19世紀ピアニスト列伝

ステファン・ヘラー 第4回:ヘラーの作品概観2

2013/02/12
ヘラーの作品概観2~ヘラーとショパン

 今日はマルモンテル『著名なピアニストたち』の第3章、「ステファン・ヘラー」の第4回。ヘラーはフランスの作曲家として活躍しつつも、ドイツのピアノ音楽に大変深い共感を抱いていました。ベートヴェンやシューマンの主題を自身の作品に取り込んだり、メンデルスゾーンやシューベルト歌曲のピアノ編曲も行っています。大家の様式を完全に取り込みながらも、そこにオリジナリティを確立した点をマルモンテルは高く評価しています。後半のヘラーとショパンの比較は、いかにヘラーが当時音楽家たちの間で尊敬を集めていたかを伝える興味深い記述です。

ヘラーの優越性は、彼の3つのソナタ1によって改めて強く主張されることとなった。これら堂々たる作品の全体、細部のいずれにおいても、霊感の衰えを示す箇所は唯の一つさえ認めることができない。独創性はそれでいて尚も異論の余地がない。のびのびと展開されるこれら見事な作品は、着想の質、リズム、線の織り重ね方の点から見ても、ステファン・ヘラー個人の様式に属している。ヘラーは自分自身のみをよりどころとし、ベートーヴェンウェーバーシューマンメンデルスゾーンのいずれの偉大なモデルをも基礎としないで作曲している。そうではなく、彼は自身でありつづけながらも、それらと肩を並べることができたのだ。

スケルツォ(作品7, 24)2、とりわけリストに献呈されたもう一曲のスケルツォ(作品57)3は、いずれも大変優れた作品であり、極めて独創的な型で書かれている。交響的カプリースは厳格さと快活さが際立つ作品である。タランテラ(作品534, 61, 855)には活気と光輝、ナポリ風情そのものを宿した精彩があり、ワルツ(作品43, 44, 93)6は大作曲家の筆致を示す磨き抜かれた宝石である。田園詩、戯曲、オペラ・コミックへの3つの序曲[の雰囲気をもつこれらのワルツ]が示す様式上の美点を評価しつつも、初めから先入観を持って作品に臨むのはよくない。[ウェーバーの]『魔弾の射手』に基づく大練習曲7は、へラーの実に様々な才能を新たな光の下に晒している。ウェーバーの楽想に基づくこの種のパラフレーズは大変に強い興味をそそるものであり、ベートーヴェンの主題による変奏曲とシューマンの主題による変奏曲8は威風堂々たる作品だ。[シューベルトの]『ます』9、『きけ、きけ、雲雀』、[メンデルスゾーンの]『愛の谷』10、[シューベルトの]『郵便馬車』[作品35]、『泉』11もまた個性を湛えた作品であり、『即興曲』(作品1812、作品9813)はうっとりするような魅力を備えた作品である。

ショパンとヘラーの素晴らしい豊かな素質はしばしば互いに比較・対比される。人々は批評家の好意的な評価に従って、時にはショパンを、時にはヘラーを第一級の音楽家に格付けした。筆者はほとんど常に真実に寄り添う二人を比較しようとは思わない。ショパンヘラーのいずれがより多くの賞賛を受ける権利があるのか、知ろうとは思わないのだ。そうではなく、ショパンの栄光をくすませることなく公正であろうと思っている。崇高な芸術を希求する彼ら二人の芸術家、いずれも劣らぬ二人の詩人は、それぞれの性分、本質的に異なる二つの気質を持っているのだ。ヘラーショパンはそれでもなお音楽芸術の歴史において競合し合っている。つまり彼らは高みにある天与の才能と豊かな霊感という点で、兄弟なのである。
その才能と同様に慎み深さを持ち合わせたステファン・ヘラーは、もはや自らをヴィルトゥオーゾだとは考えようとしない。にもかかわらず、ヘラーは全く文字通りの意味で、ヴィルトゥオーゾだった。彼自身が否定するとしても、今なお彼はそうなのである。ヘラーは一度ならず我々の前で内々に未出版作品を初演してくれた。彼のきめ細やかで繊細な演奏、自然で簡潔なフレージング法は、絶えず筆者を魅了した。彼の演奏流儀は偉大なドイツの巨匠、フンメルモシェレスから派生している。ヘラーが鍵盤に迫る。そして流れ出る甘美で心地よい響きは決して力ずくの効果や誇張を狙うのではなく、ごく打ち解けた美質によって趣を醸し出し、心を捉え、愛着を抱かせるのだ。

