子どもの可能性を広げるアート教育

第05回 「質問を通して学びを深める ~小学校と高校の授業風景から」

2008/07/25
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質問を通して学びを深める ~小学校と高校の授業風景から
夏の日差しを浴びて、湖面が輝くセーヌ川 フランス人は、とにかくよく質問し、発言します。先生が生徒に対して、生徒が先生に対して、質問は常に双方向。学校の授業でも、音楽のレッスンにおいても同じです。この質問の多さは、質問を発すること自体に意味があるのではないか、と思わせます。 今回は一例として、小学校の哲学のクラスを取材したル・モンド誌教育版の記事と、高校の歴史教科書をご紹介したいと思います。直接アート教育とは関係ありませんが、教育現場のアプローチの一つとして、お読み頂ければ幸いです。
●まず質問を考えてから、皆でディスカッション~小学校の哲学のクラスより
水鳥を見ながら、未来の哲学者は何を思う!?
水鳥を見ながら、未来の哲学者は何を思う!?

『我思う、ゆえに我あり』とは、17世紀フランスの哲学者デカルトの有名な一節です。小さい子どもでも、一人一人立派に意識や考えを持っています。では、それをどう引き出しているのでしょうか?

ル・モンド誌教育版の記事が紹介するのは、フランス北部トゥルコアン市にある小学校の哲学クラス。児童の学年はCE2、日本の小学校3年生に相当します。まずクラス全員が輪になり、担任のオードリー・ビゴー・デタイエ先生(30歳)が、あるストーリーを読み聞かせます。それをもとに生徒が各自質問を考え、投票で質問を1つに絞った後、クラス全体でディスカッションします。

この日に使われた本は、「Sept souris dans le noir」(YOUNG Ed, Milan, 1995)。これは7匹の盲目のネズミが、闖入者の正体にどうやって気づくのか、というストーリー。ネズミはその生き物の特徴をつかんで各自仮説を立てますが、最後の7匹目だけが正しい結論に辿り着きました、それはなぜか?

さて、一体どのようなディスカッションが行われたのでしょうか。

人々で賑わうカルチェ・ラタン付近を通る、デカルト通り
人々で賑わうカルチェ・ラタン付近を通る、デカルト通り

手で頭を抱えながら、しばし考えた後、将来が楽しみな小さな哲学者の輪は、にわかに活気づいてきた。黒板に書かれた質問リストは、どんどん長くなる。三文字(Oui, Non)の答えでは十分ではない質問、すなわち仮説や議論、事例、反例を呼び起こす質問が挙げられていく。そして、投票の時間になった。これからさらに掘り下げていく質問を選ぶ、大事な瞬間だ。

「哲学では、考えを進歩させるためによく掘り下げることが必要なんだ。たまに、深く考えても、答えが出ない時があるけど」と、9歳のティボーがまとめてくれた。

投票が終わり、質問が選び出された、これから集団討論でいろいろやり込められることになる。

8歳のオーレリーが、ある仮説を立てた。「白ネズミは他のネズミが発見した(闖入者の)手がかりを集めて、真実を組み立てたに違いないわ。」

「真実?」エロイーズがその言葉に反応した。

「白ネズミはまず仮定してから、それを証明したんじゃないの?学校で習う科学みたいに」。

すると他の児童が反論する。

「ううん、証明っていっても、科学とは違うよ!」。

(Le Monde de l'Education 2008年7・8月号、64-65頁"La philo pour les petits"抄訳)

同記事によれば、デタイエ先生の目的は、「『子どもたちに考えさせ、熟考させること』。そのメソードとは、『彼らに話させること。何故なら、話すことによって考えが磨かれていくから』。そしてその信条は、『考えさせれば考えさせるほど、人生に対する身構えができる。そして彼らの考えを解き放せるようになります』」

「自分」を創り上げるために、考えさせるのが哲学。そして、自分の考えを解き放ち、客観的に磨いていくために、グループ・ディスカッションという手法を用いています。相手がいることで、自分自身が、全体の中の一つの「個」になっていきます。フランスでは、早いところでは幼稚園からグループ・ディスカッションを取り入れているそうです。

