海外の音楽教育ライブリポート/菅野恵理子

ヴァン・クライバーン国際コンクール(16)ファイナル2・華やかなる最終競演!

2013/06/09
6月6日から始まったファイナル。ファイナルでは各自協奏曲を2曲弾くが、1曲は古典派の室内協奏曲(モーツァルト、またはベートーヴェン)、もう1曲はピアノとオーケストラのための協奏曲である。共演はフォートワース交響楽団、レナード・スラットキン指揮。以下は6月8日・9日の演奏から。あと数十分後には、いよいよ最終結果が発表予定!

●ピアノとフルオーケストラのための協奏曲 
Concerto for Piano and Full Orchestra

ファイナル最終日に弾いたショーン・チェン(Sean Chen, US)のラフマニノフ協奏曲第3番Op.30は、見通しのよく効いた解釈に加え、迫力と情感の漂う演奏。テンポ、フレーズ、細部の表現などは曲全体から相対的に考えられており、どの瞬間にも本人の意志が見える。聴かせどころでたっぷりと歌ったり、間をうまく使い、全体に起伏を持たせる。第3楽章に入っても疲れを見せず、鋭い煌びやかな音、柔らかく霧のような音、ここぞという和声では特別な音色と音質で印象づけ、曲の特徴を最大限に引き出していく。まさにオーケストラとの協奏、協創となった。

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ベアトリーチェ・ラナ(Beatrice Rana, Italy)はプロコフィエフ協奏曲第2番Op.16。この大曲に真っ向から挑みかかるような真剣な眼差しが印象的である。テンポや拍感も安定している上、推進力を失うことなく、音楽がどんどん前へ進んでいく。特に第2楽章の軽快さと対照的に、第3楽章で強調されるアクセントで、作曲家が意図したような驚きの瞬間をもたらす。少し力んだか音質の変化こそ多くはないが、終始真正面から挑みかかるようなアプローチは、この音楽の規模にひけをとらない堂々たるものだった。当夜(8日)最後の力演に、聴衆から一層大きな喝采が贈られた。photo: The Cliburn/ Carolyn Cruz

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阪田知樹さん(Tomoki Sakata, Japan)のチャイコフスキー協奏曲第1番Op.23は、オーケストラと合わせるのは初めてだそうだが、大変堂々としたステージを見せてくれた。第1楽章冒頭からオーケストラの迫力に負けない和音の連打で、この曲の雄大さとダイナミズムが伝わってくる。特に第2楽章は各楽器が奏でるテーマに優しく寄り添い、それが美しく溶け合って客席まで聞こえてきた。楽想を的確に捉え、それにふさわしい音で表現する、彼の持ち味がよく発揮された。そして第3楽章は勢いを保ったまま最後まで駆け抜けた。テンポや呼吸の合わせ方などはリハ時間の少なさもあり致し方ない部分もあったと思うが、チャイコフスキーの壮大な作品に一歩もひけを取らず、大舞台をこなした19歳に、会場から温かく大きな拍手が贈られた。photo: The Cliburn / Carolyn Cruz


●室内協奏曲 Chamber Concerto

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ニキタ・ムンドヤンツ(Nikita Mndoyants, Russia)のモーツァルト協奏曲第20番K.466。憂いを含む複雑な音で始まる第1楽章、1つの長いフレーズの中に、悲哀から一条の光を見出すような心情の断片を織り込んでいく様は見事。カデンツァは自作で、透明感ある不協和音が不思議な音空間を創り、そこだけ時空間の旅に出たようでもある。美しい第2楽章を経て、第3楽章は一転、突き抜けたような晴れやかな音質に変わり、自作カデンツァは前のフレーズや他楽器のパッセージなどを織り込みながら印象づける。様式感を踏まえつつもカデンツァではその枠を超えて遊ぶ、そんなモーツァルトの精神をくみ取った素晴らしい演奏だった。photo: The Cliburn / Carolyn Cruz

ワディム・ホロデンコ(Vadym Kholodenko, Ukraine)はモーツァルト協奏曲第21番K.467を選択。フレーズの運び方などが少しいびつになったり、シンプルでこよなく美しい単音の旋律がやや平板になる部分もあったが、全体として明るい音質で強く美しく仕上げた。

フェイフェイ・ドン(Fei-Fei Dong, China)はベートーヴェン協奏曲第4番Op.58。抑制されたテンポの中で、慎重に音楽を進めていく。特に第3楽章からは晴れやかな笑顔が戻り、本人の心情が反映されたような明るい音質がこの音楽にも希望の光をもたらしていく。音楽とともに呼吸しているかのような自然体の姿勢が、多くの聴衆の共感を呼んだに違いない。



菅野 恵理子(すがのえりこ)

音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/

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