海外の音楽教育ライブリポート/菅野恵理子

ヴァン・クライバーン国際コンクール(4)予選I:プログラムから伝わるもの

2013/05/28
45分間のプログラムをどう組むのか、そこにもピアニストの主張が表れている。5月26日・27日の演奏から。

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ベアトリーチェ・ラナ(Beatorice Rana)は予選IIプログラムで、ラヴェル『夜のガスパール』とバルトーク『戸外にて』を前後に配置し、似て非なる2曲で対比的な表現を見せてくれた。なぜこのようなカップリングにしたのだろうか。
「ラヴェルとバルトークはどちらも『夜』をテーマにしていますが、ラヴェルは夢や非現実的な世界、バルトークは自然界の夜の情景を描いています。バルトークには鳥や蛙の鳴き声など自然界の音が入っていますが、夜に対する恐怖や悪夢も暗示されています。どちらの曲にも我々がもつ夢想が反映されており、それを対比的に表現したいと思ったんです」と、ラナさんは確信に満ちた様子で答えてくれた。

では予選Iは?「予選IとIIに連続性を持たせるため、Iでは進化した変奏曲形式であるシューマンの交響的練習曲で終わり、IIはシューマン初期のアベッグ変奏曲で始めました。また冒頭にクレメンティのソナタOp.40-2を弾きましたが、彼は古典派の重要な作曲家の一人で、ベートーヴェンを敬愛し、現代ピアノの発展にも寄与しました。イタリアオペラの影響を強く受け、彼自身もリストにまで行き着くような影響力を残しています。皆さんにもっとクレメンティのことを知ってほしくて、今回プログラムに入れました」。
同胞の作曲家に対する深い愛情と研究心が伝わってくる。彼女の主張あるプログラムは演奏にも反映されており、音に意志が漲っていた。自分が頭に描くイメージが、音を創っていくのである。


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クレア・ファンチ(Claire Huangci, US)はシューベルト『3つのピアノ曲』D.946と、チャイコフスキー=プレトニョフ『眠りの森の美女』より抜粋。シューベルトは大変美しい音で和声の変化もよく感じ、丁寧なアプローチを感じる。また『眠りの森の美女』は彼女によく合った選曲で、優れたリズム感や、可憐さと大胆さが同居する感性をよく生かした演奏だった。
「シューベルトは15歳の頃からいつか弾きたいと思っていたのですが、『今なら何か伝えられる』と思い、1年前から取り組み始めました。晩年の作品で大変難しいですが大好きなんです。また『眠りの森の美女』は単なるバレエ音楽の編曲なだけではなく、あらゆる音楽の要素、ユーモア、ウィットなどが詰まっている曲です」(今年9月にベルリンのレーベルからCD発売)。
予選Iではメンデルスゾーンの幻想曲Op.28(スコットランド・ソナタ)やラフマニノフ前奏曲Op.32-4,5,6などに、カプースチン前奏曲Op.40-1を絡ませる。自分の個性を際立たせるプログラムと言えるだろう。


ショーン・チェン(Sean Chen, US)はバッハのフランス組曲第5番BWV816から始まり、バルトーク『3つのエチュード』Op.18、ショパンのマズルカOp.59、スクリャービンのソナタ第5番Op.53。多彩な楽想、様式、リズムを持つ音楽を表現したいという意欲を感じるプログラムだ。バルトーク→ショパン→スクリャービンという順番はどのような意図なのか、本人に聞いてみたい。予選IIはベートーヴェンのソナタ第29番Op.106(ハンマークラヴィーア)で勝負する。


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写真)コンクール会場にはステージ上以外にも、様々な場所にスクリーンが設置されている。会場に入れなかった人のために、別室にも巨大スクリーンが用意されている。カメラワークが素晴らしく、臨場感あふれる映像をオンラインでご覧になっている方も多いだろう。ステージ上のスクリーンは音のズレが気になるかと思っていたが、ごくごく僅かなもので、ライティングの効果もあり、個人的にはほとんど気にならない。ちなみに休憩時間には、毎回このようにスポンサーや支援者名が紹介される。


菅野 恵理子(すがのえりこ)

音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/

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