海外の音楽教育ライブリポート/菅野恵理子

アメリカでは、なぜ舞台芸術支援が増えているのか(3)新しい知の表現へ

2013/09/13
なぜアメリカでは、
舞台芸術支援が増えているのか? ~文化芸術支援の最大手・メロン財団を読み解く
2.舞台芸術支援の経過を追う (2)
2)アーカイブ化&文化資源に関する研究
  ~21世紀にふさわしい知の基盤をつくる

●舞台芸術分野で始まるインフラ整備

メロン財団では創設当初から「高等教育部門」に多額の助成をしているが、その主眼は人々の"知性のインフラ"を築くことにあった。そこで数十年かけて学術情報インフラを構築してきたが、これに関しては後で述べたい。そして近年は「舞台芸術部門」においても、インフラ整備に力を入れ始めている。それは音源・映像アーカイブ化や、基礎研究の支援である。

前者は、例えば2006年-2009年にかけてイェール大、スタンフォード大、シラキューズ大、NY公立図書館と協同して、SPレコード音源を集めた歴史的音源データベースを構築している。NPR国立公共ラジオ放送のクラシック音楽プログラムのデジタルコンテンツ支援(2010年・75万ドル)もアーカイブ化事業への助成である。
後者は、例えば「舞台芸術への参加と寄付に関する研究論文」への助成(2007年・フロリダ大学・5万ドル)、「文化インフラに関する研究」(2007年・シカゴ大学内文化政策センター・50万ドル)、「全米オーケストラ連盟の研究機能強化」(2007年・100万ドル)などの学術研究支援が挙げられる。

先人の業績を体系化することで、そこから学び、さらに検証・評価・価値づけを行うことができる。我々はどんな文化資源を有しているのか、どのような歴史の上に成り立っているのか、といった全体像を知ることにもなるだろう。ではその先に何があるのだろうか?ここでまず、他分野の先行事例を挙げてみたい。

●高等教育部門が先駆けた学術インフラ構築

メロン財団が最も力を入れている「高等教育部門」では、過去40年に渡って学術情報のインフラ作りを手がけてきた。まず1970年代に「どの研究機関ももはや単独では成り立たない」として国内の図書館・大学図書館ネットワーク構築を提言し、コンピュータによる電子目録システム開発を推進している。1990年代にはインターネットの登場により、学術情報共有や教育現場での活用などの構想が一気に進む。そして1995年には学術研究論文をアーカイブ化したJSTORを開設した。現在はJSTORには28,442タイトルの学術誌や学術論文が納められており、うち芸術関連は1,339タイトルである(2013年8月時点。学術誌1冊を1タイトルとしてあるので記事数はさらに多い)。ログインすれば一定期間無料で全文購読できる文献と、有料の文献がある。タイトル例は以下の通り。
音楽(480タイトル)
舞台芸術(194タイトル) 

そして2003年には画像デジタルライブラリARTstorを創設。現在1,600万枚もの芸術関連の画像を所蔵し、世界45か国1,400の研究・教育機関でこれを利用した研究・講義・教育が行われている。項目は音楽史・美術・建築・デザイン・女性学など22項目。音楽史の一例として、英オックスフォード大学と米プリンストン大学が共有する、中世・ルネサンス期の楽譜や文献画像27,800枚などが収められている。

その他のプロジェクでは、美術館未公開コレクション・歴史的文献・画像・映像のデジタル保存も進めている(「学術情報流通・IT部門」2004年~)。こうして、メロン財団では着々と知の基盤を作ってきたのである。

●インフラを生かした新しい学際的研究へ

学術情報のインフラが整備されると、より一層進化した学術研究が求められる。その一つが「学際的研究」の支援である("New Directions Fellowships")。芸術・歴史・言語・地域研究などの人文学、人類学、地理学など、分野を超えた学際的な研究を促すことで、新たな知の創造を試みている。その真価が発揮されるのはこれからだろう。

本来こうしたアーカイブ化や研究人材育成は国家的規模のプロジェクトであり、実際フランスでは国を挙げて取り組んでいる。例えば仏国内の全ラジオ・テレビ情報をアーカイブ化したINAフランス国立視聴覚研究所では人材育成にも力を入れ、大学機関と提携して修士号も授与している。なぜこのような体系化した情報が重要なのかといえば、それは「考えさせる教育」にあるのかもしれない(参考:『質問を通して学びを深める』――「子どもの可能性を広げるフランスのアート教育」連載より)。良い切り口や問いかけがあれば、おのずと資料が必要になる。日本にも国会図書館デジタル化資料、音楽ではピアノ曲事典などがあり、それをどう生かすかは個人に委ねられている。

3)新作・新曲初演の支援 ~新しい文脈を生み出すこと

芸術でも文化資源のインフラを整え、新たな表現世界の模索を始めている。特に近年、メロン財団では脚本家(演劇部門)や作曲家(オペラ部門)の新作初演への支援が増えている。2012年度は14の劇団に対して、脚本家支援プログラム(フルタイム・有給・3年間劇場所属)に助成、また6つの歌劇場に対して新作初演を支援している。演劇とオペラに共通するのは、ストーリーが明確に存在すること。身体を介した時間芸術の特徴を生かして、新しい世界観の表現を後押ししているのだろう。一例として、オレゴン・シェークスピア・フェスティバルが手掛ける演劇シリーズ『アメリカの革命~アメリカの歴史を巡る』に助成。内容・表現方法に関しては芸術家自身に委ねられ、10年間で21名の脚本家へ委嘱、計37本の公演が予定されている。その他、現代作曲家への委嘱や作曲家連盟への支援もある。

クラシック音楽を含む舞台芸術も、歴史遺産の上に成り立っている。今ここにある「表現する身体」という文化資源を、脈々と連なる歴史の中でどう生かすのか。何をどう自分の身体表現と結び付け、社会の中で発信していくのか。それには、過去から現在まで可視化された記憶の中から、未来に繋がる世界観を見出すこと。それが舞台芸術の未来にとっても有意義である― 彼らはそう考えているのだろう。

様々なインフラが整備されてきた今世紀、メロン財団の支援対象が人文・芸術分野に大きく傾倒していったのは自然な流れなのかもしれない。それは新しい知の創造と表現、という壮大な取り組みなのである。

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菅野 恵理子(すがのえりこ)

音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/

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