「チェルニー30番」再考

17.1830年代末の練習曲 ~S.ヘラーによるエチュード批評─ショパン作品25-7

2014/08/11
第一部 ジャンルとしての練習曲~その成立と発展(1820年代~30年代)
17.1830年代末の練習曲
  ~S.ヘラーによるエチュード批評─ショパン作品25-7

前回は、ショパン《12の練習曲》作品25を出版してほどなくS.ヘラーが書いた批評を取り上げ、第4番と第5番を旧約聖書の『創世記』の「金盃」のエピソードに見立て、タイトルの付いていない練習曲に具体的なイメージを与えていることを指摘しました。

今回は、最後にヘラーによる第7番 嬰ハ短調についての評を見てみましょう。第7番はチェロ風のソロで開始される緩徐楽章で、右手で伴奏とレガートの旋律を弾きわけつつ、左手でさらに別の独立した旋律を奏でるという、手・指の独立した機能の向上を目的とした練習曲です。

この練習曲について、ヘラーは「私の第3のお気に入りは第7番だ。(中略)私は甘美な哀歌である第7番を黙って見過ごすわけにはいかない。」とした上で、形容詞を多用してその魅力を語りだします。「それはこの上なく甘美な悲しみを生み、最も羨望に値する苦悩を生み出している。この曲を演奏しながら、どうしようもなく悲痛でメランコリッな着想へと押しやられるのを感じるなら、それはほかのいかなる気質よりも私の好む精神的傾向なのだ。」そして、ヘラーはついに、旧約聖書の比喩の余韻に浸りながらショパンに神としての格を与えます。「ああ!どれほど私はこれらの陰鬱で神秘的な夢を愛していることだろう、ショパンはこれらの夢を生み出す神なのだ!」

 再び、ここで用いられる修飾語や比喩に注目しましょう。「甘美な哀歌」「甘美な悲しみ」「羨望に値する苦悩」「悲痛でメランコリックな着想」「陰鬱で神秘的な夢」―これらの情感を示す言葉は、ショパンの楽譜には一切用いられていません。楽譜中に見られる単語は冒頭に置かれたレントやクレッシェンド、デュミヌエンド、その他の強弱記号、テヌートなどのニュアンスやアクセントを示す記号で、その他はスモルツァンドが「死」を連想させますが、一般的な音楽用語の範疇にある表現であり、特別な情感を明示するものではありません。

上記3曲の批評を通してさらに興味深いのは、ヘラーがテクニック(メカニスム)上の問題についていささかも触れていない点です。約15年前までは練習課題exercicesと同一視されていたエチュードが、30年代後半に至って各曲が喚起する詩情が重視されるジャンルとなったことは、このジャンルが近代的な芸術観の枠組みにその居場所を見つけ、実用性から詩的な理想を表現するジャンルへと著しい変化を遂げたことを意味します。しかも、ショパンの例に見たように、練習曲はそれを受容する側の主観的・感性的な判断によって―たとえ標題がなくとも―ある種の感情と結び付けられて理解されるようになったのです。また、批評家兼芸術家ヘラーによる自由な想像力に基づきながらも、修辞的に一定の説得力をもつ批評・解説を通して、ショパンの練習曲はモーツァルトと、あるいは旧約聖書に結び付けられ、その美的価値が言葉によって高められながらあらたな生命を吹き込まれたのでした。そして、少数ではあったにせよ、その練習曲に命を吹き込んだ作曲者は「芸術的な神」とさえ見なされるようになったのです。かくして、30年代の末に練習曲は作曲ジャンルとして完全に独立した地位を得ることになったのです。


上田 泰史(うえだ やすし)

金沢市出身。東京藝術大学音楽学部楽理科卒業、同大学修士課程を経て、2016年に博士論文「パリ国立音楽院ピアノ科における教育――制度、レパートリー、美学(1841~1889)」(東京藝術大学)で博士号(音楽学)を最高成績(秀)で取得。在学中に安宅賞、アカンサス賞受賞、平山郁夫文化芸術賞を受賞。2010年から2012まで日本学術振興会特別研究員(DC2)を務める。2010年に渡仏、2013年パリ第4大学音楽学修士号(Master2)取得、2016年、博士論文Pierre Joseph Guillaume Zimmerman (1785-1853) : l’homme, le pédagogue, le musicienでパリ=ソルボンヌ大学の博士課程(音楽学・音楽学)を最短の2年かつ審査員満場一致の最高成績(mention très honorable avec félicitations du jury)で修了。19世紀のフランス・ピアノ音楽ならびにピアノ教育史に関する研究が高く評価され、国内外で論文が出版されている。2015年、日本学術振興会より育志賞を受ける。これまでにカワイ出版より校訂楽譜『アルカン・ピアノ曲集』(2巻, 2013年)、『ル・クーペ ピアノ曲集』(2016年)などを出版。日仏両国で19世紀の作曲家を紹介する演奏会企画を行う他、ピティナ・ウェブサイト上で連載、『ピアノ曲事典』の副編集長として執筆・編集に携わっている。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会研究会員、日本音楽学会、地中海学会会員。

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