ここが知りたい、音楽と楽器

第15回 アントン・ワルターのピアノ

2007/05/11

【演奏】♪ ベートーヴェン:ソナタ作品27の2「月光」第1楽章 3つの楽器で弾き比べ (MP3)演奏:武久源造
チェンバロ(2m39s)フォルテピアノ(アントン・ワルター・レプリカ)(4m46s)ピアノ(シングルエスケープメントのブロードウッド)(6m01s)

さて、今回はモーツァルトが晩年に愛したピアノ、アントン・ワルターのピアノについて触れます。

 ワルターピアノは現在3台残っていますが、いずれもかなり後期の物で、モーツァルトの最晩年、あるいは彼が亡くなってから作られたものです。 ワルターは、ピアノにいろいろと改良を加え、その結果彼のピアノは最終的に、膝レバーが二つ付いたものに落ち着きました。つまり、ダンパーを上げ下げするためのものとモデラートと呼ばれる弱音装置のオン・オフのためのもので、現代ピアノでは足ペダルで操作している物に似ていますが、これが膝の上げ下げで動くようになっていたのです。足ペダルに比べると幾分奏者の体の動きが制限されてしまいます。

 ところが、ワルターの初期のピアノでは、これがもっと不自由でした。モーツァルトが買い求めた頃のピアノも含めて、モデラート装置、そして、ある場合にはダンパー装置までもが、手動操作だったからです。つまり、演奏中にこれらの装置をオンオフすることは難しかったわけです。
モデラート装置というのは、レバーを膝で押しあげると、ハンマーと弦の間にラシャなどの薄い布が挟みこまれるように工夫された物です。巧みに作られたモデラート装置を使うと、ハープに似たとても美しい音を出せます。それは単なる弱音のためのものではなく、独特の音色を生み出す機構でした。例えば、ベートーヴェンの若い頃はこの種のピアノに親しんでいたと思われますが、「月光」のニックネームで知られたソナタ(作品27の2)の第1楽章などで、このモデラートの真価を発揮させることができます。

ワルターピアノは、典型的な跳ね返り式のウィーン・アクションを持ち、ハンマーには洋ナシの木でてきた芯に鹿革が2あるいは3枚重ねて貼ってあります。指で鍵盤を押すと、アクションの機構によって、指の速さの4倍ほどの速さでハンマーが弦に向かって飛び上がります。このアクションは、指の力を弦に伝えるという点で極めて優れており、かなりの大音量から際弱音までを自在に弾き分けることができます。また、タッチは驚くほど軽快で、急速なパッセージでも楽に軽やかにひけるのです。

(続く)


武久 源造(たけひさげんぞう)

1957年生まれ。1984年東京藝術大学大学院音楽研究科修了。チェンバロ、ピアノ、オルガンを中心に各種鍵盤楽器を駆使して中世から現代まで幅広いジャンルにわたり、様々なレパートリーを持つ。特にブクステフーデ、バッハなどのドイツ鍵盤作品では、その独特で的確な解釈に内外から支持が寄せられている。また、作曲、編曲作品を発表し好評を得ている。

91年「国際チェンバロ製作家コンテスト」(アメリカ・アトランタ)に審査員として招かれる。07年および01年、第7回及び第11回古楽コンクール(山梨)に審査員として招かれる。00年に器楽・声楽アンサンブル「コンヴェルスム・ムジクム」を結成し、指揮・編曲活動にも力を注いでおり、毎年数多くのアンサンブルによるコンサートを行い、常に新しく、また充実した音楽を追求し続けている。02年および03年には韓国からの招聘により「コンヴェルスム・ムジクム韓国公演」を行い、両国の音楽文化の交流に大きな役割を果たした。

91年よりプロディースも含め20作品以上のCDをALM RECORDSよりリリース。中でも「鍵盤音楽の領域」(Vol.1?6)、チェンバロによる「ゴールドベルク変奏曲」、「J.S.バッハオルガン作品集Vol.1」、オルガン作品集「最愛のイエスよ」、コンヴェルスム・ムジクム「バロックの華?ローマからウィーンへ」、ほかの作品が、「レコード芸術」誌の特選盤となる快挙を成し遂げている。02年、著書「新しい人は新しい音楽をする」(アルク出版企画)を出版。各方面から注目を集め、好評を得ている。現在、フェリス女学院大学音楽学部器楽科講師。

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