「チェルニー30番」再考

21.パリで出版されたチェルニー練習曲―3つのタイプ:タイプ②その2

2014/09/16
第二部「30番」再考
21.パリで出版されたチェルニー練習曲―3つのタイプ:タイプ②その2
タイプ②「練習曲」と「訓練課題」の中間的なタイプで、全体として様式よりはメカニックな訓練に重点を置くもの。

前回は、タイプ②の中から、前奏曲・カデンツァ形式の練習曲という少し特殊な練習曲の特徴を見てみました。今回は、引き続きタイプ②の実例として、私たちに馴染みの「30番」の姉妹編とも言うべき特徴を備えた練習曲集の中から、《進歩, 25の練習曲, J.B.クラーマーの練習曲集への導入》作品749、《50の能弁の練習曲》作品818についての中から特徴的な練習曲をかいつまんで見てみましょう。「30番」自体もこのタイプ②に属する練習曲ですが、これについてはタイプ③の解説が終わった後で個別に扱います。

1. 形式

タイプ②に分類される練習曲の多くは次の2通りの形式で書かれています。

① 第1部、第2部が反復される2部形式
② 中間部と再現部を反復する3部形式(長い曲では反復なし)

②は①の発展形で、①の第2部の後半に、第1部の主題が再現された形です。この形式はスカルラッティのソナタに典型的に見られるものです。調性は、第1部の末尾で属調に移り、後半で主調に解決されます(転調を全くしないケースもしばしば見られます)。タイプ②において、チェルニーはこの単純な形式を用いて特定の技巧に焦点をあてた曲を書きました。

タイプ②は、既に確認したように、物理的な手の動き(メカニスム)の機能性を向上させることに重点が置かれています。実際、上に挙げた作品749作品818の殆どはアレグロ、ヴィヴァーチェ、プレストといった急速なテンポの曲です。

《進歩, 25の練習曲, J.B.クラーマーの練習曲集への導入》作品749(1844年刊)はタイトルを見てのとおり、19世紀初期に出版されたクラーマーの練習曲(過去の記事参照)の予備練習として書かれたものです(但し予備練習とはいえ、難易度的には「30番」よりも上です)。1804年、1809年に刊行されたクラーマーの練習曲は40年たってもなお教育のスタンダードだったことがこのタイトルから読み取ることができます。

次の譜例1は作品749の第19番 ニ短調の第1部にあたる部分です。見てのとおり、オクターヴの練習曲です。この曲は上で見た①の形式に分類されます。8小節から成る簡潔な第1部は6小節目で属調のイ短調に移行し始めます。そしてリピート記号を挟んで、再びニ短調の第2部が始まりますが、この曲では以後、冒頭のテーマはもう現れません。

テーマが再現する②のパターンの例として《50の能弁の練習曲》作品818の第1番 ハ長調を見てみましょう(ちなみにタイトルのある「能弁volubilité」という一風変わった言葉は「滞りなくたくさん、早いスピードで話す」という意味で、流暢に指が回る、ということを比喩的に言い表しています)。この練習曲は主に3,4,5の指の動きに重点を置き、これらの指が独立するようにするための練習曲です。次の譜例2は冒頭8小節です。

ハ長調で始まり、やはり7小節目で属調のト長調に移行し、リピート記号の後、9小節目からは再びハ長調に移り第2部が始まります。次の譜例3は主題が回帰する箇所です。「30番」でもそうですが、主題が回帰する直前、多くの場合左手は主調に戻るためV度の和音(ドミナント)を伸ばすか、譜例3のようにV度を鳴らして休むかいずれかです。

このように、タイプ②は簡潔な形式・転調の枠組みの中で特定の技巧を練習することを目的としています。とはいえ、その中にも少数ではありますが表現重視の曲もあります。次回は、タイプ②の中かから数少ない、ゆったりとしたテンポの曲の特徴を見てみましょう。


上田 泰史(うえだ やすし)

金沢市出身。東京藝術大学音楽学部楽理科卒業、同大学修士課程を経て、2016年に博士論文「パリ国立音楽院ピアノ科における教育――制度、レパートリー、美学(1841~1889)」(東京藝術大学)で博士号(音楽学)を最高成績(秀)で取得。在学中に安宅賞、アカンサス賞受賞、平山郁夫文化芸術賞を受賞。2010年から2012まで日本学術振興会特別研究員(DC2)を務める。2010年に渡仏、2013年パリ第4大学音楽学修士号(Master2)取得、2016年、博士論文Pierre Joseph Guillaume Zimmerman (1785-1853) : l’homme, le pédagogue, le musicienでパリ=ソルボンヌ大学の博士課程(音楽学・音楽学)を最短の2年かつ審査員満場一致の最高成績(mention très honorable avec félicitations du jury)で修了。19世紀のフランス・ピアノ音楽ならびにピアノ教育史に関する研究が高く評価され、国内外で論文が出版されている。2015年、日本学術振興会より育志賞を受ける。これまでにカワイ出版より校訂楽譜『アルカン・ピアノ曲集』(2巻, 2013年)、『ル・クーペ ピアノ曲集』(2016年)などを出版。日仏両国で19世紀の作曲家を紹介する演奏会企画を行う他、ピティナ・ウェブサイト上で連載、『ピアノ曲事典』の副編集長として執筆・編集に携わっている。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会研究会員、日本音楽学会、地中海学会会員。

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