会員・会友レポート

若いピアニストの為のショパン国際コンクール(中国・北京)/森岡 葉先生

2006/10/01

若い才能が北京に集合!
若いピアニストの為のショパン国際コンクール
[前編][後編]

リポート◎森岡 葉先生(音楽ライター)


最年少で第2位入賞した、中国のWang Yijiaさん(11歳)。
9月9日~17日まで中国・北京にて行われた「第5回若いピアニストのためのショパン国際コンクール」。ジュニアの国際コンクールとしては、大変ハイレベルで知られる。今回日本からはピティナっ子2名が参加した。このコンクールの模様を、音楽ライターの森岡葉先生がリポート下さったのでご紹介する。

前編

次世代ピアニストの発掘に定評ある、ジュニア国際コンクール


コンクール会場


石井楓子さん(右)。第1回優勝者で、今回審査にも携わったレム・ウラーシン氏と一緒に。

 第5回若いピアニストのためのショパン国際ピアノコンクールが、9月9日から17日まで中国の首都北京で開催された。このコンクールは1992年からモスクワで4年に1回開催され、レム・ウラシン、広瀬悦子、フョードル・アミーロフ、イム・ドンヒュク、イム・ドンミンなど優秀なピアニストを発掘したジュニアのコンクールとして定評がある(※)。

 今回のコンクールでまず驚いたのは審査員のメンバーである。審査員長がニコライ・ペトロフ。そしてミハイル・アレキサンドロフ、ユーリ・スレサレフ、ミハイル・ヴォスクレセンスキーと錚々たるロシアの巨匠ピアニスト、重鎮教授が顔を揃えていて、ショパンコンクールではなくチャイコフスキーコンクールなのでは? と思ってしまうほど。さらに、ウクライナからヴィアチェスラフ・ボイコフ、ロシア出身のアンナ・マリコヴァ、第1回の優勝者レム・ウラシンも審査員のメンバーに加わっていて、ポーランドからはエヴァ・オシンスカのみ。ロシアのコンクールの引越し巡業といった印象だ。中国の審査員は、中央音楽学院教授の趙屏国(ZHAO Pingguo)、呉迎(WU Ying)、張晋(ZHANG Jin)の3氏、そのほかフランス、韓国から1人ずつ、そして日本からは二宮裕子先生が審査員として招かれた。


各国からの参加者と課題曲は?

 参加者は7ヵ国42名、中国31名、ロシア5名、日本2名、ウクライナ1名、イスラエル1名、韓国1名、カナダ1名(中国人)で、やや国際色に乏しい印象を受けた(日本からはピティナっ子の片田愛理さん、石井楓子さんが参加)。中国人の参加者は、開催地の北京のほか、上海、西安、四川、武漢、瀋陽、広州、深センの音楽学院から数名ずつ来ていた。第1次予選、第2次予選は中央音楽学院の院附属中学のホール、本選は大学のホールで行われ、参加者の宿泊と練習には附属中学の寄宿舎と練習室が使われた。
コンクールの課題曲は、第1次予選がノクターン1曲、エチュード2曲、ポロネーズ1曲、第2次予選がプレリュード3曲、マズルカ3曲、ワルツ1曲のほかにバラード、スケルツォ、ファンタジー、舟歌、華麗なる変奏曲、即興曲2曲(嬰へ長調op.36を含むこと)のいずれか1曲、本選は2曲のコンチェルトのいずれか1曲。16歳以下の年齢で、これだけのショパン作品を準備するのはなかなか大変だなと感じた。


ジュニア達の個性豊かな演奏。マズルカにやや課題残る

第2次予選16名の演奏を聴いたが、技術的にしっかりと鍛えられた子が多く、大人のコンクールに遜色のないレベルで、それぞれ個性豊かな演奏を楽しませてくれた。しかし、やはりマズルカは難しい。また、バラード第4番や舟歌を選んだ子も多かったが、バラード第1番やスケルツォ第2番あたりの方が年齢的に無理がなく成功するように思えた。ただ1人即興曲を選んだ日本人の参加者の片田愛理さんは、しなやかなリズム感と色彩豊かな音色を生かした美しい演奏で、地味な曲ながらバラードやスケルツォを弾く参加者たちの中で逆に際立っていた。また、バラード第4番を弾いた石井楓子さんもショパンの最高傑作ともいえる大曲に果敢に挑戦し、個性的な解釈で完成度の高い演奏を聴かせてくれた。
第2次予選の結果は、中国人3名、ロシア人3名のコンテスタントが本選に進出。1日目に弾いた11名の中から2名、2日目に弾いた5名の中から4名というのは、少し不公平な気がした。1日目の全体のレベルは非常に高く、とくに日本人の2人のコンテスタントはいずれも質の高い演奏をしていただけに、どちらも本選に残らなかったのは意外であった。演奏順が遅いほど有利というのは、どのコンクールにも言える傾向のようだ。


