「チェルニー30番」再考

19.パリで出版されたチェルニー練習曲―3つのタイプ その1

2014/09/02
第二部「30番」再考
19. パリで出版されたチェルニー練習曲―3つのタイプ その1

「練習曲」としてパリで出版されたチェルニーの教育的作品は、第7回で見た「練習曲」と「訓練課題」の定義に照らしてみると、3つの基本的なタイプに分類することができます。

純粋にメカニックな訓練に捧げられた練習曲で、旋律や和声は重視されず「訓練課題exercices」と実質な相違がないもの。
「練習曲」と「訓練課題」の中間的なタイプで、全体として様式よりはメカニックな訓練に重点を置くもの。
メカニックな訓練に劣らず、全体として表現様式に比重を置くもの。
その他

次の表は、この基準にしたがって、表1(前回参照)に挙げた練習曲を分類したものです。1

メカニスム重視⇔様式重視

では、それぞれのタイプの特徴を、実例とともに見て行きましょう。

タイプ① 純粋にメカニックな訓練に捧げられた練習曲で、旋律や和声は重視されず「訓練課題exercices」と実質的な相違がないもの。

このタイプは、練習曲étudesと訓練課題exercicesがジャンルとして未分化だった20年代以前の考え方(本連載第5回参照)の名残と見ることができます。特に、「40の練習曲からなる日々の訓練」という混合的なタイトルはその形跡を留めています。タイプ①に分類された最初の3作(作品261, 337, 365)はいずれも30年代に出版されおり、まだ20年代以前の用語の混乱が残っていたことが分かります。
さて、このタイプ特徴は、パッセージの短さにあります。各練習曲は4小節や8小節しか続かず、「曲」というよりは曲のワンパッセージを抜き出したような体裁をとります。

次の譜例1は《基礎的練習曲集》作品261の最初の2曲です。和声付けされてはいるものの、作品はわずか4小節しか続きません。一番は右手の、1番は左手の5指練習です。

次に示す例は、1837年に出版された《ヴィルトゥオーゾの学校―華麗さと演奏の練習曲集》作品365の第41番の冒頭8小節です。1830年代後期は、練習曲が苛烈な技巧・様式探求が最高潮に達した時期であり、譜例2に示すような大きな右手の跳躍の連続は急進的な技巧探求の潮流にいち早く対応しようとして編み出された練習課題です。この曲集では、同じ音型の特定パッセージを何度も繰り返すことが求められます。下の例では「20回反復すること」とあります。

この41番にはこのあと、反復される2小節から8小節の様々な技巧的パッセージと締めくくりのコーダが続きますが、それは単一の主題によって統一された楽曲の体裁を取るものではなく、あくまで多様なパッセージの羅列によって構成されています。
同じ曲集からもう一つの例を挙げましょう。譜例3は他の声部が伴う半音階の練習です。これもやはり「20回反復」することと容赦のない指示があります。

 この楽譜はどこかで見たことがありますね。そう、ショパンの〈練習曲〉 作品10-2と同じ書法です。右手の3,4,5の指が交差する当時としては特殊な運指を要求する音型です。譜例4はショパンの作品10-2の冒頭です。

1833年に出版されたショパンの練習曲の特殊性を、チェルニーは4年後にいち早く反復練習の課題として提示しているのです。チェルニーがいかに進取の気性を持っていたかがよくわかる例です。《ヴィルトゥオーゾの学校―華麗さと演奏の練習曲集》で、チェルニーは44の課題を通して新しい音型の定型化・一般化を推し進めました。
しかし、チェルニーは30年代を過ぎると、このように実質的には「訓練課題exercices」と呼んで差し支えないパッセージ訓練集を「練習曲」の名のもとに出版することはなくなります。
それでは、次回はタイプ②のいくつかの例を提示しながらその特徴を見ていきましょう。

  1. 現段階で楽譜が見られなかった以下の作品は除外しています。作品694、755。

上田 泰史(うえだ やすし)

金沢市出身。東京藝術大学音楽学部楽理科卒業、同大学修士課程を経て、2016年に博士論文「パリ国立音楽院ピアノ科における教育――制度、レパートリー、美学(1841~1889)」(東京藝術大学)で博士号(音楽学)を最高成績(秀)で取得。在学中に安宅賞、アカンサス賞受賞、平山郁夫文化芸術賞を受賞。2010年から2012まで日本学術振興会特別研究員(DC2)を務める。2010年に渡仏、2013年パリ第4大学音楽学修士号(Master2)取得、2016年、博士論文Pierre Joseph Guillaume Zimmerman (1785-1853) : l’homme, le pédagogue, le musicienでパリ=ソルボンヌ大学の博士課程(音楽学・音楽学)を最短の2年かつ審査員満場一致の最高成績(mention très honorable avec félicitations du jury)で修了。19世紀のフランス・ピアノ音楽ならびにピアノ教育史に関する研究が高く評価され、国内外で論文が出版されている。2015年、日本学術振興会より育志賞を受ける。これまでにカワイ出版より校訂楽譜『アルカン・ピアノ曲集』(2巻, 2013年)、『ル・クーペ ピアノ曲集』(2016年)などを出版。日仏両国で19世紀の作曲家を紹介する演奏会企画を行う他、ピティナ・ウェブサイト上で連載、『ピアノ曲事典』の副編集長として執筆・編集に携わっている。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会研究会員、日本音楽学会、地中海学会会員。

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