海外の音楽教育ライブリポート/菅野恵理子

音楽業界が自己成長する寄付文化とは(1)~誰がオーナーシップをもつのか

2012/11/12
音楽業界が自己成長する寄付文化とは
~誰がオーナーシップを持つのか?ファンドレイジングとは?

米国では民間の寄付によって芸術文化活動が支えられてきた歴史がある。そして今日本でも様々な分野において、寄付文化の醸成が目下の課題となっている。では音楽業界ではどのようにその文化を育てていけるのだろうか。それはどんな意味を持ち、どのような意識が必要なのだろうか。
10月にオランダの首都アムステルダム近郊で開催された第32回ファンドレイジング国際大会のリポートも交えながら、寄付文化の未来像を探っていきたい。

(1)はじめに~ファンドレイジングがなぜ必要なのか?





多くの寄付が集まった「被災地へピアノを届ける会」(PTNA CrossGiving慈善部門)

米国では民間の寄付によって、芸術文化活動が長らく支えられてきたが(参考:ラヴィニア音楽祭)、昨今日本にも寄付文化の波が到来したと言われる。それは奇しくも2011年の東日本大震災が大きなきっかけとなった。日本全国各地から被災地へ多額の寄付が集まったことは、記憶に新しい。そしてピティナでも被災地在住会員のためにと、全国各地から義援金や支援の申し出を受けたほか、多くの指導者賞受賞者が賞金1万円を被災地支援団体のために寄付されたそうである。

例えば主な寄付先の一つである「被災地へピアノを届ける会」へは、2011年6月設立時以来総額6,986,876円が寄付された(ピティナおよびピティナ会員、支部・ステーションが主体となったもののうち、ピティナに報告されたもの/2012年10月現在)。同団体ではこれまで200台を超えるピアノが被災した幼稚園や小学校、公共施設などに贈られたそうである。一人一人の支援が積み重なって大きな力となり、それがやがて社会を変えていく。大変な被害を蒙りながらも、あらためて寄付の力を感じさせられる1年でもあった。

こうした一連の動きを踏まえ、自らがいつでも自由に支援金先を選んで寄付できるようにと、ピティナでは2012年より「クロスギビング(PTNA CrossGiving)」という寄付サービスを始めた。これは活動者と支援者を結ぶプラットフォームである。現在は「慈善」「育英」「公共財」の3本柱で展開している。

世界に目を向けると、まだまだ多くの人的・経済的支援を要する社会的問題が山積し、国家や公的機関だけでは解決しきれない難題もある。そこで企業・市民団体・非営利組織(NGO)・個人が、相互にパートナーシップを組みながら問題解決に取り組もうというのが、現在の世界的潮流である。その「社会を変えたい」「理想の社会を創りたい」という理念には相応の資金や事務作業が必要である。そこで、寄付を募るなどのファンドレイジング(資金調達)が最近特に重要視されてきている。今回出席したファンドレイジング国際会議は1980年代から開催されているが、着実に参加人数が増えていることからも、この傾向を示しているといえよう。

● 個人から社会を変えていく時代に~帰属コミュニティのオーナーシップを持つこと



海外より一流講師陣を招き室内楽を学ぶ「ちちぶ国際音楽祭ユース&ミューズプログラム」(育英)。室内楽や協奏曲に特化した音楽祭は日本ではまだ珍しい。

ニューヨークで日本人ピアニスト・早水和子先生が13年間音楽監督を務めている「NY室内楽コンサートシリーズ」(育英)

かつて日本では、社会を創るのは国である、というのが一般通念だった(ここでの社会とは、共同体としてのあり方を指す)。しかし現代においては、個人の声がコミュニティを動かし、社会を変えていくという機運が高まってきている。いわば「社会→コミュニティ→個人」から、「個人→コミュニティ→社会」へと流れがシフトしているのだ。これは市民運動や市民革命を通して社会を形成してきた欧米型の行動原理に近い。その背景には、欧米文化圏から生まれたソーシャルネットワーク(以下SNS)が日本に上陸し、日常のコミュニケーションスタイルを根本から変えつつあることは見逃せない。

