12.番外編:ノアン
館の向かいに位置するツーリ スト・インフォメーション前の案内板 ノアンの館はパリから270キロメートルほど南下したフランス中部、ベリー地方のIndre(アンドル)県に現存する、恋人のサンドが少女期を過ごした父方の実家です。ショパンは1839年以降、サンドと別れる1846年までの7回の夏をこのノアンの館で過ごし、全体の3分の2に及ぶ作品を残しました。ノアンの館はショパンにとって、社交界での複雑な人間関係から解放される一種の安全地帯であり、パリの喧騒を離れて作曲に没頭できる唯一の創造のアトリエでした。ショパンの芸術はこの館で昇華されたといっても過言ではないでしょう。ショパンと共に、サンドはこの館に時を代表するさまざまな芸術家や知識人を迎えて、親交を深めていきました。
男装して葉巻をくゆらせ、子育ての傍ら次々と問題作を発表して世間の物議を醸し出し、妻であり、母である自らの立場を解放してショパンをはじめ、ペンネームのきっかけとなったジャーナリストのジュール・サンド、作家のメリメ、詩人のミュッセ等と恋愛遍歴を重ねていたジョルジュ・サンドは、19世紀前半のヨーロッパにおいて、経済的にも精神的にも自立した女性のパイオニア的存在でした。その作品はロシアやイギリスでも愛読され、彼女の行き方を象徴するジョルジュ・サンディズムという言葉さえ生み出しました。彼女はノアンの自然の中で、ショパンに愛情のみならず栄養と休息を与え、作曲に専念できる環境を整えました。サンドの母性溢れる行き届いたサポートがなかったら、ショパンの不朽の名作は生まれなかったでしょう。芸術家として最も輝かしい時期を共に過ごした二人でしたが、実の娘でありながらサンドと折り合いの悪かった娘のソランジュを廻って次第に対立し、1847年には苦い別離を迎えます・・・ | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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Auberge De La Petite Fadette ***