参考音源
ステファン・ヘラー《ノクターン第3番》 op. 103(Paris, 1862)演奏:松下倫士
松下倫士(まつしたともひと)
1984年高知県生まれ。作曲家、ピアニスト。1995年、第37回全四国音楽コンクールピアノ部門で最優秀賞。 2000年、日本現代音楽協会主催「現代音楽展2000」で開催された「トロンボーン・フ ェスタ」にて作品初演。第3回弥生の里ジュニア音楽コンクールピアノ部門春日部市教 育長賞。 2006年、三河正典指揮、芸大フィルハーモニアによりオーケストラ作品が演奏された。 2007年、日本交響楽振興財団第29回作曲賞受賞。2008年第5回北本ピアノ コンクール最優秀賞。東京フィルハーモニー交響楽団と共演。これまでに吹奏楽やア ンサンブル作品なども多数演奏されている。同声会賞を得て東京芸術大学音楽部作曲 科卒業、2009年、東京芸術大学大学院修士課程修了。
【脚注】
  1. 恐らく第2番 ロ短調Op.65(Paris :Brandus et Cie, 1849)、第3番 ハ長調 Op.88(Paris :Maho, 1856)、第4番 変ロ短調 Op.143(Paris: Hamelle ca1877)の3曲を指す。いずれも4楽章構成の大作。この他に初期の第1番作品9(Leipzig : Kinster, 1839)がある。
  2. Op.7は《ロンド=スケルツォ》作品8の誤り?《スケルツォ 第2番》作品27(Paris, Schlesinger, 1840-1841)。
  3. 《幻想的スケルツォ》 Op.57(Paris: Brandus et Cie, 1846)。
  4. 《タランテラ》作品53 (Paris: M.Schlesinger, 1845-1846)。
  5. 《2つのタランテラ》Op.85、(Leipzig, Breitkopf und Härtel, 1855)クララ・シューマンに献呈。
  6. 《感傷的なワルツ》Op.43、《村のワルツ》Op.44、《2つのワルツ》Op.93。
  7. 《ウェーバーの「魔弾の射手」による練習曲》Etude sur Freischütz de Weber op. 127(Paris :Maho, 1875)。
  8. 《シューマンの主題による変奏曲》op. 142(Paris: Hamelle c.1877)。
  9. 《シューベルトの『ます』に基づく華麗なカプリース》作品55。
  10. 《愛の谷:メンデルスゾーンの歌曲》Op.67。
  11. 《シューベルトの美しき『水車小屋の娘』より「何処へ?」に基づく華麗なカプリース》作品55。
  12. 《H. ルベールの歌曲、Hai Luliに基づく即興曲》Op.18。
  13. 《シューマンの歌曲による即興曲》作品98(Paris: G. Brandus et S. Dufour, 1861)。

上田 泰史(うえだ やすし)

金沢市出身。東京藝術大学音楽学部楽理科卒業、同大学修士課程を経て、2016年に博士論文「パリ国立音楽院ピアノ科における教育――制度、レパートリー、美学(1841~1889)」(東京藝術大学)で博士号(音楽学)を最高成績(秀)で取得。在学中に安宅賞、アカンサス賞受賞、平山郁夫文化芸術賞を受賞。2010年から2012まで日本学術振興会特別研究員(DC2)を務める。2010年に渡仏、2013年パリ第4大学音楽学修士号(Master2)取得、2016年、博士論文Pierre Joseph Guillaume Zimmerman (1785-1853) : l’homme, le pédagogue, le musicienでパリ=ソルボンヌ大学の博士課程(音楽学・音楽学)を最短の2年かつ審査員満場一致の最高成績(mention très honorable avec félicitations du jury)で修了。19世紀のフランス・ピアノ音楽ならびにピアノ教育史に関する研究が高く評価され、国内外で論文が出版されている。2015年、日本学術振興会より育志賞を受ける。これまでにカワイ出版より校訂楽譜『アルカン・ピアノ曲集』(2巻, 2013年)、『ル・クーペ ピアノ曲集』(2016年)などを出版。日仏両国で19世紀の作曲家を紹介する演奏会企画を行う他、ピティナ・ウェブサイト上で連載、『ピアノ曲事典』の副編集長として執筆・編集に携わっている。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会研究会員、日本音楽学会、地中海学会会員。

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