19世紀ピアニスト列伝

カール・チェルニー 第1回:誕生から教師になるまで

2016/08/31
カール・チェルニー
第1回:誕生から教師になるまで

 今回から、チェルニーの章に入ります。日本でも言わずとしれたピアノ教材作者ですが、66年の生涯に、優に1000を超える作品を書いた、驚異的な勤勉家でもあります。そんなウィーンの大教師チェルニーを、マルモンテルはどのように見たのでしょうか?初回は、誕生から教育者として自立する時代までを駆け足で辿ります。

チェルニー

 博識で、慎ましく、熟練の手腕を持つ、献身的な教師たち――彼らは生涯を教育に捧げ、学習のレベルを引き上げること以外に野心を持たず、もっぱら芸術に宿る数々の美のさわりを若者に教えることだけを望む人々だ――は、この上なく偉大なヴィルトゥオーソが果たす役割に等しい使命を成し遂げている。一線を画する演奏家が、必ずしも最上の教師だとは限らないが、その一方で、多くの有能な芸術家は、華々しい成功やある程度の成功を断念し、いっそう慎ましい務めに全身全霊を捧げた。ルイ・アダンヅィメルマン、プラデール、ファランク夫人、アンリ・エルツカルクブレンナー、そして、チェルニーは、彼らの学識をもって芸術の支柱としたのみならず、彼らのヴィルトゥオーソとしての名声を芸術に捧げ、彼らの才能を舞台に上げることを断念して、芸術に貢献をもたらしたのだ。

 高名な大教師にしてピアノの技術的・実践的教育において大変人気のある作曲家、カール・チェルニーは、1791年2月21日、ヴィーンで誕生した。父は慎ましい音楽家で、ボヘミアのニンブルク出身、1785年以降、ヴィーンに居を定めていた。裕福とは言えず、音楽家の名士とは繋がりがなかったヴェンゼル・チェルニーは、一人で息子の教育に力を注がざるを得なかった。たゆまぬ指導と、ゼバスティアンおよびエマヌエル・バッハスカルラッティヘンデルクレメンティといった過去の大家について学んだことで、若きチェルニーは、華麗な演奏と良き様式を身につけた。その少し後になって、このヴィルトゥオーゾはベートーヴェンの作品に本気で夢中になり、[後に]ベートーヴェンは多くの場面でチェルニーに強い好感を示した。ただ多くの教程を注意深く読み、作曲の大家たちによって示された規則を実行に移すだけで、この知的な音楽家は、賢明にも長い間、書類カバンにとっておいた大量の曲を、十分に書くことができたのだった。

 14歳から、父の勤労生活に参加せざるを得なくなり、チェルニーは、ヴィルトゥオジティばかりを目的としなくなった。長い教師職の見習い時代が始まったのだ。それは一見、犠牲を余儀なくされる道ではあったが、数多の理論的・実践的著作と彼の指導下で教育された生徒たちによって、彼はこの道で名を上げることとなった。最も高名な弟子だけでも、リストタールベルクデーラーステファン・ヘラーが挙げられる。自ら進んで、しかもきっぱりと教育的生活の領域に閉じこもった彼は、その上、初めの頃から、ヴィーン、ポーランド、ハンガリーの名家から然るべき慰藉と激励、好感と信頼を寄せられた。30歳で、彼は既に教育者の中でも一角の人物になっていた。初期に出版した作品の成功によって、彼の名は人々に知れ渡った。出版者という出版者が、彼の編曲[の版権]を獲得しようと争った。大急ぎで書かれ、完璧に仕上げる気遣いのない曲には、しばしば、ごく微々たる謝礼しか払われなかったことを加えておこう。


上田 泰史(うえだ やすし)

金沢市出身。東京藝術大学音楽学部楽理科卒業、同大学修士課程を経て、2016年に博士論文「パリ国立音楽院ピアノ科における教育――制度、レパートリー、美学(1841~1889)」(東京藝術大学)で博士号(音楽学)を最高成績(秀)で取得。在学中に安宅賞、アカンサス賞受賞、平山郁夫文化芸術賞を受賞。2010年から2012まで日本学術振興会特別研究員(DC2)を務める。2010年に渡仏、2013年パリ第4大学音楽学修士号(Master2)取得、2016年、博士論文Pierre Joseph Guillaume Zimmerman (1785-1853) : l’homme, le pédagogue, le musicienでパリ=ソルボンヌ大学の博士課程(音楽学・音楽学)を最短の2年かつ審査員満場一致の最高成績(mention très honorable avec félicitations du jury)で修了。19世紀のフランス・ピアノ音楽ならびにピアノ教育史に関する研究が高く評価され、国内外で論文が出版されている。2015年、日本学術振興会より育志賞を受ける。これまでにカワイ出版より校訂楽譜『アルカン・ピアノ曲集』(2巻, 2013年)、『ル・クーペ ピアノ曲集』(2016年)などを出版。日仏両国で19世紀の作曲家を紹介する演奏会企画を行う他、ピティナ・ウェブサイト上で連載、『ピアノ曲事典』の副編集長として執筆・編集に携わっている。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会研究会員、日本音楽学会、地中海学会会員。

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