その結果、年齢・性別・帰属先・地域・国籍などに捉われず、感性や価値観を共有する人同士が繋がるようになり、その接点に新たなコミュニティが出現してきた。そしてそのコミュニティで共有される価値観が一人一人の個人的体験に根差したものであるほど、「私の○○」という帰属意識から生じる安心感や連帯感、そしてより居心地を良くしたいという改善意欲や責任感が生まれやすい。

それは一言でいうと「オーナーシップ(ownership)」である。すなわち「私の家族」「私の仲間」「私のコミュニティ」「私の○○」・・という主体的な所有意識を指す。そのコミュニティの賛同者が増えると、次第に声が集約されて発信力が強まり、社会を動かす力に変わっていく。最近では社会そのものがグローバル化したことによって、国を超えた社会運動に発展するケースも世界的に見られる。

このようなコミュニティの最たるものは、「私の地球」であろう。世界中で展開されているチャリティ活動も、私が住む地球の環境を守りたい、地球上から貧困をなくしたい、等の共同体意識から生まれたものが多い。そしてこの「私の地球」という意識を十分に持たせるため、最近日本でも教育現場でよく叫ばれているのがグローバル市民教育だ。我々一人一人が地球市民であることを自覚し、地球環境保全や世界の諸問題に対する意識喚起やコミットメントを促す教育である。企業でも地球市民意識(グローバル・シチズンシップ)向上に伴い、企業の社会的責任CSRや社会貢献事業への注力に繋がっているようである。

つまりこのオーナーシップこそ、社会を変革する力を生み出す原点であると思う。そしてこれは、今回のファンドレイジング国際会議で繰り返された言葉である。


「アロハ国際ピアノフェスティバル」(育英)では、受講生は著名アーティストのマスタークラスを受講したり共演機会もある。2013年夏には2012年度コンペE級金賞受賞者の招聘が決定。

「Tokyo-Milanoチャオステーション」主宰の黒田亜樹先生による国際コンクールプレオーディションは(育英)、10代ピアニストに積極的に海外へ挑戦してほしいという願いから生まれた。

「小学生からデュオ、トリオ経験を積んでほしい」大江戸パパゲーノステーションでは導入レベルの室内楽編曲を20曲以上手がけるプロジェクトを開始(公共財)。
● 音楽・芸術文化は誰がオーナーシップをもつのか

ではこの「オーナーシップ」の考え方を、音楽・芸術文化に置き換えてみるとどうなるだろうか。

音楽する人は全て、音楽文化全体にも少なからず関わっている。学習者として、鑑賞者として、継承者として、創造者として、どんな形であれコミットしている。特にクラシック音楽は世界文化遺産であり、そこに関わる人はいわば、地球音楽市民といえるかもしれない。
その一人一人に音楽文化そのものに対するオーナーシップが生まれた時、音楽の歴史を振り返って学ぶとともに、現在の音楽家や業界を取り巻く環境や教育のあり方、そして音楽文化の未来にもさらに意識が向かうようになるかもしれない。

するとそこに浮かび上がってくるのは、音楽文化に関わる人がその未来像を創り、その実現のために行動を起こし、それに共感する人が支援していくという構図である。

未来像とは、現状をより良い方向へ導く新たな提言である。『ピティナ・クロスギビング(PTNA CrossGiving)』で提唱される「育英」「公共財」「慈善」の各プロジェクトも、いわば音楽文化における未来像なのだ。そして支援者は未来像の具現化に力を添えているのである。どちらも欠かすことのできない両輪である。そしてその両輪の潤滑油になるのが、ファンドレイザーの役割だろう。

次回より4回にわたり、ファンドレイジング国際会議についてリポートする。

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菅野 恵理子(すがのえりこ)

音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/

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