとこなすことが大切だと思います。音楽教育も基礎教科としてしっかり学習し、その中にピアノも組み込まれていくといいですね。ピアノは一人で旋律も和音も勉強できる、大変良い楽器なのですし、他の分野の勉強にもこういった形で大変役立つのですから。

INDEX

菅野 恵理子(すがのえりこ)

音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/

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