海外の音楽教育ライブリポート/菅野恵理子

ジュニア国際コンクールの今

2012/06/22
ジュニア国際コンクールの今
I.ジーナ・バックアゥワー国際コンクールが開催中!

多くの才能ある若手ピアニストを生み出してきたジーナ・バックアゥワー国際コンクール。今年は11-13才のジュニア部門(6月18日-23日)と、14-18才のヤングアーティスト部門(6月25日-30日)が開催される。過去にはユンディ・リ(ヤングアーティスト部門1位)やルーカス・ゲニューシャス(2010年シニア部門1位)、日本人では前山仁美さん(ヤングアーティスト部門6位)等が入賞しており、若い才能発掘に定評あるコンクールだ。

今年はジュニア部門に山崎亮汰さん、ヤングアーティスト部門に小林愛実さんが出場する。これに先立ち、昨年東京を含む数都市で予選予選が行われ、多くの応募者の中から選ばれた各部門の精鋭たち(ジュニア31名・ヤングアーティスト34名)が、開催地ユタ州ソルトレイクシティに集まる。

このコンクールの最大の特徴は、第一次・第二次(第三次)予選までは全員が演奏できること。この選抜方法に変わってから10年ほど経つと思うが、今では増えつつあるこのシステムを始めたのはジーナである。コンクールの選抜形式よりも、ステージ経験を積ませる教育的効果を優先してのことである。

そしてもう一つの特徴は、完全にフリープログラムであること。ジュニアは50分、ヤングアーティストは60分の自由選曲プログラム(一次・二次合計)+協奏曲の1楽章という課題であるため、要項は驚くほどシンプルだ。そのかわり、どの曲を選び、どう組み合わせ、どう弾くかは、全て自分次第。何の制約もなく自由であるほど、自分自身がはっきりと見えてくる。最近シニアのコンクールでも選曲の自由度が増しているが、ジュニアでの完全自由選曲は初の試みだろう。興味深いプログラムやはっとするような演奏に出会えるかもしれない。

今回は両部門ともライブストリーミング配信が行われているので、是非ご覧頂きたい。開演時間・出場者名など詳しくはこちらへ。また現地の情報も当ホームページで随時お届けする予定。


II.6つのポイントで見る!最近のジュニア国際コンクール

ジュニア国際コンクールといっても対象年齢も様々である。昨今のジュニアコンクールでは対象年齢層が広がり、20~21歳までというのも少なくない。そこで15~16歳をジュニア期の中間点として、ジュニア前期はキッズからの移行期、ジュニア後期はシニアにかけての準備期間として、分けて述べたい。

ジュニア前期~種から芽がぐっと出始める時期

キッズ時期が種を撒く時期だとすれば、ジュニア前期はいよいよ種から芽が出始める時期。ソロ、アンサンブル、協奏曲といった様々な音楽の形態、様々な時代様式への理解、様々な能力を持った人々が集まる国際舞台の体験など、将来本格的に経験するであろう様々な音楽的刺激を、実体験として分かりやすく少しずつ取り入れていくのがこの時期にあたる。

対象となるコンクールは、クライネフ国際コンクール(13歳以下)、リスト国際コンクール(ワイマール・13歳以下 ※2011年度リポート)、ジーナ・バックアゥワー国際コンクール(11-13歳)、エンスヘーデ国際コンクール(オランダ・9-15歳以下)、オーフス国際コンクール(デンマーク・11-16歳 ※2011年度リポート)、エトリンゲン国際コンクール(ドイツ・16歳以下)、等である。

(1)基礎的なミュージシャンシップ

課題曲には、ポリフォニーを聴き分ける能力、ヴィルトゥーゾ的な運指能力、ソナタなど長大な曲の構成を理解する能力、歌う能力、などといった要素が反映されている。ポリフォニックな曲としては、バッハの三声インベンション(クライネフ、リスト)、平均律やフランス組曲(リスト)といった曲が具体的に指定されることもあれば、ポリフォニックな曲を1曲選ぶこと(エンスヘーデ)という指定もある。ヴィルトゥーゾ的な運指能力が必要とされるエチュードとしては、ショパン、リスト、ラフマニノフ、スクリャービン等のほか、チェルニー40番や50番という指定も多い(クライネフ、リスト、エンスヘーデ、エトリンゲン)。このチェルニーを決して機械的にならず、音楽的な意味をもって弾いた参加者は印象的だった。(2011年リスト)。
曲の構成理解力としては、ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン(主に初期)等、古典ソナタ1楽章分という課題が多い。歌が重視される曲はロマン派が中心である。グリーグ、メンデルスゾーン、シューマン、チャイコフスキー(リスト)、また自由選曲の場合「ヴィルトゥーゾ的な曲と歌う曲をバランス良く組み合わせるように」(エンスヘーデ)という指定もある。その他、現代曲として1945年以降の作品(リスト)や、自国作曲家の作品(オーフス ※ニールセンの曲が共通課題)を弾かせるコンクールもある。近現代曲の課題範囲はコンクールによって異なるが、印象派以降、あるいは20世紀・21世紀の作品、という指定が多いようだ。

