海外の音楽教育ライブリポート/菅野恵理子

今こそ音楽を!第1章:社会的観点から 4.「グループワーク(協働)の力」

2015/05/08
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今こそ音楽を【4】協働する力
自分の役割を知り、他者とコラボレーションする

社会生活でも音楽でも、一人で全てをこなすだけでなく、他人とともに問題を解決したり、目標を達成する場面がある。そもそも古代から、人は一緒に音楽を奏でたり歌うことで共同体意識を高めてきた。音楽によって他者と繋がること、音楽を他者とともに創ることは、自然な営みである。ソロ曲が多いピアノでも、やはりデュオやアンサンブル経験から得るものは大きい。そこで最近ピアノコンクールでは室内楽を課する場合が増えている。まさに「他者ありき」の課題だ。(参考:ジュニア国際コンクールの今ヴァン・クライバーン国際コンクールのセミファイナル

ではどのようなプロセスを経て、アンサンブルが出来上がっていくのだろうか。共演者は、国籍や年齢が異なるだけでなく、テクニック、呼吸、拍感、音質、ディナーミクの幅にも違いがある。頼れるものは楽譜だけ。そこで、まずは正確な読譜が条件となる。

その上で、どのようなチームワークで曲の流れを創り上げていくか。自分の役割を把握し、共演者の楽器特性を理解し、お互いの音色の響きや方向性をよく聴き、全員の楽曲解釈をすり合わせて一つの流れを創る、等々、とても複雑なプロセスなのである。一人一人が、主体性と客観的視点を持つことが望まれる。

さらに、お互いを信頼して個性を生かしあうことができれば理想的だ。国際コンクールでも特に印象的だったのは、ピアノが全体の流れを自然にリードしつつ、共演相手の潜在能力をも引き出しながら一つの世界観を創っていた演奏である(→参考:ヴァン・クライバーン)。他楽器の発音や弓の動きを知った上で、ピアノの打鍵や響かせ方を工夫したり、共演者を尊重しながら一人一人が個性を発揮しやすい流れを作っていた。

ピアニストで室内楽の達人でもあるイタマール・ゴラン氏は、「人によって拍感や色彩、ディナーミク、強さは異なり、それによってエネルギーや音楽への投影の仕方も違います。だから私はいつも、共演者と何か新しいものを創ろうと試みているのです」という。弦楽器奏者も同様だ。「『弦楽四重奏はまるで16本の弦でできた弦楽器で弾いているように聞こえなければならない』と言われますが、私はNO!と言いたい。皆が同じ本を読み、同じことを考えていたら会話は面白くありません。それぞれが確立した個人であることが大事。一人一人がしっかり個性を持っていれば、そこから議論が生まれ、互いの考えを共有することができます」(vn.マーク・ダネル氏/2011年ムジカ・ムンディ音楽祭にて


AO入試で評価されるグループワーク力とは

アンサンブル能力は音楽だけでなく、学校や実社会でも生かされる。例えば学校ではホームルーム、委員会、部活動など、あらゆる場面において協働作業の機会がある。授業でもグループワークの導入が検討されている(参考:今こそ音楽を!【1】社会が変わる。大学入試においてはどうだろうか。現在日本では約半数がAO入試で、今後さらに増えていくとされているが、全州でAO方式を採るアメリカの事例をご紹介したい。書類審査では学業成績表やSAT(大学進学適性試験)点数だけでなく、推薦文、小論文、学校内外での活動状況、パーソナリティまでが精査される。その際に「リーダーシップがあるか」「どのようにクラスでコミュニケーションを取っているか」「問題があった時にどのように解決するか」などが焦点になる。オーケストラやアンサンブルに所属していた場合は「その楽団内でどのようなパートや役割をどうこなしていたか」なども考査の対象となるそうだ。

米在住指揮者の原田慶太楼氏(現在シンシナティ交響楽団、アリゾナ・オペラ団、リッチモンド交響楽団各アソシエイト・コンダクター)は、以前フェニックス・ユース・シンフォニー音楽監督を務めていた際、大学進学希望者に推薦状を毎年100枚以上書いていたという。 「アドミッション・オフィサーは受験生が高校でどんな活動をしてきたかをチェックします。たとえば学級委員長や生徒会長をしていたか、成績はどのくらいか、クラブ活動では何をしていたか、リーダーシップや集中力があるか、などです。オールラウンドの人間が望まれているので、課外活動を何もせず勉強ばかりという高校生にとって難関大学合格は難しいですね。現在ユース・オーケストラの団員は400人前後いますが、音楽学校や音楽院に進むのは僅かで、アイビーリーグを希望する子が多いです。実際に入学できるのは指揮者からの推薦状を持っている人がほとんどですね」。

