「チェルニー30番」再考

23.チェルニー練習曲の3つのタイプ~24の《性格的大練習曲》作品692, 第1巻, タイプ③

2014/09/30
第二部「30番」再考
23.チェルニー練習曲の3つのタイプ~24の《性格的大練習曲》作品692, 第1巻
タイプ③
メカニックな訓練に劣らず、全体として表現様式に比重を置くもの

前回までは、パリで出版されたチェルニーの練習曲(集)を3つのタイプに分類し、最初の2つのタイプについて見てきました。今回からは、3つ目のタイプの特徴を見てみましょう。

このタイプは、1820年代末から盛んに書かれるようになった「性格的練習曲」ないし30年代末から40年代の「様式の練習曲」の流れをくむものです(連載第18回)。この種の練習曲は端的に言えば、それを練習する学習者自身の演奏テクニックの練習に役立てられるのみならず、サロンにいる家族や客人であれ、あるいは演奏会の聴衆であれ、鑑賞者の存在を想定したものです。このタイプの練習曲では、特定の音楽様式、音楽ジャンルに則って書かれる場合があり、和声や旋律に一定の創意工夫が認められます。その点、技巧的な難しさと作曲上の配慮が両立した練習曲集です。各曲にタイトルが付けられることもしばしばです。今回から、タイプ③の例として、24の《性格的大練習曲》作品672《6つの練習曲、またはサロンの楽しみ》作品754を見ていきましょう。今回は24の《性格的大練習曲》作品672の第1巻から2曲だけを例にとります。

 1842年にパリのリショー社から出版された24 の《性格的大練習曲》作品672は、ベルティーニ、モシェレス、ショパン、タウベルト、ローゼンハインたちが30年代後半に高みへと押し上げた「性格的練習曲 études caractéristiques」の延長線上に位置します。曲は2分冊で12曲ずつに分けて出版され、第1巻の後半6曲以外は特徴的なタイトルがついています。表中のカギかっこ([  ])は筆者による補足ですが、これについては後述します。

第1巻 第2巻
1 大笑い 1 子どもの唄
2 平安 2 青春の楽しみ
3 軽快 3 若人の希望
4 孤独者の散歩 4 波乱の人生
5 心の動揺 5 老人の回想
6 セレナード 6 信心
7 [タイトルなし] 7 バラード
8 [無言歌] 8 大洋の波
9 [タイトルなし] 9 勇壮
10 [ノクターン] 10 嬉しき再会
11 [無言歌] 11 冗談
12 [タイトルなし] 12 根気

第1巻の前半5曲は人の行動や性格、心の状態が主に描写されます。このように、表現の質の上で固有の特徴を備えた練習曲、それが「性格的」な練習曲です。第4番の〈孤独者の散歩〉は、ジャン=ジャック・ルソーの晩年の著作『ある孤独な散歩者の夢想』(未完)に触発されたものと思われます。譜例1は第5番〈心の動揺〉の冒頭フレーズで、ベートーヴェンの《熱情ソナタ》と同じヘ短調で次第に高まるパッションが喚起されます。

譜例1

C. チェルニー24の《性格的大練習曲》作品692, 第1巻, 第5番〈心の動揺〉, 第1~13小節

C. チェルニー24の《性格的大練習曲》作品692, 第1巻, 第5番〈心の動揺〉, 第1~13小節

譜例2に示す中間部のクライマックスは「燃える如く con fuoco」演奏されるオクターヴの連続と、 「猛烈な impetuoso」右手のアルペッジョを伴うV度の和音によって形成されます。

譜例2

同曲、中間部より

《進歩, 25の練習曲, J.B.クラーマーの練習曲集への導入》作品749 第5番 ニ長調 冒頭

第6番のセレナードに続く6曲にはタイトルがついていません。しかし、上の表で筆者がカギかっこ([  ])で補ったように、ある特定の様式で書かれています。例えば第10番はノクターン。弱起のリズムで始まる、ゆったりとした歌唱的な旋律とそれを支える左手の分散和音、旋律に散りばめられた装飾音―ノクターンのスタイルを喚起する条件は十分に揃っています。

譜例3

C. チェルニー24の《性格的大練習曲》作品692, 第1巻, 第10番 イ長調, 第1~10小節

C. チェルニー24の《性格的大練習曲》作品692, 第1巻, 第10番 イ長調, 第1~10小節

それでは、次回は第2巻から〈子どもの唄〉と〈波乱の人生〉がどのように表現されているか見てみましょう。


上田 泰史(うえだ やすし)

金沢市出身。東京藝術大学音楽学部楽理科卒業、同大学修士課程を経て、2016年に博士論文「パリ国立音楽院ピアノ科における教育――制度、レパートリー、美学(1841~1889)」(東京藝術大学)で博士号(音楽学)を最高成績(秀)で取得。在学中に安宅賞、アカンサス賞受賞、平山郁夫文化芸術賞を受賞。2010年から2012まで日本学術振興会特別研究員(DC2)を務める。2010年に渡仏、2013年パリ第4大学音楽学修士号(Master2)取得、2016年、博士論文Pierre Joseph Guillaume Zimmerman (1785-1853) : l’homme, le pédagogue, le musicienでパリ=ソルボンヌ大学の博士課程(音楽学・音楽学)を最短の2年かつ審査員満場一致の最高成績(mention très honorable avec félicitations du jury)で修了。19世紀のフランス・ピアノ音楽ならびにピアノ教育史に関する研究が高く評価され、国内外で論文が出版されている。2015年、日本学術振興会より育志賞を受ける。これまでにカワイ出版より校訂楽譜『アルカン・ピアノ曲集』(2巻, 2013年)、『ル・クーペ ピアノ曲集』(2016年)などを出版。日仏両国で19世紀の作曲家を紹介する演奏会企画を行う他、ピティナ・ウェブサイト上で連載、『ピアノ曲事典』の副編集長として執筆・編集に携わっている。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会研究会員、日本音楽学会、地中海学会会員。

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