決勝では、同世代オーケストラのサポートも


片田愛理さんは特別賞を受賞し、表彰式後にノクターンと即興曲を披露した。

優勝したDmitry Shishikin君(右)と、第2位Wang Yijiaさん(左)。Yijiaさんは2007年3月、ピティナの入賞者記念コンサートへのゲスト出演が決定!

 本選でコンテスタントと共演したのは、中央音楽学院の附属中学・高校の学生オーケストラ。年齢の近いコンテスタントたちをサポートするべく懸命に演奏している姿がさわやかな印象を与えた。第1位は14歳のDmitry Shishikin(モスクワ・グネーシン音楽院附属中学)。コンチェルト第2番の抒情的な演奏は、豊かな感性を感じさせた。第2位は最年少参加者の11歳の王逸佳(WANG Yijia 上海音楽学院附属小学校)。この年齢でコンチェルト第1番を元気いっぱいに弾ききったのは大したものである。第3位は15歳のDaniil Trifonov(モスクワ・グネーシン音楽院附属中学)。ロシア国内で数々のコンクールに入賞し、マツーエフ、コブリンらを輩出したニユー・ネームズ基金の奨学金を受けている俊才で、今回は演奏順が1番だったせいかやや不調だったが、将来性を感じさせる瑞々しい演奏を披露した。
本選全体の印象は、11歳、12歳、14歳、15歳というコンテスタントの年齢でショパンのコンチェルトを弾くのはやはり少し荷が重く、未熟さ、準備不足を感じさせる子もいて、緊張感漲るレベルの高い第2次予選に比べてやや拍子抜けする感も否めなかった。とくに12歳の北京の女の子は第1次予選の演奏は素晴らしかったとのことだが、コンチェルトはまったく弾けていない状態で、第6位該当者なしで入賞は第5位までとなったのは残念であった。また、第1次予選、第2次予選の客席はコンテスタントとその家族、先生、中央音楽学院の生徒と先生がときどき聴きに来るという程度で空席が目立ったが、本選は近年のピアノ・ブームの影響か小さな子ども連れの家族など一般の聴衆が会場に詰めかけ、立ち見がでるほどの超満席。かなり騒々しく、コンクールとしては問題があったと思う。


※2004年にモスクワで開催された第4回から2年後の今年北京で開催されたのは、前回のコンクールで中国人コンテスタントが1位と3位に入って活躍したこと、今年が中国・ロシア・イヤーにあたることなどから実現したとのこと。以前に今回のコンクールのディレクターを務める張晋(ZHANG Jin)先生(中央音楽学院教授)に伺ったお話では、今後2年おきにモスクワと北京で交互に開催するということだったが、コンクール中に審査員の二宮裕子先生に伺ったところ、2年後にモスクワで第6回が開催されることは決まっているが、その2年後は中国以外の国、たとえばベトナム、日本などどこでやってもいいとロシアの審査員達が話していたという。92年に第1回がモスクワで開催された後、仙台、中国・アモイ、倉敷で開催された「若い音楽家のためのチャイコフスキー国際コンクール」のような形態になっていくのかもしれない。


後編

審査員のコメントより


表彰式にて、特別賞を受賞した片田愛理さん。


巨匠ニコライ・ペトロフ先生の
白熱したマスタークラスも行われた。


コンクール期間中は審査員によるマスタークラスや演奏会も開催された。写真は二宮裕子先生によるマスタークラス。

◎ニコライ・ペトロフ氏:大変レベルの高いコンクールだった。中国や日本の子どもたちの演奏は素晴らしかった。中国人や日本人の演奏はテクニックはあるが音楽的でないと言われることがあるが、私はそうは思わない。今回の子どもたちは皆とても音楽的な演奏をしたし、それぞれ豊かな個性を持っていた。とくに私は日本の片田愛理さんの演奏をとても気に入っている。彼女が本選に残らなかったのは残念だった。

