海外の音楽教育ライブリポート/菅野恵理子

ヴァン・クライバーン国際コンクール(19)審査員アレクセーエフ先生・美の発見を

2013/06/11
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1975年リーズ国際コンクールで優勝し、ピアニストとして精力的な演奏活動を繰り広げる一方で、英国王立音楽大学での指導や、数々の国際コンクールでも審査をされているディミトリ・アレクセーエフ先生。多くのコンクールを横断的にご覧になっている立場から、選曲の傾向や音楽家としての自立について、お話をお伺いしました(6/8)。

―アレクセーエフ先生は4年前にもこのコンクールを審査されていらっしゃいますが、選曲の傾向に変化は見られますか?

はっきりとは言えませんが、それほど変わってはいないと思います。ただペトルーシュカの選曲が増えたりと、ちょっとした変化はあるようですね。すでに他の審査員の先生が仰っていたことではありますが、プロコフィエフのピアノ協奏曲第2番はかつて非常に稀でしたが、今では定番になっていますね。選曲の幅は広がっていると思います。

―現代曲の選曲も見られましたね。

ええ、自由選曲ですから必ずしも現代曲を入れる必要はありませんが、たとえば第一次予選でロシア人出場者が1970年代のフランス前衛作品(Andre Boucourechliev "OrionIII")を弾いていましたが、それは素晴らしくプログラムの一部を成していました。現代曲は音楽界の末来にとって、重要だと思います。

―曲が重複している人も多かったですね。選曲にも個性が出ると思うのですが、日頃学生に対してどのようにアドバイスをしていらっしゃいますか?

今回偶然にも同じ曲が複数のピアニストによって選ばれていましたね(ペトルーシュカやシューマンの幻想曲など)。選曲の際、学生に対して二つのことをアドバイスしています。一つは、そのピアニストが心地よく表現できるもの、彼らの性質や技術に見合った曲であること。もう一つには、必ずしも彼らが得意としていなくとも、学んだ方がよい曲ですね。彼らの技量を超えた難しい曲かもしれませんが、様々な音楽の様式や、あらゆる作曲家の作品を学ぶことが大事です。とはいえコンクールやコンサートに出すというよりは、勉強として、ということになるのでしょうけれど。

―今回のコンクールを見ていても、あらためて選曲の難しさを感じます。勉強ということでいえば、ソロ以外の作品を知ることも大事ですね。このコンクールでも指揮や作曲を学んでいる人が何名かいたようです。先生は学生にソロ以外の勉強をどう勧めていますか?

人にもよりますが、音楽をより深く理解するためにもちろん室内楽を勧めていますし、もしできるのであれば作曲や指揮も大いに勉強になると思います。音楽の様々な形式や様式を学ぶことが大事ですから。ソロ作品を勉強する時でも、あらゆる音楽の様式を知っていれば理解も深まります。例えばベートーヴェンのソナタに取り組むにしても、1曲だけ知っているのか、全曲知っているのかでは違ってきます。

―仰る通りですね。ところで、かつてコンクールは新人の登竜門として10代から20代前半の出場者が多かったと思いますが、最近では20代後半から30代など、もう少し年齢と経験を重ねて成熟した音楽家が出場するようになっていると感じます。様々な国際コンクールを審査されているお立場から、コンクールの意義をどう捉えていらっしゃいますか?

全てのコンクールをフォローしているわけではありませんが、年齢が上がってもコンクールに出るピアニストがいても良いのでは、と思います。大事なのはどれだけ良い音楽をしているか、どれだけ成熟しているか、どれだけ独創的であるか、ということです。出場者が10代あるいは20代後半であろうと、音楽が良ければ私自身は気になりません。

―審査の際、出場者の年齢はご覧になりますか。よくある質問だとは思いますが、潜在能力と演奏の完成度を、どのような按配で考慮されていらっしゃいますか?

(年齢を見ること)時々そういうことはありますね。もし大変若いピアニストであれば、きっとこれから伸びるだろうといった気持ちが働きますね。ただ一番大切なのは実際に聴いた音と音楽で、潜在能力はその次です。潜在能力も大切ですが、やはり聴いた演奏そのもので判断しています。


―このコンクールに出場するピアニストは、これから自分の力で羽ばたこうとする世代ですね。どのように自立していけばよいでしょうか、大先輩からのアドバイスを一言頂ければ幸いです。

自立とは難しい課題ですね。というのも、我々は少なからず音楽に頼っているものですから。ただ若い音楽家の中には他人とは「違う」存在になろうとする人がいますが、それは必ずしも良いことではありません。我々が音楽をすることの究極の目的は、我々自身をどうこうというよりも、音楽がもてる美しさの全てを、音楽の複雑さの全てを、くみ取ることだと思います。もし人格を持っていれば、それは自然ににじみ出てきます。音楽の内なる美を見出すこと、それが音楽家にとって一番大切なことですね。

―内なる美の発見、心にしっかり刻みたいお言葉です。貴重なお話をありがとうございました!


菅野 恵理子(すがのえりこ)

音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/

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