海外の音楽教育ライブリポート/菅野恵理子

今こそ音楽を!第1章:社会的観点から 5.「世界とつながる力」

2015/05/15
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若い頃から身につく異文化受容力

世界は周囲との関わりによって築かれていく。家族、友人、学校、音楽教室、街、他の街、他の国・・・、行動範囲が広がるにつれて周りの世界はどんどん広がっていく。そのたびに、自分とは違う価値観や世界観に出会うことになる。では自分と違う世界をどう受け入れ、繋がって行くのか。

音楽は、一瞬にして、遠い国へ思いを馳せたり、心を寄せることができる。ただ聴いたり、弾くだけで。実際、ピアノや音楽を学ぶ人は、異文化に早くから自然に触れることになる。たとえば子供用の小品には、世界中の国々の舞踊や民謡を元にした作品も多い。一例として、2015年度ピティナ・ピアノコンペティション課題曲を見てみよう。A2~A1級(未就学児~小学校2年生)では、ドイツ、オーストリア、デンマーク、アメリカ、オランダ、ロシア、ポーランド、スペイン、日本の作品・作曲家など、多様である。

そして旋律、ハーモニー、音色、リズムなどには、その国らしい雰囲気がにじみ出る。「あ、綺麗だな」「楽しそう!」「なんか不思議な感じ」という感覚は、その国や文化に対する興味を抱くきっかけになる。特にA2~A1級は脳が急速に発達すると言われる7~8歳にあたり、この時期に多様な音色に触れることは、将来的に多様な価値観の受容へと繋がるだろう。

これは子どもの環境創りにも通じる。心理学者ミハイ・チクセントミハイ氏(元シカゴ大学心理学主任教授)は天才の創造力などについて研究しているが、幼少期の親の関わり方についてこう述べている。 「子どもにこの世界の美しさと多様性を気づかせることはとても大事です。将来頭角を現す分野に興味を示すのは、それからでもいいのです」("Creativity-Flow and the Psychology of Discovery and Invention", Mihaly Csikszentmihalyi, Harper Collins Publishers 1996)

世界の音楽仲間に出会い、関わること

では、音楽があれば世界に飛び出していけるだろうか。「そんなのムリ」「私にはちょっとできないかな・・」と考えて、行動に結びつかないことは誰にでもある。人は身体の限界より、意識の限界を先に感じることがあるもの。しかし恐れや失敗を回避する気持ちより、興味や好奇心が優った時、音楽はその壁をぱっと飛び越えてしまうことがある。

「武術でも音楽でも、すべての人に能力は潜在していて、違いはリミッターを外せるかどうか」(『響きあう脳と身体』茂木健一郎・甲野善紀共著)という説もある。これは普段無意識のうちにかかっている制約がはずれ、限界まで能力が引き出されることを言う。

最近では、積極的に世界中の音楽家と関わる若手も増えてきた。例えば久保山菜摘さん(23)は小学生の頃からピアノ演奏を通じたボランティア活動を続けており、昨年は鍵盤ハーモニカ20台をペルーまで届け、クラシック音楽を聴いたことのない児童相手に演奏や指導を行った。ピティナ・クロスギビング。また阪田知樹さん(21)は欧州渡航のたびに新しい楽曲や音楽家に刺激を受け、2013年ヴァン・クライバーン国際コンクール最年少ファイナリストとなった際には、第一次予選にてリスト『ラ・カンパネラ』の1838年初版を弾き、会場やネットでも話題となった。あまり知られていない曲の面白さや美しさを発見し、今度は自らそれを伝えたい、という意志を感じる。

やはり小さい頃から音楽に触れ、音楽を通して世界を広げてきた人ならではの異文化受容力や世界と関わる力がある。行動に繋げることができた人は、より広い世界の中でまた同志を見つけることができるだろう。(参考:ジュニア国際コンクールの今


様々な世代と接すること

音楽は身近な異文化・異世代を結びつけることもできる。特に最近は世代間交流が減っていると言われるが、音楽はそれを回復し向上させることができるだろうか。

2004年に実施された高齢者対象の調査研究『シルバー層の世代間交流の実態と意識』(北村安樹子著、第一生命経済研究所、2004年)によれば、回答者の7割以上が子どもとの交流に関心があるが、ふだん子どもと接する機会を持つ人は3~4割程度にとどまるとしている。

子どもとの交流に関心がある理由としては、「子ども世代の考え方や文化を知ることができるから(67.1%)」「子どもとのふれあいは、日々の生活にはりあいや楽しみをもたらすから(51.4%)」「子どもとふれあうと、若々しい気分になるから」(48.1%)と、子どもとのコミュニケーションが生きがいや若々しさの実感に繋がるとしている。これは生きるための大きなモチベーションであろう。

一方、関心がない理由としては「子どもとは活動のペースが合わないと思うから(38.4%)」、「忙しくて時間が合わないから(31.5%)」「興味の対象が違うと思うから(28.8%)」と、初めから世代差を懸念する傾向もみられるが、活動や興味の対象が似通っていればその差は比較的容易に埋まることも想像される。

ではピアノや音楽という同じ趣味や特技を持っていた場合、世代間交流は活性化できるだろうか。様々な世代がステージに立つ場として、ピティナ・ピアノステップを例に挙げてみよう。これまで1歳から100歳までのピアノ学習者数十万人が参加しているが、シニア・シルバー世代の参加も少なくない。そこで、最近一つの動きがあるという。当日のスケジュールを組む際に、以前はほぼ世代別にグループ分けされていたのが、最近は異世代を同じグループに入れているそうだ(全体の6割程度)。それによって子どもが大人の演奏を、また大人が子どもの演奏を聴くことになる。年齢や世代は違っても、同じ表現者・演奏者として共感する時、言葉を交わさなくても心が通じる瞬間がある。中にはコミュニケーション用紙を交わした人もいたかもしれない。例)鳥栖基山ステップ

前掲の調査研究によれば、シニア・シルバー層が接する機会が比較的多い順に、①大学生を含む20~30代(54.0%)②小学生(45.6%) ③就学前の子ども(42.6%) ④中高生(31.8%)という結果が出ている。ピアノに限って言えば、②④が一番多い。高齢になってもなお若年世代と同じステージに立つ機会があることは、超高齢化社会を活気づける要因になるだろう。また子どもにとっても、自分と同じく健闘する上の世代を見て、勇気づけられたり、未来社会に対して肯定感を持つことができるだろう。

なお世界中のコンサートホールでは、60~70代のベテランと20~30代の若手による異世代共演などはよくみられる。才能ある若手演奏家にとって巨匠との共演は至福の喜びと学びであり、巨匠にとっては若い感性との出会いで新たな霊感を得ることもあるだろう。音楽には、地域も世代も超えて、双方に新しい世界観をもたらす力がある。

INDEX

菅野 恵理子(すがのえりこ)

音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/

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