海外の音楽教育ライブリポート/菅野恵理子

音楽業界が自己成長する寄付文化とは(2)ファンドレイジング国際大会リポート

2012/11/28
音楽業界が自己成長する寄付文化とは(2)
ファンドレイジング国際大会リポート
~Enlightenment & Entertainment

小学校の授業の様子。スカイプを利用して世界中の人々とコミュニケーションを図り、世界の諸問題に対する意識を喚起する。

第32回ファンドレイジング国際大会が、10月16日~19日オランダの首都アムステルダム近郊にて開催された。61か国900を超える世界中のファンドレイザー、NGO関係者、IT技術者等が集まり、レクチャー、シンポジウム、マスタークラス、ワークショップ等が行われた。イギリスやオランダを始めとする欧米諸国ではチャリティ活動が活発であり、同時にファンドレイジングの考え方も進んでいる。この国際会議もリピーターが多かったが、筆者のような初参加者のためのアイスブレーキングパーティもあり、30分後にはすっかり打ち解けた雰囲気に包まれていた。

●ソーシャルネットワークと情熱が、新たに人と人を結びつける

ビル・トリヴァー氏のスピーチ。

墜落寸前の機体を救ったUSエアウェイズ機長の一言。

ジェレミー・ギリー氏の情熱溢れるスピーチ。(⇒映像はこちら)。

足なが育英会会長・玉井義臣氏が2012年度ファンドレイジング大賞を受賞。

仮面舞踏会風の夕食会
夕食会ではディスコも。

初日の全体集会では、今回プレゼンターの一人でもあるビル・トリヴァー氏(Bill Toliver)より開会の挨拶(⇒映像はこちら)。新しいファンドレイジングの道を共に探りたいと、エネルギーに満ちた口調で語った。ネルソン・マンデラ、キング牧師などが起こした社会運動を例に挙げ、ソーシャルネットワーク(以下SNS)時代の現代においては、もっと世界中を巻き込んだ形で社会運動を起こせるに違いないと力説。SNSなど新しいコミュニケーションツールを取り入れること、そして何より重要なのは"いいね!"を押してもらうだけではなく、いかに活動に参加してもらうかであること、その鍵となるのは、一人一人にオーナーシップを持ってもらうことであるとした。右の写真がそれを象徴している。彼は2009年に墜落寸前のUSエアウェイズ機をハドソン川に不時着させ、乗客乗務員全員を救ったパイロットである。彼がなぜ機体を救うことができたのか、それは「これは自分の飛行機だ 」という使命感に他ならない。

続いてゲストスピーカーとして映画監督・社会活動家ジェレミー・ギレー氏(Jeremy Gilley)が登場し、自身が提唱する『PEACE ONE DAY』について20分間熱弁した(⇒映像はこちら)。"9月21日"を暴力や争いのない日にするという提言で、そのために氏は世界中を廻り、カメラを回し、人々にメッセージを伝え、社会的ムーブメントを起こし、複数の世界機関においてこの日を平和維持活動等に注力してもらうことにも成功*。その熱い口調から「あなた方一人一人が、平和の扉を開ける鍵なのだ」というメッセージがひしひしと伝わってくる。
そしてこの情熱が、この国際会議全体の底辺に流れているのを感じた。

そして初日から90分間のワークショップやシンポジウムが開かれた。ファンドレイジングの最新ノウハウを共有するため、各部屋には多くの参加者が集まり満席御礼になることもしばしば。大テーマは「リーダーとして」「大きな構想を描くこと」「少数を対象としたファンドレイジング」「多数を対象としたファンドレイジング」「メッセージを確実に伝えるために」「効果的な組織を経営するために」「研究と洞察」の7項目で、これに基づきワークショップが行われた。詳しくは次回以降に述べる。

夕食会の席ではファンドレイジング表彰式が行われた。審査対象は下記の4部門。

「大きなアイディア、小さな予算賞」
「斬新なファンドレイジング・キャンペーン賞」
「世界のファンドレイザー賞」
「優秀ボランティア賞」

各部門ファイナリスト3名のうち、審査を経て各1名が表彰されるが、「優秀ボランティア賞」にはあしなが育英会の創設者・会長の玉井義臣氏が選ばれた。また当日会場の投票によって、全部門4受賞者から1名が大賞に選ばれるが、半数に迫る支持を得て玉井氏が見事に受賞した。会場からはスタンディングオベーションが沸き起こり、その功績を讃えた。

まず初日は登録を済ませた後、アイスブレーキングパーティへ。入場時に渡されたカードに「オランダらしいもの」の絵が描かれており、同じ絵の人を見つけて話すという趣向。
まず初日は登録を済ませた後、アイスブレーキングパーティへ。入場時に渡されたカードに「オランダを象徴するもの」の絵が描かれており、同じ絵の人を見つけて話すという趣向。
ホテルの1階を借り切って行われているので移動がしやすく、各30分の休憩時間にはコーヒーや紅茶片手に立ち話ができる。
ホテルの1階を借り切って行われているので移動がしやすく、各30分の休憩時間にはコーヒーや紅茶片手に立ち話ができる。

日本ファンドレイジング協会事務局長の徳永洋子氏。
●ネットワーク構築も思い切り楽しみながら!