◎レム・ウラシン氏:一番若い審査員、そして一番古いコンテスタント(笑)。若い子たちの演奏を聴いて刺激を受けた。私が参加した第1回よりもずっとレベルが高かったと思う。皆個性的な演奏で、楽しませてもらった。でも、やはりショパンは難しい。ショパンを弾く難しさを改めて痛感した。

◎張晋(ZHANG Jin)氏:初めての経験で運営面で行き届かないところもあったと思うが、コンクールのレベルも高く、ペトロフ氏、ヴォスクレセンスキー氏、マルカロフ氏のリサイタルやマスタークラスなど豊富な内容のプログラムになったと思う。私は日本人の参加者に是非本選に残ってほしかった。6人のファイナリストのうちの1人は日本人であるべきだと思っていたのに残念だった。

日本から審査員として招かれ、マスタークラスで中国の子どもたちを指導した二宮先生のお話もご紹介しよう。
◎二宮先生:「片田愛理さん、石井楓子さんはとてもよい演奏をしたのに残念でした。片田さんは演奏順が2番目というのが何といっても不利でした。音楽的に素晴らしいものを持っているので、今後は今持っているものを大切にして聴く人にアピールするパワーのようなものを身に付けてほしいと思います。石井さんは片田さんとは反対に、意欲的なのはわかるけれど少し頑張り過ぎという印象でした。欲を言えばハーモニーの変わり目に色彩が変わってほしい、陰影のある演奏を今後の課題にしてほしいと思います。15歳という年齢でバラード第4番は難しかったですね。マスタークラスでは、同じアジアの国で西洋クラシック音楽を一生懸命勉強してきた私が中国の若い学生と一緒にショパンの音楽を考えるという貴重な機会を与えていただき、とても興味深い体験でした」

日本から参加した片田愛理さん、石井楓子さんは、結果は残念だったもののコンクール最終日まで北京に滞在し、本選の演奏やマスタークラスを聴きながら万里の長城や故宮などの観光を楽しみ、中国語を覚えたり、ほかのコンテスタントと交流したり、有意義な時間を過ごしたようだった。「楽しかった」「いい経験だった」と明るく話す2人は、今回の経験を生かして4年後にワルシャワで開催されるショパン国際ピアノコンクールで活躍することだろう。
運営にあたった中央音楽学院附属中学の教職員の方々のご努力で、初めての経験としては比較的スムーズにすべてのスケジュールが進行したようだ。コンテスタントの話では、宿泊施設や練習室にもとくに問題はなく快適に過ごせたとのことだった。ジュニアならではのショパンの音楽を追求する素敵なコンクールだったと思う。


中国では、国際コンクールが目白押し

 来年中国では、幾つかの大きな国際コンクールが開催される。まず第4回中国国際ピアノコンクール(3年に1度の開催)が10月に福建省アモイで、そして第4回上海国際ピアノコンクール(2年に1度の開催)が11月に上海市で、そのほか第1回中国ショパンコンクールが深センで開催されるという。距離的に近いにもかかわらず、これまで中国のコンクールに参加する日本人はきわめて少ない。急速な経済発展とともに躍進めざましい中国ピアノ界の息吹を肌で感じる絶好の機会。是非多くの日本のピアニストに参加してほしい。


※コンクール期間中に審査員による演奏会やマスタークラスが行われたことも興味深い。とくにギレリス、リヒテルと並んで20世紀の3大ロシアン・ピアニストの1人と称される巨匠ニコライ・ペトロフのリサイタルとマスタークラスを聴くことができた北京の聴衆は幸運だった。リサイタルのプログラムはバッハの「半音階的幻想曲とフーガ」「イギリス組曲第6番」、シューベルト「ピアノ・ソナタ第21番(遺作)」。63歳になったヴィルトゥオーゾは、かつての凄まじい超絶技巧を前面に出す演奏ではなく、深い精神性を感じさせる味わい深い演奏を聴かせてくれた。このほか開幕演奏会では、アンナ・マリコヴァが「モーツァルトの『ドン・ジョバンニ』の『お手をどうぞ』による変奏曲op.2」、エヴァ・オシンスカが「ポーランド民謡による変奏曲op.13」、レム・ウラシンが「演奏会用ロンド『クラコヴィアク』op.14」というショパンの珍しい作品を中国初演するなど、コンクールの全日程が音楽祭のような多彩なプログラムに満ちていて興味は尽きなかった。連日の審査と並行して演奏会、マスタークラスをこなすのは、審査員の方々はご苦労だったと思う。


⇒森岡葉先生による他記事へ:インタビュー「中国流・才能と技術を磨く指導とは」


ピティナ編集部
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