原田氏が推薦状を書いた学生の中で、ハーバード大だけでも7名合格した(2013年当時)。その一人、将来医者を目指すハーバード大学1年生でフルート奏者のジェニファー・チャンさん(Jennifer Chiang)は小学生の時にユース・オーケストラに入団し、多くを学んだそうだ。

毎週末地域の病院で演奏するボランティアグループMIHNUETでも活動中。こちらはブラックタイ・コンサートの様子

「ユース・オーケストラでは他の人と力を合わせるということを学びました。全員で一つの音楽を創り上げるのが目的ですから、自分の役割を的確にこなすことが求められます。たとえば自分が伴奏の立場であれば、他の奏者や聴衆がメロディをしっかり聴き取れるように音を控えめに出すとか。常に自分の周りの人をよく聴くように努め、そして時には自分の意見を恐れずに伝え、仲間の意見や批判も真剣に受けとめて考える習慣がつきました。音楽をより良いものに高めていくためには率直に意見交換することも必要です。勉強も同じですね。大学の授業ではチームで学術プロジェクトに取り組むことになりますが、良いチームメイトであるほど大きな貢献ができると思います」と語っている。現在はハーバード・ラドクリフ・オーケストラでフルートを担当している。


PISA新指標はアンサンブル力で培われる?

昨今、世界の学習評価基準も変わってきている。OECD経済協力開発機構が15歳児を対象に実施しているPISA学習到達度調査では、2015年度から「協同型問題解決能力」が追加される(その他「読解力」「数学的リテラシー」「科学的リテラシー」)。

ここにサンプルテスト例をご紹介しよう(参考:OECD Programme for International Student Assessment 2015。パート1は「海外からやってくる外国人学生グループに地元を案内してもらいます。クラスメート3名とともに、その案内先を3つの選択肢から選びなさい」というお題。チャット形式で会話を進めていき、「あなた」ならどのように答えるか、最も適当だと思うものを選んでいく。

第1問目では、「何から話し始めようか?」に返答する形で、まず解決すべき課題を明らかにする。続いては、およそ以下のような流れである。(ここでは3つの選択肢をA,B,Cとする)

  • 何から話し始めようか?(課題の抽出・明確化)
  • "地元"とは何を指すのか?(理解の共有化)
  • 決められた行動時間内に行ける場所はどこか?(約束事の確認)
  • 脱線した意見が出たので、課題を再確認しよう(チーム役割分担の観察とフィードバック)
  • Aについての情報確認→却下、B,Cも検討しよう(チームメンバーとの協働)
  • B、Cともに"地元"を感じさせてくれる(理解の共有化)
  • Cへの反論に異議あり。BとCをきちんと比較検討しよう(グループワーク促進と複数選択肢の検討)
  • Cの場所が遠いが時間内に戻ってこれるのか?(新たな問題発見)
  • Cについての情報確認→却下(理解の共有化、問題の内容検討)
  • 全会話の要約
  • 会話から判明した事、および最終案を担任に報告する(計画の実施と約束の遵守)

パート2では「どの学生がどのグループのガイドにふさわしいか、何を基準にどう選べばよいかを考えよ」、パート3では、「学生の一人が急に帰国しなければならなくなった。誰が何時までに空港までどのように見送りに行くか」を、同じく会話形式で進めていく。

このように段階を追って、前提条件、関わる人数、時間や場所の制約、予想外の展開、新たな課題などが増え、難易度が上がっていく。評価指標としては、「チームメンバーの考え方や能力を把握しているか」「チームメンバーがどの程度理解しているかを確認し、適宜修正できているか」「行動結果を観察し、問題解決の達成度を判断できているか」「チームとして機能しているか」などがある。まさにアンサンブルでも同じことが言えるだろう。

今日本でアンサンブルが着実に広まっている。毎年全国500地区以上、4万人以上が参加するピティナ・ピアノステップでも、アンサンブルは75地区(2014年度)で増加傾向にある。一度でも経験すると、音楽の見方や関わり方が変わるだろう。

また演奏に限らず、運営面でもアンサンブル力が発揮されている。ステーションでは、各地の特色を生かしたステップ運営や地域音楽活動への波及が見られるが、これはまさにピアノ指導者の先生方がもつ協働・協創する力である。これについては後の章で述べたい。

INDEX

菅野 恵理子(すがのえりこ)

音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/

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