パリ発ショパンを廻る音楽散歩

11.番外編:カルトゥハ修道院

2008/11/01
番外編:カルトゥハ修道院
Claustre de la Cartoixa
07170 Valldemossa
Mallorca
Espagne
1838年12月から1839年2月まで
修道院
~今月は番外編として、ショパンとサンドが1838年の秋から1839年にかけてのひと冬を過ごしたマヨルカ島のカルトゥハ修道院をレポートします~

パリの社交サロンを通して恋に墜ちたショパンとサンドは、互いの愛を育み、健康維持と創作活動に相応しい空間を求めて、1838年の11月に地中海に浮かぶ島、マヨルカ島のパルマへ到着します。風通しが良かったことから「風の家」と呼んだパルマ郊外の住居を経て、ショパンとサンドは彼女の二人の子供達と共に、パルマから17キロメートルほどの山間の村、ヴァルデモサの僧院の3つの僧房と庭を借り、翌年の2月まで滞在しました。

カルトゥハ修道院
カルトウハ修道院 Real Cartuja de Valldemossa
Plaza Cartuja
07170 Valldemossa
Mallorca
Espagne
TEL +34 971 612 106
FAX +33 971 612 514
www.valldemossa.com
real-cartuja@valldemossa.com
開館時間:9時半から18時半まで
日曜:10時から13時まで
料金:8,5E
パルマ→ヴァルデモサ ヴァルデモサ→パルマ
平日 土曜日 日曜日 平日 土曜日 日曜日
7:30 7:30 8:00 8:30
8:00 9:00
9:00 9:00 10:15 10:30
10:00 10:30 11:00
11:00 11:30 12:00
13:30 13:30 13:30 12:30 12:30
15:30 15:30 14:00 14:45 15:30
17:00 17:30 17:00 15:30
19:00 19:30 18:30 16:30 16:30
料金(片道):1.6E 18:30 18:30 18:30
20:00 20:30
当時の僧院
当時の僧院

パリからカルトゥハ修道院へのアクセス
パリからマヨルカ島のパルマ空港まで2時間。280E程度の直行便が出ています。空港から街の中心へは20分弱。バスで1,85E、タクシーで18E前後。ヴァルデモサはパルマのスペイン広場からさらに北へ向かって数分のバス・ストップから30分弱の山中の村。




サンドによる滞在時の修道院のデッサン
サンドによる滞在時の修道院のデッサン

1838年12月15日にショパンとサンドがパルマの風の家から転居し、翌年の2月13日にバルセロナへ出航するまで滞在した僧院内の住居が公開されている。1399年よりマヨルカ王家の宮殿を改修し、カルトウジオ会の僧院として使用されていたこの建物は、1835年に発令された法律によって修道会が解散した為、住居として一般に貸し出されていた。ショパンは長旅の疲れと、雨季の湿気や寒さによって体調を崩し、病床にあったにも拘らず『前奏曲 作品28』に代表される珠玉の名作を生み、サンドは滞在中に僧院を舞台にした哲学小説『スピリディオン』を脱稿し、1833年に既に出版されていたレリアを改訂。さらに、旅の思い出と滞在について、マヨルカの歴史と地理について、現地の人々についての三部で構成された紀行文『マヨルカの冬』を帰国後の1841年1月15日から3月15日にかけてReveu des Deux Mondesに連載し、当地の自然を、緑はスイス、空はイタリア、厳粛で静寂な雰囲気は東洋と絶賛した。

修道院脇ショパン像
修道院脇ショパン像
入り口
入り口
チケット売り場
チケット売り場


旧薬局
旧薬局

僧院滞在中、島全体が雨期に入ると著しく体調を崩し、繰り返す発熱と咳の発作に苦しんでいたショパンの為に、サンドが治療薬を求めて通いつめた修道院の薬局。
1723年から1725年にかけて創設され、当初は修道院独占であったが、その後、村の人々に開放された。
薬剤容器、ガラス器、蒸留器、天秤、乳鉢、錠剤製造機、すり鉢、小型の木箱など、昔ながらも薬局特有の道具が当時のままの状態で保存されている。

ショパンが風の家で使用していたマヨルカ製のピアノ
ショパンが風の家で使用していたマヨルカ製の
ピアノ
内回廊から見た中庭
内回廊から見た中庭
ショパンの部屋へ続く回廊
ショパンの部屋へ続く回廊

パルマ到着後、ショパンとサンドが数週間ほど滞在した「風の家」で使用していたマヨルカ製のピアノ。
サンドは友人宛ての手紙の中で「ショパンは現地でピアノを借りて弾いているものの、そのピアノは彼の気持ちを落ち着かせるどころかイライラを募らせる」と嘆いていたが、このピアノからマズルカホ短調 作品41の2、プレリュード作品28の4と2が生まれ、この3曲は、"パルマ、1838年11月28日 "と記された一枚の5線紙に書かれている。