(2)室内楽・協奏曲のプチ体験

昨今のシニア国際コンクールでは室内楽が標準的に取り入れられるようになってきている。ジュニアではまだ少ないが、これから増えてくるだろう。現在室内楽課題としてデュオを取り入れているのはリストコンクールで(1台4手)、モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルト、ドビュッシー、ラヴェル、ビゼー、モシュコフスキーの作品から選ぶ。あるいは、自作曲か即興演奏という選択肢もある。
また協奏曲が課されるのは、ジーナ・バックアゥワー(1楽章・ピアノ伴奏)、e-competition(1楽章のみ・オーケストラ共演)、リスト(ハイドンHob.XVIII:11・オーケストラ共演)、クライネフ等である。マンチェスターコンクール(15歳以下)は協奏曲に特化しており、一次予選15分、二次予選1楽章分、ファイナルでオーケストラと共演する。

(3)国際舞台を初体験

国際コンクールは同世代の才能が多く集まり、同じ曲を弾いていてもアプローチが違ったり、特徴ある音色や音質を出す人がいたり、課題曲に選択の幅がある場合または自由選曲の場合には、思いがけない曲を組み合わせてくる人もいる。初めての国際舞台経験とともに、新しい聴取体感もできるだろう。じっくりとステージを体験させるため、二次予選までは全員弾かせるといったコンクールもある(ジーナ・バックアゥワー等)。なおジュニアを対象としたイベントにはコンクールと音楽祭を組み合わせたような企画も多く、クラシック音楽祭inマレーシアやアロハ音楽祭は、音楽祭の中にコンクールを取り入れている。

新しい体験はその時その場で消化できないことも多いが、「なんか知らないけど凄かった・・!」という感覚は、何年か経ってからより深い感動や知恵に変わっていくことがある。この時期に出会う人や音楽は長く記憶に残るもの。国内でも、国際マスタークラスや音楽祭などでいつもと違う空気を感じ取ることができるだろう。


ジュニア後期~若い芽をぐんぐん伸ばしていく時期
photo:Maik Schuck

ジュニア後期になると、シニアが視野に入ってくる。この年齢層を対象としているのは、ヒルトンヘッド国際コンクール(米・13~17歳)、クライネフ国際コンクール(ロシア・14~17歳)、リスト国際コンクール(独ワイマール・14~17歳 ※2011年度リポート)、クーパー国際コンクール(米13~18歳)、ジーナ・バックアゥワー国際コンクール(米・14~18歳)、イーストマン国際コンクール(米・15~18歳)、エンスヘーデ国際コンクール(オランダ・15~20歳)、ピアノ・アーツ国際コンクール(米・15~20歳)、ニューヨーク国際コンクール(米・15~21歳)、オーフス国際コンクール(デンマーク・16~21歳 ※2011年度リポート)、エトリンゲン国際コンクール(ドイツ・21歳以下)等である。

(1) プログラム構成力・曲のポイントをつかむ力

ジュニア後期では応用力を少しずつ鍛えていく時期に入る。ジュニア前期の項目で挙げた基礎的なミュージシャンシップ4つの要素を、さらに高めていきたいところ。ポリフォニックな曲はバッハの平均律(リスト、クライネフ、エンスヘーデ、ニューヨーク、エトリンゲン他)に加え、イギリス組曲、パルティータ(リスト)、スカルラッティのソナタ(イーストマン)等が入ってくる。エチュードはチェルニー40番・50番、クレメンティ、リスト、ドビュッシー、ラフマニノフ、スクリャービン、プロコフィエフ(クライネフ)に加えてサン=サーンス(エトリンゲン)、あるいはリスト・ショパンのみ(リスト)、ショパンのみ(ニューヨーク)という課題もある。そしてソナタはハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン、クレメンティ、シューベルトのソナタ(イーストマン)等、全楽章を弾かせるコンクールが増えてくる。歌が重視される曲については、ショパン、リスト、シューベルト、シューマン、メンデルスゾーン、ブラームスから1曲、またはロマン派から自由選曲という指定など。より具体的な課題例としては、ショパンのノクターン(ピアノ・アーツ)、メンデルスゾーンの無言歌集、ショパンの前奏曲op.45またはノクターン、シューマンの3つのロマンス第2番(クーパー)等がある。
近現代曲は、20世紀(クライネフ)、1940年以降(リスト)、1945年以降(エンスヘーデ)、新曲課題曲(ニューヨーク)等。また19・20・21世紀のフランス・ロシア作品、19・20・21世紀のスペイン・南米・北米作品(イーストマン)、1940年以降の北米作品(ニューヨーク)という課題もある。

