19世紀ピアニスト列伝

ムツィオ・クレメンティ 第1回

2013/03/26
第5章:ムツィオ・クレメンティ
ムツィオ・クレメンティ(1752~1832)
ムツィオ・クレメンティ
(1752~1832)

本日からマルモンテルによる音楽家列伝は第5章「ムツィオ・クレメンティ」に入ります。1852年生まれのクレメンティは世代的にはハイドン(1732年生)とモーツァルト(1856年生)の間に位置し、ショパンがパリに到着した翌年の1832年、ハイドン没後百年になくなりました。古典期と初期ロマン主義の時代を生き抜いたクレメンティは今日ソナチネの作曲家として知られるに過ぎませんが、作品34, 40, 50等に代表される大規模な中・後期のソナタはベートーヴェンのソナタと並べても遜色のない傑作です。かの名手ホロヴィッツもまたクレメンティの作品の価値を正当に評価し録音に取り組んだピアニストの一人です。

その芸術が人々の知られるところとなったピアニストたちの画廊1には、この人物以上に魅力的で好感のもてる顔が収められている。だがそこには、この人物ほどに複雑な個性、豊かな気質、強力で異論の余地なき影響力を持つ者は他に見当たらない。一流の作曲家、比類なきヴィルトゥオーゾ、流派の長、企業家、機械技師であったクレメンティは、これらすべての役割を演じながら、そのいずれにおいても他に優っていた。彼はその長く勤勉な人生を通して、ディレッタントの称賛と大衆の人気を我がものとし、芸術を新しい道へと導き何一つ道端の茂みに置き忘れることなく富を手にしたのだ。もっとも、こうしたことは物事の創始者にはめったに訪れない好運とも言える。クレメンティは、創造力と学識、霊感と不屈の意志、独創性と柔軟さを全て同時に持ち合わせていた。この流派の長クレメンティがピアノ音楽の歴史において、その名誉によって第一級の地位を確固として与えられているのは、これら全ての美点、その美点が驚く程に一つの個人に集まっているということで、彼が他とは一線を画する模範となり、あらゆる人物のなかでも好奇心のつよく、指導的な人物となっているからである。

ムツィオ・クレメンティは1752年、ローマに誕生した。彼の父は熱心な音楽愛好家の金銀細工師だった。彼は6歳の時から息子にソルフェージュとクラヴサンを習わせ始めた。幼いクレメンティのたいへん優れた素質に恵まれていたので、活発な進歩を遂げ、ほどなく傑出したヴィルトゥオジティを身につけるようになった。イタリアのメソッドに従って、彼は数字付されたバスに基づく基礎的な和声・伴奏の学習と実践的な通奏低音、クラヴサンのために書かれた作品を学んだ。彼に和声、対位法、クラヴサンを教えた先生は、コルディチェッリという名のオルガン奏者だった。14歳の時には、クレメンティをは並はずれた才能を豊かに備え、大家たちの伝統に基づくすばらしい音楽教育を我が物としていた。熱烈な音楽愛好家ベックフォート卿は、当時クレメンティの演奏に接する機会があった。彼は直ちにこの若きヴィルトウオーゾの父に息子をイギリスに連れていきたいと申し入れ、彼の将来を請け負った。

デヴォンシャーの領地に居を定めたクレメンティは、疲れることも忘れて勉強に熱中し、練習と古典的な作品の読譜に専念することができた。クレメンティは周囲の気遣い、敬意、愛情に包まれながら養子としての待遇を受け、文学、音楽を豊かに収めた書斎に出入りして自分のためになるあらゆる事柄―これが家父長的な家であったなら、これらは彼に与えられることはなかっただろう―を見出した。快適な暮らしばかりか、彼には貴族社会への自由な出入りも保証された。そんなクレメンティの自立した生活は、この上なく華やかで実り多いものだった。

  1. 著者マルモンテルはこのこの章を収めるピアニスト列伝『著名なピアニストたち』を画廊にたとえてこのような表現を用いている。

上田 泰史(うえだ やすし)

金沢市出身。東京藝術大学音楽学部楽理科卒業、同大学修士課程を経て、2016年に博士論文「パリ国立音楽院ピアノ科における教育――制度、レパートリー、美学(1841~1889)」(東京藝術大学)で博士号(音楽学)を最高成績(秀)で取得。在学中に安宅賞、アカンサス賞受賞、平山郁夫文化芸術賞を受賞。2010年から2012まで日本学術振興会特別研究員(DC2)を務める。2010年に渡仏、2013年パリ第4大学音楽学修士号(Master2)取得、2016年、博士論文Pierre Joseph Guillaume Zimmerman (1785-1853) : l’homme, le pédagogue, le musicienでパリ=ソルボンヌ大学の博士課程(音楽学・音楽学)を最短の2年かつ審査員満場一致の最高成績(mention très honorable avec félicitations du jury)で修了。19世紀のフランス・ピアノ音楽ならびにピアノ教育史に関する研究が高く評価され、国内外で論文が出版されている。2015年、日本学術振興会より育志賞を受ける。これまでにカワイ出版より校訂楽譜『アルカン・ピアノ曲集』(2巻, 2013年)、『ル・クーペ ピアノ曲集』(2016年)などを出版。日仏両国で19世紀の作曲家を紹介する演奏会企画を行う他、ピティナ・ウェブサイト上で連載、『ピアノ曲事典』の副編集長として執筆・編集に携わっている。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会研究会員、日本音楽学会、地中海学会会員。

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