「チェルニー30番」再考

第二部「30番」再考  18. チェルニーがパリで出版した練習曲(1856年まで)

2014/08/25
第二部「30番」再考
18. チェルニーがパリで出版した練習曲(1856年まで)

先週は一回お休みを頂きました。今日からいよいよ連載の第二部「30番再考」です。第一部では、20年代から30年代まで、練習曲の変遷をいくつかの事例を通して見てきました。大量の練習曲が出版された時代ですから、これでもまだ意図的に書き落としたエチュード史の主要作品がかなり沢山あります。例えばアンリ・ベルティーニの《性格的練習曲集》作品66(1828)は、モシェレスが提示したような、性格的練習曲集のモデルになった作品です。

40年代に入ると性格的練習曲は一般化し、さらに若い世代のピアニスト兼作曲家たちが趣向を凝らした作品を多く生み出しました。無言歌や行進曲など様々な様式を練習曲に取り込んだ「様式の練習曲集」、「カプリース=エチュード」、「ワルツ=エチュード」といった、ジャンル複合型の練習曲も好まれるようになります。しかし、40年代の練習曲の変遷にはさらに多くのページを要するので、練習曲の大な流れをたどるのは一旦ここで止め、別の機会に譲ることにしましょう。

さて、第二部では「30番」に取り掛かる前に、予備知識としてチェルニーの練習曲創作を俯瞰することから始めたいと思います。話題を初回にまで戻して、再びチェルニーの練習曲について見てみましょう。チェルニーの出版した楽譜が、作品番号にして861に上ることは既に述べました。このうち、練習曲の占める割合は10分の1もありません。とは言っても、861の10分の1といえば86作品ですから、そんなにもたくさんの練習曲集があったら、かえって不気味です。

では、チェルニーは練習曲を何作書いたのでしょうか。とりあえず、練習曲と名のつくものだけでも29点がパリで出版されています。これに、パリで出版が確認されていない練習曲または練習曲集が少なくとも16作品あるので、1856刊行のいわゆる「30番」までの間に合計で少なくとも45作は練習曲または練習曲集を発表していることになります(これはあくまで現段階の調査に基づく数字です)。

次の表は、チェルニーの生前、パリで出版された32の練習曲(集)の一覧です。「24の~」などの数字付き、もしくは「~集」と訳したもの以外は、単数形の練習曲étudeです。

表1パリで出版されたチェルニーの練習曲集/練習曲一覧
Op. タイトル パリ初版年 備考
161 全長短調による48の練習曲-前奏曲とカデンツァの形式による 1830  
261 基礎的練習曲 1833  
299 敏捷さの練習曲集 1833  
335 レガートとスタッカートの練習曲集 1834  
337 40の練習曲からなる日々の訓練 1835  
365 ヴィルトゥオーゾの学校―華麗さと演奏の練習曲集 (通称「60番」) 1837 通称「60番」
400 フーガ演奏と厳格様式の作品を演奏するための学習、12の前奏曲と12のフーガを含む 1837  
409 50の特別な練習曲 1837  
636 24の敏捷さの小練習曲 作品299への導入として 1841  
672 24の優雅な練習曲 1842  
684 練習奨励―24の楽しい練習曲 1842  
692 24 の性格的大練習曲 1843  
694 年少者の練習曲―25の極めて平易な前奏曲 1842  
699 指をほぐす技法―50の向上の練習曲 1844  
718 左手のための24の平易な練習曲 1843  
748 25の平易で段階的な練習曲 1844  
749 進歩,25の練習曲,J.B.クラーマーの練習曲集への導入 1844  
753 進歩, 30の練習曲 1844  
754 6つの練習曲、またはサロンの楽しみ 1846/1847  
755 向上―25の性格的練習曲 1845  
765 流れる練習曲 1846  
779 不屈の人―敏捷さの練習曲 1846  
807 100の練習曲 1850  
818 50の能弁の練習曲 1851  
819 旋律―28の旋律的で響きの良い練習曲 1851  
820 90の新しい日々の練習曲 1851  
838 根音バスのあらゆる和音についての実践的な知識を得るための練習曲集 1854  
849 30のメカニスム練習曲(通称「30番」) 1856 通称「30番」
(-) 練習曲の練習 1843 様々な練習曲のパセージを集めた練習課題集
注 パリでの初版が現段階(2014年現在)の調査で確認されていない練習曲:139*(通称「100番」), 388, 433, 495, 632, 706, 727 (2 pf) , 735, 740, 756, 767, 785, 792, 829, 836、845。

これだけを眺めてみても、タイトルは実に多様であり、日本人が親しんできた「30番」、「60番」、「100番」が氷山の一角であることは明らかです。次回はこれらの練習曲の分類を試みたいと思います。


上田 泰史(うえだ やすし)

金沢市出身。東京藝術大学音楽学部楽理科卒業、同大学修士課程を経て、2016年に博士論文「パリ国立音楽院ピアノ科における教育――制度、レパートリー、美学(1841~1889)」(東京藝術大学)で博士号(音楽学)を最高成績(秀)で取得。在学中に安宅賞、アカンサス賞受賞、平山郁夫文化芸術賞を受賞。2010年から2012まで日本学術振興会特別研究員(DC2)を務める。2010年に渡仏、2013年パリ第4大学音楽学修士号(Master2)取得、2016年、博士論文Pierre Joseph Guillaume Zimmerman (1785-1853) : l’homme, le pédagogue, le musicienでパリ=ソルボンヌ大学の博士課程(音楽学・音楽学)を最短の2年かつ審査員満場一致の最高成績(mention très honorable avec félicitations du jury)で修了。19世紀のフランス・ピアノ音楽ならびにピアノ教育史に関する研究が高く評価され、国内外で論文が出版されている。2015年、日本学術振興会より育志賞を受ける。これまでにカワイ出版より校訂楽譜『アルカン・ピアノ曲集』(2巻, 2013年)、『ル・クーペ ピアノ曲集』(2016年)などを出版。日仏両国で19世紀の作曲家を紹介する演奏会企画を行う他、ピティナ・ウェブサイト上で連載、『ピアノ曲事典』の副編集長として執筆・編集に携わっている。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会研究会員、日本音楽学会、地中海学会会員。

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