一方課題指定が少ない場合(ピアノ・アーツ)、あるいは完全自由選曲(ジーナ・バックアゥワー、オーフス)の場合は、プログラム構成力が問われる。昨今シニアのコンクールでも自由選曲が増えているが、これは時代様式への理解が前提となり、その上で自分の特徴や個性を生かしたバランス良いプログラミングが望まれる。特にジーナ・バックアゥワー国際コンクールでは全ての部門で自由選曲という、大胆な変革へ踏み切った。創立者で音楽監督ポール・ポライ先生によれば「参加者が自信を持って弾ける曲を選んでほしい」とのことであるが、構成力を鍛える良い機会であることに違いはないだろう。
なおピアノ・アーツ国際コンクールの場合は、一次予選40分のうち5分、二次予選35分のうち10分がスピーチにあてられる。なぜ自分がその曲を選び、どのように解釈したかなどを、自分の言葉やピアノを部分的に弾きながら聴衆に伝えるのだ。ちなみにシニアでは、ホーネンズ国際コンクール予備予選で5分間の英語によるインタビュー審査が課される。今後の傾向として着目したい。

(2)室内楽・協奏曲でのコラボレーション能力

音楽では他者や他楽器とのコラボレーション能力も大事。この年齢になると、室内楽や協奏曲を取り入れるコンクールがぐっと増えてくる。デュオ(ニューヨーク、リスト)、ヴァイオリンまたはチェロとのデュオ(ピアノ・アーツ)などがある。最近伴奏ピアニストに対してCollaborative pianistという呼称が定着してきているが、ピアノ・アーツ国際コンクールではこの室内楽ラウンドをCollaborative Recitalと呼んでいる。また協奏曲に特化したコンクール(マンチェスター)や、ファイナルでプロのオーケストラとの共演機会も増える(ピアノ・アーツ、ヒルトンヘッド、イーストマン、クーパー)。クーパー国際コンクールではファイナルでクリーブランド交響楽団との共演が待っており、ファイナリストには相応の音楽的コミュニケーション力が求められる。

シニアのコンクールではすでに室内楽ラウンドが多く取り入れられているが、これが標準となる日も遠くないだろう。以下はシニアのコンクール例:モーツァルト国際音楽コンクール(カルテット&声楽伴奏)、ホーネンズ国際コンクール(ヴァイオリン&チェロとのデュオ&声楽伴奏)、シドニー国際コンクール(トリオ)、ルービンシュタイン国際ピアノコンクール、マイリンド国際ピアノコンクール(いずれもカルテット)、ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクール(クインテット)、クララ・ハスキル国際コンクール(トリオ、カルテット、クインテット)など。また室内楽中心のコンクールには、タネーエフ国際室内楽コンクール(ピアノデュオ、トリオ、カルテット、クインテット)やリヨン国際室内楽コンクール(ピアノトリオ等)などがある。 ※編成は年度によって異なる可能性あり。

you cannot lose! コンクールでは他の参加者と
友達になれるかもしれない
you cannot lose! コンクールでは他の参加者と友達になれるかもしれない
(c)Yoko Tsunekawa

国際コンクールは、世界中で頑張っている優秀な同世代ピアニストと知り合うチャンスでもある。(参考:オーフス国際コンクールリポート・右写真)。また審査員・室内楽・オーケストラメンバーなどの先輩音楽家や、聴衆との出会いも貴重だ。マスタークラス・ラウンドがあったり(イーストマン)、オーケストラメンバーや作曲家と対話するセミナー(ピアノ・アーツ、ニューヨーク)、オーディエンス・コミュニケーション賞(ピアノ・アーツ)があるなど、演奏以外の対話の時間も大切にしたい。こうした出会いを通してネットワークを繋げていくことで、音楽家としての世界がぐっと広がっていくだろう。参考までに、ピアノ・アーツ国際コンクールのユニークなスケジュール・褒賞はこちらなお予選後にレセプションを行い、審査員と意見交換する時間を提案しているのは、アーリンク・アルゲリッチ財団である。毎年無作為抽出でレセプション協賛先コンクールを決めており、2012年はジーナ・バックアゥワーがその一つにあたる。

違う環境に飛び込んで新しい体験をしてみると、自分が感じていた限界をいつの間にかふっと超えることがある。「武術でも音楽でも、すべての人に能力は潜在していて、違いはリミッターを外せるかどうか」(『響きあう脳と身体』茂木健一郎・甲野善紀共著)という説もある。これは普段無意識のうちにかかっている制約がはずれ、限界まで能力が引き出されることを言う。種から芽が出てぐんぐんと伸びていく時期とは、その繰り返しではないだろうか。ジュニア期における国際コンクール体験は、少なからずそんな潜在能力を高める機会になるだろう。

<参考1>
アーリンク・アルゲリッチ財団(AAF)が発行している「Piano Competitions Worldwide 2012-2013-2014」には、AAFメンバーのジュニア国際コンクール一覧および演奏時間等も掲載されている。
<参考2>
シニアの国際コンクール最新傾向はこちらへ。
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菅野 恵理子(すがのえりこ)

音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/

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