海外の音楽教育ライブリポート/菅野恵理子

音楽業界が自己成長する寄付文化とは(5)次世代型ファンドレイジング2.IT活用

2012/12/29
音楽業界が自己成長する寄付文化とは(5)
次世代型ファンドレイジング②ITフル活用
~Easy & Effective E-communication

ファンドレイジングそのものは数十年前から行われているが、IT技術がファンドレイジング促進に果たした役割は大きい。今回の国際会議で紹介されたIT関連の取り組みを、いくつかご紹介したい。

●寄付への関心・関わりを着実に深めてもらうためのIT利用
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a)
スカイプなどによる遠隔地とのコミュニケーション:現在欧米の小学校の一部では、授業内でスカイプを用い、発展途上国の人々とスクリーンを通して対面で話し合う機会を設けているそうだ。初等教育の段階からこうした実体験としてのグローバル市民教育を取り入れている事例である。
b)
情報選択のためのプラットフォーム:例えば世界中に様々な非営利組織があり、どこも資金調達を必要としている。その山ほどある寄付先をどう選べばよいか。その取捨選択にはクラウドファンディングが便利である。「ピティナ・クロスギビング」もその一つである。つまり数多くの組織・個人・プロジェクトを一覧にして公開し、その中から自由に選んでもらうためのプラットフォームである。活動する人と支援する人を繋げる仕組みともいえる。このプラットフォームによって、「どこの誰がどんな活動により何を成し遂げたいのか、そのためにどれだけの資金が必要なのか」が明確化された。例えば英国発のJustgivingKivaなどは有名な事例だ。
c)
簡便な寄付金募集オンラインツール:インターネット募金やワンクリック募金など、多くの団体がオンライン寄付を募っている。ワンクリック募金などはバナー画面をクリックするだけで相応の金額(例えばワンクリック1円)が積み増しされ、その企業が特定の団体やプロジェクトに寄付するという仕組みである。オンライン募金は少額かつアクセスのしやすさから、今後主流になっていくとみられる。
例)ミュージック・シェアリング
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d)
モバイル寄付:英国などではモバイル寄付が若い世代に普及し始め、寄付額も20-30代では増えているそうである。5ポンド程度の気軽に寄付できる少額募金が多く、その手法もテキストメッセージに指定コード(例えば数字5ケタ)を打ち込むだけ、という簡単さである。あるいは毎月定額引落によるモバイル寄付もあり、もしスキップする場合は24時間以内にその旨を連絡するだけでよい、というサービスもある。 モバイル寄付とオンライン寄付の違いは、その身体の密着度と心理的な親密度の高さにある。ある英国のチャリティ専門携帯会社の社員によれば、モバイルに募金メッセージを流すと平均5分以内にユーザーからリアクションが返ってくるそうだ。若者の行動原理にぴったりあてはまるモバイル活用例である。(写真:イギリスでファンドレイジング専門サービスのプラットフォームを提供している携帯会社の皆さん。シンガポール、香港、マレーシア等で新規需要が伸びているそう。)
e)
チャリティ・オンラインゲーム:未来型オンラインチャリティとして注目を集めそうだ。vivant社ではオンラインゲームの参加者=寄付者を募り、その利益の半分を優勝賞金に、残り半分を慈善団体に分配するという構想を立てている(現在は試作段階で運用は2013年予定)。 まず参加者は1回10ドル払ってゲームに参加する。ゲームはトーナメント式で、世界中のユーザーがオンラインで1対1の数字対決に臨む。27回の対戦を経て最終的に勝利を手にした者が、参加料合計額の半額を優勝賞金として獲得する。そして残り半額はチャリティ8団体に均等分配される(環境保全・貧困対策・人権問題・疾病障害・自然災害・子供・ガン撲滅・動物保護より各1団体)。賞金+寄付金総額が10億ドル想定なのでこれは現実味があるか定かではないが、構想自体は面白く、今後さらにリアリティあるゲームも出てくるかもしれない。

IT関連のブースが並ぶ。

この国際会議も学びの要素とエンターテイメント性が組み合わされているが、こうした欧米型のファンドレイジングは今後日本でも広まっていくだろうか。特定非営利活動法人ハンガー・フリー・ワールドの石川圭氏は、「今回参加して、プレゼンテーションの仕方など大変勉強になりました。日本と違うのは圧倒的にノリで、ファンドレイジングを楽しんで行っている印象です。ゲーム感覚という発想が逆に成功していると思いました。
現在、書き損じはがきのリサイクルを始め、家に眠っているものを活用しようというキャンペーンを実施中です。フィランソロピーの両輪と言われている寄付とボランティアがうまく組み合わせた内容です」と語る。飢餓・貧困などに関わる事業のため、食産業を中心に展開中だそうである。2013年3月東京で開催される「ファンドレイジング日本」(日本ファンドレイジング協会主催)ではスピーカーを務める予定だ。

●音楽業界ではどんなストーリーや未来像が語られているか?