●質問を通して、自分の視点を形成する~リセの歴史教科書より
歴史の教科書より
歴史の教科書より

一方、こちらは高校1年生の歴史の教科書。日本の教科書より大きいサイズで、オールカラーです。
ぱっと中を見て気づくのは、とにかく質問が多いこと。全350ページに渡り、質問が1ページ5つ以上掲載されています。もちろん選択問題や、一問一答式ではありません。一つの史実に対して、概論のほか、写真、グラフ、統計、原因と結果を示す図、当時の広告や風刺漫画、政治家や文化人の言動、更にそれらの分析や考察を促す質問が各ページに与えられています。
これは言ってみれば、「自分の視点」を作り出すトレーニングなのです。

あるページを開いてみると・・・

「報道機関の誕生~フランス共和国の文化を普及する手段」(2p)

◆学習目的
・マスコミの誕生を学ぶこと
・大衆の言論・思想を形成する報道機関の役割を分析すること
◆分析・考察のための資料
1. 統計:1874~1914年の日刊紙発行部数の変遷(1963年/Quotidien Francais)
2. 統計:1870~1910年の新聞発行部数の変遷(1972年/Histoire generale de la presse francais)
3. 資料:報道の自由(1881年/クレマンソー著)
4. 資料:国会批判の風刺漫画(1905年/ポストカード画)
5. 資料:情報提供紙とオピニオン紙(1972年/Histoire generale de la presse francais)
6. 資料:報道機関と政府議会の緊密な関係(1972年/Histoire generale de la presse francais)
7. 広告資料:パナマ紛争におけるマスコミ報道(当時の広告3種類)
◆質問群
─資料の認識
(1)当時の資料か、歴史家の記述かを分類しなさい。
資料の発信元、種類、日付を明確にしなさい。
─情報を引き出す
(2)1881年に可決された法案によって、どのような新しい状況が生まれましたか?
クレマンソーによる報道規制についてコメントしなさい。
(3)資料1・2から、報道機関の進化について何が分かりますか?
(4)資料4・5を読み、報道と政界の関係について述べなさい。
(5)資料4・5・7を読み、大衆思想の形成について報道機関が果たした役割について述べなさい。

─情報を活用する
(6)第三共和制下における報道機関の重要性について、あなたの意見を総括しなさい。

ほぼ全てのページに渡り、このようなアプローチが採られています。

歴史とは「遠い昔に起きたこと」ではなく、現代まで脈々と続く、人間の行為の繰り返し。自分はそれをどう考察するのか、どの資料や数字をその根拠とするのか・・・歴史は、こういった思考を訓練する科目、と位置づけられます。
そして次々と投げかけられる質問を通して、より説得力ある「自分の視点」を作り出すことを学びます。ゆえに質問自体も、本質に迫る勢いを持っています。アメリカ人に聞いたところ、米国の歴史教育も同じようなアプローチだそうです。

●先生は、考えさせる「素材と時間」を提供
Sorbonne駅。ラシーヌ、パスカル、モリエール等、歴史に名を残した文学者、哲学者、政治家などの署名のモザイクが、天井に飾られている。
Cluny-La Sorbonne駅。ラシーヌ、パスカル、モリエール等、歴史に名を残した文学者、哲学者、政治家などの署名のモザイクが、天井に飾られている。

フランスの小学校や高校の教育現場で共通しているのは、児童や生徒自身の考えを発言させるため、質問が多く投げかけられています。そして発言することで、他人の興味や質問を喚起し、それに対して主張・補足、あるいは反論することで、自分の立場をより明確にしていきます。この繰り返しにより、自分の考えも次第に深まっていきます。決して答えが一つではないので、「自分の考えを作る」という意思が必要になります。

ではそのプロセスにおいて、先生はどんな役割を果たしているのでしょうか?

何かを教え込むのではなく、生徒自身で考えさせるための「素材と方向性」を示し、「時間を与える」こと、と言えそうです。

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筆者ブログ:パリの音楽・アート雑記帳


菅野 恵理子(すがのえりこ)

音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/

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