海外の音楽教育ライブリポート/菅野恵理子

ロシアのピアノ教育から学べること(5)イメージを膨らませて―バレエ振付家に聞く

2015/07/21
ロシアのピアノ教育から学べること
No5.イメージを膨らませて―身体と表現 ~バレエの振付家に聞く

音楽からどれだけ多彩な表情と音色を引き出せるか?それを日々考えているのは音楽家だけではない。バレエ、フィギュアスケート、新体操などの身体表現においても、音楽は大事な要素である。ロシア人による振付はいずれも、音楽を深く理解した上で、それを身体で最大限に表現している。全てが融合した動きは息をのむほど美しい。今回はバレエの振付家・ダンサーとして活躍するアレクサンドル・ヴェチクーニンさん(Aleksandr Vechkunin)にお話を伺った。


現在どのような作品の振付を手がけていらっしゃいますか?またどのようなプロセスで音楽から振付を考えているのかを教えて下さい。

今ミュージカル・スペクタクル(音楽と舞踊)の振付を手がけています。1作はヴェルディ作曲の歌劇『イル・トロヴァトーレ』を題材に、もう1作はサティ作曲『グノシエンヌ』(抜粋)を用いた振付です。まず音楽を聴いて譜面を研究し、自分で実際に踊ってみてから、ダンサーに踊ってもらいます。先に楽譜を読んで全体像をつかむことで、振付の形を整えやすくなります。その方法はサンクト・ペテルブルグ音楽院で教わりました(舞台監督科・振付専攻)。

音楽院では、文学作品を使って台本を書くワークショップ形式の授業がありました。たとえばサロメのバレエを創作する場合、まず作品を読んで、台本を書き、音楽の断片を選び、それに合う振付を考える、という手順で作品を構成していきます(大作の場合)。

音楽院ではこうした方法論を学び、あとは自分のインスピレーションにもとづいて創作することになります。大事なのは音楽から何をイメージするか、それをどう視覚的に観客に伝えていくかということ。サティを用いた作品では、ドガのバレリーナの絵画からイメージを膨らませました。絵画、彫刻、建築、詩、小説、音楽、コンテンポラリの振付など、芸術全般がインスピレーションの源になっています。

(音楽の採用にあたっては)演奏者と共同作業で「ここはもう少し休符を伸ばしてほしい」「ここはゆっくりめに」などの指示を出すこともあります。録音を使う場合にはいくつか音源を比較して、最も気に入った解釈を選びます。

音楽を聴いてすぐ振付けるのではなく、楽譜のアナリーゼを踏まえた振付なのですね。元々音楽の勉強をしていたのでしょうか、それとも音楽院で学びましたか?

6歳の頃から普通の初等教育と音楽専門教育を同時に受けており、音楽理論、ソルフェージュ、ピアノ(2年間)とバヤンを習っていました。ペテルブルグ音楽院では振付以外にも、音楽理論、総譜の読み方、振付のスコアも学び、振付とバレエマスターの学位を取得しました。

舞踊教師の資格があるので、古典バレエ、民族舞踊、社交ダンス、中世やバロックの舞踊(パヴァ―ヌ、コレンテ、ブレなど)などのヒストリカル・ダンスも教えることができます。舞踊形式の歴史的変遷を知ることで、振付のバリエーションも増えますね。

インタビュー通訳(ロシア語):小島理佐

音楽そのものを解釈して演奏する音楽家と、音楽をもとに身体表現を創造する振付家。立場は異なるが、音楽にある様々な表情を読み取り、自分なりに表現する/自分なりの表現を生み出すという点においては、どちらも創造的な行為である。アレクサンドルさんはまず音楽を聴き、楽譜を読みながら、全体の構想を考えるという。もちろん様々なテクニックや舞踊形式の知識も不可欠。こうした基本を踏まえた上で、独創性豊かな想像力が発揮されている。


菅野 恵理子(すがのえりこ)

音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/

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