モーリスによる水彩画:ショパンはこの嵐 にインスピレーションを受けて名曲・雨だれを作曲した

←モーリスによる水彩画:ショパンはこの嵐 にインスピレーションを受けて名曲・雨だれを作曲した。

サンドゆかりの品々が展示されている部屋
サンドゆかりの品々が展示されている部屋
ショパンが滞在した部屋へ
ショパンが滞在した部屋へ
ショパンの部屋の入口
ショパンの部屋の入口

ショパンが愛用していたプレイエル・ピアノ
ショパンが愛用していたプレイエル・ピアノ

マヨルカ滞在の為にパリのプレイエル社に注文して取り寄せた、ショパン愛用のプレイエルのピアノ。ショパンはこのプレイエルピアノで24のプレリュード 作品28、バラードヘ長調 作品38、スケルツォ変ロ短調 作品31、ポロネーズイ長調 作品40-1『軍隊』、ハ長調40-2を作曲した。ピアノの後方にはワルシャワ・ショパン協会と記された在スペイン・ポーランド大使館寄贈のポーランド国旗が掲げられている。


モーリスのデッサンを元に復元された中庭
モーリスのデッサンを元に復元された中庭
中庭からの眺め
中庭からの眺め
ショパンの部屋の出入口脇の階段
ショパンの部屋の出入口脇の階段
サンチョ宮殿内に併設された音楽ホール

サンチョ宮殿内に併設された音楽ホール
専属ピアニストによる15分のミニ・コンサートが開催されている。
曲目は勿論、ショパン。


ショパン・フェスティヴァル
内回廊に設置されたピアノ
内回廊に設置されたピアノ
Festival Chopin
Claustre de la Cartoixa, num.2
07170 Valldemossa
Mallorca

毎年、8月の日曜の夜に、カルトゥハ修道院内の中庭を囲む内回廊にスタインウェイのグランドを設置して、ピアノ・フェスティヴァルが開催されている。
詳細はwww.festivalchopin.com


コンサート後のライトアップされた夜の修道院
コンサート後のライトアップされた夜の修道院

島の気候と山間の不便な生活はショパンの病状を出発前より悪化させてしまい、異国の地から病気の愛人を同伴した不道徳なサンドに対する保守的な村人たちの反感は日増しに避け難いものとなって、一行は3ヶ月後に島から脱出します。ロマンチックなハネムーン蜜月となるはずのマヨルカへの旅は、このような惨憺さんたんたる結果に終わりましたが、辛酸の日々は二人の絆をさらに強め、サンドというベスト・パートナーを得たショパンの創造の翼は体力の衰えにも拘らず、この滞在をきっかけに大きく広がり、後世に残る数々の名曲を生み出していきました。

ショパンとサンド一行も訪れたパルマのカテドラルショパンとサンド一行も訪れたパルマのカテドラル
ショパンとサンド一行も訪れたパルマのカテドラル
パルマの港
パルマの港

ショパンはパリに住む友人のフォンタナ宛の手紙の中で、パルマの印象を「空はトルコ玉、海は瑠璃ラピ・ラズリ、山はエメラルド、そして空気は天国の色」と形容した。


中野真帆子
なかのまほこ◎4歳よりピアノを始め、10歳の時、NHK教育TV「ピアノのおけいこ」にレギュラー出演。ウィーン国立音楽芸術大学を経て、パリ・エコールノルマル音楽院コンサーティストを審査員全員一致で修了後、カナダ・バンフセンターにて研鑽を積む。ロヴェーレ・ドーロ国際音楽コンクール優勝をはじめ、アルベール・ルーセルピアノ国際音楽コンクール第4位、及びルーセル賞、マスタープレイヤーズ国際音楽コンクールピアノ部門第1位など、ヨーロッパ各地のコンクール入賞を機に、ソリスト・室内楽奏者としてアジア・カナダ・ヨーロッパの音楽祭に参加。帰国後はフェリス女学院大学音楽学部で後進の指導にあたる傍ら、国内外での演奏、各種コンクールの審査員、TV・ラジオへのメディア出演、音楽雑誌への執筆・翻訳など、多方面で活躍し、2016年秋に国連帰属の世界公益同盟より日本人として初めてのメダル受章。著書に『ショパンを廻るパリ散歩』(2009)、翻訳書に『パリのヴィルトゥオーゾたち』(2004)、『ショパンについての覚え書き』(2006)、録音にキングインターナショナルより『LIVE』(2015)、『ロマンチック・タイム』(2016)。◆ Webサイト
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