19世紀ピアニスト列伝

テオドール・デーラー 第5回(最終回):作曲家としての横顔

2016/02/22
テオドール・デーラー
第5回(最終回):作曲家としての横顔

 今回で、デーラーの章は最終回です。デーラーの作品に関する概略と、お決まりの人相の描写に続き、最後に、人間的な魅力と才能に対する賛辞が続きます。

デーラー

 作曲家として、デーラーは[オペラ]《グイード》、《アンナ・ボレーナ》、《ウィリアム・テル》、《マホメット》、《ドン・セバスチャン》に基づく有名な幻想曲において、タールベルクが流行らせた手法の潮流に従ってはいるが、巧みで創意工夫にとんだ、優雅な大家の手腕をはっきりと示している。[ピアノ]協奏曲作品7はこのジャンルに相応しい高貴な様式を備えており、加えて構造と数々の走句の輝かしい性格において秀でた出来栄えを示している。この作品は、アンリ・エルツデーラーはその気品を持っていた―に由来する部分が大きい。優美で歌唱的な作品である12曲のノクターンは、ナポリの大家がもつ旋律的着想の豊かさを示している。アンダンティーノもまた魅力あふれる作品である。作品6、15、18、22、35はサロン用の曲で、オペラのモチーフに基づく、たいへん大きな成功を収めた作品である。タランテラ作品39、46、ギャロップ作品61サロン用ポルカ作品50、ワルツ作品57はそれぞれに流行し、大成功を収めた。演奏会用練習曲集作品30ショパンヘンゼルトタウベルトエルツローゼンハインのそれらに並ぶものである。これらの素晴らしいページを演奏するには、良き様式のヴィルトゥオーゾである必要がある。それらの中で、若き大家は想像力の豊穣さと自身の手法の比類なき純粋さを示した。50のサロン用練習曲は現代的教育のレパートリーにおいて趣味とフレージング法の秀逸な見本であり続けており、かつメカニスムの有用な定型を提示している。

 デーラー作品の一部のこうした短い分析から、この大家が自身の名に結びつけた上品な人気をいかに正当化なものとし得たかが分かる。彼は、1830年頃に出現したヴィルトゥオーゾ作曲家の一団に属しており、彼にはその列に並ぶだけの価値がある。洗練された人士および勇ましき芸術家としての思い出はいずれも、見事な才能と本質的に愛すべき気質が一体となったおかげで、彼の死後も残ったのである。

 デーラーの長い楕円形をした顔つき、整いほっそりとした目鼻立ちはショパン的な類型を思い出させるが、性格はそれほど病的ではない。非常にはっきりとした鼻、軽くアーチ状になった口は気品ある全体を形作っており、デーラーがルッカの小さな宮廷―そこではよき上品さによって節度が保たれた礼儀作法が花開いていた―で身に付けた宮廷的な、優雅で魅力ある礼儀正しさと完全に調和していた。

 私はヅィメルマンアンリ・エルツ、ブランデュ宅でデーラーとあまりに短い交流を持ち、この上ない愛情のこもった想い出を留めたが、同じように彼と知り合ったすべての人の記憶に例外が存在したとは思われない。名声が、あれほど穏やかに同時代人へと拡がることはなかったし、あれほどの共感を搔き立てておきながら、羨望に満ちたライバル心があれほどまでに喚起されないこともなかった。これら全ての資格をもってして、デーラーは大家たちの傍らではないにせよ、中腹あたりに際立った地位を占めている。彼は流派の長、独自のジャンルの創出者、独奏的な様式の推進者、大胆な革新者ではなかったにせよ、少なくとも自身の気高い個性を保持するすべを心得ていた。繊細な本性、寛容で善良な心、魅力的な想像力といったデーラーの想い出は常に若く、既得の才能と内なる魅力というふたつながらの特権を伴って残り続けるだろう。ピアノのベッリーニたる彼は、『ノルマ』から霊感を受けた歌い手[ベッリーニ]同様、優雅なアクセント、そこからピアノの詩を編み出すような旋律的芳香を手にしていた。


上田 泰史(うえだ やすし)

金沢市出身。東京藝術大学音楽学部楽理科卒業、同大学修士課程を経て、2016年に博士論文「パリ国立音楽院ピアノ科における教育――制度、レパートリー、美学(1841~1889)」(東京藝術大学)で博士号(音楽学)を最高成績(秀)で取得。在学中に安宅賞、アカンサス賞受賞、平山郁夫文化芸術賞を受賞。2010年から2012まで日本学術振興会特別研究員(DC2)を務める。2010年に渡仏、2013年パリ第4大学音楽学修士号(Master2)取得、2016年、博士論文Pierre Joseph Guillaume Zimmerman (1785-1853) : l’homme, le pédagogue, le musicienでパリ=ソルボンヌ大学の博士課程(音楽学・音楽学)を最短の2年かつ審査員満場一致の最高成績(mention très honorable avec félicitations du jury)で修了。19世紀のフランス・ピアノ音楽ならびにピアノ教育史に関する研究が高く評価され、国内外で論文が出版されている。2015年、日本学術振興会より育志賞を受ける。これまでにカワイ出版より校訂楽譜『アルカン・ピアノ曲集』(2巻, 2013年)、『ル・クーペ ピアノ曲集』(2016年)などを出版。日仏両国で19世紀の作曲家を紹介する演奏会企画を行う他、ピティナ・ウェブサイト上で連載、『ピアノ曲事典』の副編集長として執筆・編集に携わっている。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会研究会員、日本音楽学会、地中海学会会員。

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