IT技術の進歩によって、上記のようにワンクリックで少額から募金できるなど、寄付への敷居が低くなった。さらにfacebookやtwitter等のSNSツールが登場したことによって、寄付者と受益者間のコミュニケーションがタイムリーかつ密に取れるようになったことは意義深い。「価値を伝えるということは、ストーリーを語り、自分たちの取り組みを支援者の信念と結びつけ、『仲間になりたい』 と彼らに強く思わせることである」(再掲・『世界を変える偉大なるNPOの条件』(レスリー・R・クラッチフィールド/ヘザー・マクラウド・グラント共著、服部優子訳)というように、まさに自らの「ストーリー」を広く語りかけ、潜在的共感者を得る機会が増えているからだ。
それでは、クラシック音楽業界では日々どのようなストーリーが語られているのだろうか。自分の持つリソースをどのような切り口で語っているのか。そしてどのように寄付に結び付けているのか。ピティナではすでにピティナ・ピアノ曲事典ピティナ・トピックスなどfacebook上で様々なストーリーを伝え、多くの共感を得ているようだ。ここでは海外事例を一部ご紹介したい。

(1)日々のコミュニケーションの中で、様々なストーリーを語る

 ●米・ヴァイオリン・チャンネル(Violin Channel):facebook中心に展開。若手奏者の紹介(young violinist of the week等)、新譜紹介、プレゼント企画、作曲家誕生日・没日の音源配信、楽譜・奏者クイズ、日々の音楽業界情報など、ユニークな企画満載。ヴァイオリンを取り巻く世界の魅力がリズミカルに伝わってくる。

 ●英・フィルハーモニア管弦楽団(Philharmonia Orchestra):facebookページでは指揮者や楽団員の紹介、リハーサルやバックステージ写真など、日々の活動が伝わってくる。またIT企業とipadアプリケーションを共同開発し、3D画像・映像による各楽器音源・歴史紹介、オーケストラ総譜表示と指揮者・楽団員コメント、どのパートが同時に演奏しているかを視覚化する機能など、オーケストラの魅力を直感的に伝える試みがなされている。

facebook_lso_cathedral.jpg  ●英・ロンドン交響楽団(London Symphony Orchestra):日々の活動を伝えるfacebookは写真が良質で、コンサートホール写真のアングルも斬新(右写真: Graham Lacdao / The Chapter of St Paul's Cathedral ©)。ソリストや楽団員との食事会企画などもある。クラシック音楽を新鮮な眼で見てもらうため、様々な切り口を模索しているのが伺える。

 ●米・ニューヨーク・フィルハーモニック・デジタルアーカイブ(NY Philhamonic Digital Archives):過去のコンサートや音源情報をfacebook上で公開している。

 ●米・シカゴ交響楽団の資料アーカイブ(Chicago Symphony Orchestra Rosenthal Archives):ブログで展開している「ショルティ100(Solti 100)」は指揮者サー・ゲオルク・ショルティに関する100のトピックスを公開。80番目は1977年日本ツアーの写真・曲目等。同楽団が所有するアーカイブ資料・音源等を効果的に紹介している。

 ●米・ボルティモア交響楽団(Baltimore Symphony Orchestra) :ePatron Clubを募り、割引チケットの案内、プレコンサート案内(プログラムノート、アーティストインタビュー、音源など)、eNewsLetter"In Tempo"の配信などを行っている。通信はオンライン限定なので、環境保護の点から社会貢献も同時に果たせる、という切り口でもアピール("save some green")。

(2)寄付したくなるストーリー

人はどんな時に寄付したくなるだろうか?目的や未来像が具体的で、かつ自然と参加したくなる楽しさがあること。ここでは今すぐにでも始められる小口寄付の事例をご紹介したい。

 ●米・カーティス音楽院(Curtis Institute of Music):新設ホール用に新規購入した、22台のスタインウェイピアノの鍵盤を買ってもらう企画。1本から購入可能。"Bach", "Mozart"などピアノ1台1台に作曲家の名前をつけており、より親近感が湧く工夫がなされている。

 ●米・ピーボディ音楽院(Peabody Conservatory):年次基金募集は使途を明確に。「オペラの舞台装置と設置費用・15000ドル」「ベートーヴェン交響曲第9番の指揮者用総譜・50ドル」など、音楽院が常時必要とする物品価格一覧が掲載されている。寄付者が助成対象を選べる場合もある。「作曲科学生による地元高校へのアウトリーチプログラム"Junior Bach"の宣伝用Tシャツ製作費・375ドル」「中高生吹奏楽団による委嘱を目的とした音楽院作曲科生コンクール優勝賞金・500ドル」など。ストーリーから人の動きや想いが見える。

 ●シカゴ交響楽団(Chicago Symphony Orchestra):facebookでは日々のコンサート情報や海外ツアーの様子、楽団員の写真、アーカイブ資料・音源紹介などに加え、アウトリーチや市民音楽家プログラム(Civic Musicians)などの周辺企画情報も充実。ファミリーコンサート後のサンドイッチランチ会で、売上の25%がシカゴ交響楽団教育トレーニングセンターへ寄付される、という企画もあり。

 ●その他:アメリカの交響楽団の中には、演奏会のチケットをオンライン購入する時、会計前にdonation や giving の項目が出てくるものがある。1ドルからなので、チップ感覚で寄付可能。

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菅野 恵理子(すがのえりこ)

音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/

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