この大会の目的は関係者同士のネットワーク構築にもあり、ところどころに楽しい仕掛けがあった。90分間のワークショップ前後には各30分の休憩時間があり、コーヒー片手に談笑したり、初対面でも気軽に自己紹介して話が始まったりする。また2日目の夕食会ではなんと仮面舞踏会という趣向で催された(仮装大賞やディスコまで!)。なぜ仮面舞踏会!?と思うかもしれないが、実はここに欧州型ファンドレイジングの鍵が隠されている。それは「ファンドレイジングは明るく楽しく!」というメッセージなのである。
ちなみに仮面舞踏会は中世ヴェネツィアを中心に盛んに行われ、王侯貴族も身分素性を隠して立場に関係なく楽しんだとされる。これ、意外と頭の中がシャッフルされるので、ブレインストーミングにも効果的かもしれない。

今回国際大会に初参加した日本ファンドレイジング協会事務局長の徳永洋子氏は、このように感想を述べられた。
「この大会には世界各国から人が集まっていて、世界のファンドレイジングを学ぶ良い機会だと思います。日本ファンドレイジング協会は日本の寄付文化醸成のためにあるのですが、日本のファンドレイザーの方々が海外のNGOで働くというチャンスにも貢献したい。ここでネットワークを作ることで、認定ファンドレイザー制度も海外で通用するものにする、あるいは共通の倫理観をポリシーとして表す等、ここで学んだことを生かせればと思います」。

●心の声は、社会の潜在的欲求に繋がっているか

社会貢献や国際貢献というと大きく構えがちだが、出発点は心の中にある小さな疑問や問題意識だったかもしれない。自分の内なる声は、単に自分の欲求を満たすだけでなく、多くの人が望んでいることかもしれないのである。


ファンドレイジング大会はこのホテル1階貸切で開催された。

たとえば以下のNPO(非営利組織)ではどうだろうか。
現在全世界で人気を得ているオンライン教育サイト「カーンアカデミー(Khan Academy)」は、聞くところによれば、サルマル・カーン氏という男性が「遠くに住んでいる甥っこに算数を教えるためにyoutubeに映像をアップした」ところ、思いがけず評判を呼んだのが始まりだそうだ。その後教育用映像を無料公開していくうちに、多くの教科を扱うアカデミーの原型が出来上がっていった。今ではビル・ゲイツ財団等が多額の寄付を行い、NPOとして誰もが簡単に無料でアクセスできるオンラインアカデミーを安定運営している。

また現在全米で好評を博している「ティーチ・フォー・アメリカ(Teach for America)」というNPOは、一流大学卒業生が低所得者層の通う学校で2年間授業を教えるというサービスを提供している。これは1990年に創設者であるウェンディ・コップ女史が大学卒業論文で提案したものである。その趣旨に共感し、多額の寄付と優秀な人材が集まり、今では一流企業を超えるほどの人気就職先になっているそうだ。そして全米の教育システムや教員資格のあり方を根底から変革するほどの影響力をもつ。(参考:『世界を変える偉大なるNPOの条件』(レスリー・R・クラッチフィールド/ヘザー・マクラウド・グラント共著、服部優子訳)

このように社会の潜在的なニーズに応えるNPOのサービスは、民間からのボトムアップで生まれることが多い。拡大発展するNPOには必ず熱烈な支援者が存在するが、それは彼らのサービスに満足しているだけでなく、そこにあるコミュニティへの共感から生まれる積極的関与である。前掲の『世界を変える偉大なるNPOの条件』によれば、「NPOは、参加する人の心の最も深いところにある価値観を強化し、投票行動、ボランティア、寄付、デモ、あるいは市民活動への参加など、活動が何であれ、彼らの信念を行動に移すことを助ける。人々はもはや、受け身の消費者ではなく、社会を築く共同の創造者となる」。


オランダののどかな田園風景。フラットな土地は移動がしやすく国際会議に向いている。

日本の音楽業界に目を転じてみると、すでにその動きはある。たとえば「誰でもどこでもどの曲でも参加できるステージ」を提供しているピティナ・ピアノステップを例に挙げたい。これは1997年に始まり、今では参加者が年間延べ4万人を超える。「人前で弾いてみたい」「ステージに出る機会を継続的に持ちたい」「ステージでの演奏を通じて自己成長したい」という多くの人の潜在的欲求をくみ取ったもので、今や一つの文化を形成している。そしてそれを大きく育てたのは、まぎれもなく参加者一人一人。継続参加50回、100回・・という人も少なくなく、演奏を通じて感動体験を重ねていることが伺える。まさしく文化の「共同の創造者」なのである。

そして2012年に始まったピティナ・クロスギビングは、「こうしたい」という心の声をより多くの人から募り、起案者が自発的にそのアイディアを推進できるように寄付を求める、というシステムである。第1回にも述べたが、これは未来への提言なのである。したがって寄付者は単なる経済的支援者ではない。「自分の心の最も深いところにある価値観」をそこに投影し、共に未来の文化を育てるという新たな体験が待っているのである。

*一部追記させて頂きました。

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菅野 恵理子(すがのえりこ)

音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/

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