海外の音楽教育ライブリポート/菅野恵理子

アメリカの大学にはなぜ音楽学科があるのか? 第3回

2012/06/22
<<第2回記事   第4回記事>>
アメリカの大学にはなぜ音楽学科があるのか?  第3回
II.well-socialized musician ~外部社会とつながっていく音楽家
Peabody library
ピーボディ音楽院内の歴史ある図書館。

理論と実践の統合された音楽家、あるいは、音楽能力と基礎教養を併せもつ社会人、という未来像。こうした未来像に向けて、各大学音楽学科や音楽院ではカリキュラムを組んでいることが分かった。では大学内部の動きが見えたところで、外部に対してどのような働きかけがなされているのかを検証してみたい。これは各校が目指す「音楽家の社会的役割」が少なからずプログラムに反映されているはずである。実際に取材を進める中で、ある共通傾向が見えてきた。それを5つの視点から述べる。


● 他学部との繋がり
  ~学際的な学びは社会に弾力性を生むか
peabody_lecture
ピーボディ音楽院で行われた音楽院&薬学部共催のレクチャー

総合大学ならではのカリキュラムに、学際科目・学際的研究がある。これは学科・学部といった枠組みを超え、新しい視点で事象を学ぶことを可能にする。例えばカリフォルニア州では、州の方針により大学での学際連携が進んでいるそうだ。

学際研究の一例をご紹介したい。今年3月ピーボディ音楽院において、音楽学科と薬学部が提携し"Sound, Music and Hearing; A Journey from the Ears to the Brain"というレクチャーが行われた(ピーボディ音楽院は、医学校や生科学などで知られるジョンズ・ホプキンス大学付属)。「音楽は世界言語である」の脳科学的見地からの検証、即興演奏の効用などを科学的に解き明かす内容で、聴衆は音楽関係者以外にも集まったようである。今回講師を務めたのは耳鼻咽喉科の准教授。かつては進路選択の際に音楽か科学かで迷い、趣味で音楽を続けることを選んだそうである。二つの分野に精通している立場ならではの切り口であった。

また二つの分野をまたぐという点において、ダブル・メジャー制度にも触れたい。総合大学音楽学科の学生には、ダブルメジャー生が十数名~数十名単位で存在する。ダブルメジャーとは、同じ学位のもとで二つの分野を専攻することである。たとえばカリフォルニア大学は、細胞生物学、修辞学、物理学、演劇、舞踊、政治科学、経済学、英語、経営学等とのダブルメジャーで音楽を学ぶ生徒がいる。当然かかる負荷は2倍(以上!)だが、アメリカでは意外に多いのだ。これとは別にダブル(デュアル)・ディグリーもあり、二つの異なる分野で二つの学位を取得することを意味する。

ではダブルメジャーの卒業生はどのような活躍をしているのか。
ハーバード大出身リサ・ウォンさんは、ボストン市内の医療機関従事者や大学医学部関係者で構成される、ロングウッド交響楽団会長の要職にいた。この交響楽団は当初小さなアンサンブルグループとして始まり、その後拡大して、今では音楽界と医療界をつなぐ役割を果たしている。「我々の存在意義は、音楽を演奏することによって公衆衛生の意識を喚起することです」とウォンさんは語っている。(ハーバード大ホームページより)

東京出身・スタンフォード大卒業生フジモト・アキコさんは、カリフォルニアの高校卒業後、スタンフォード大学で英語・音楽のダブルメジャーで学士号を取得、その後イーストマン音楽院で合唱指揮の修士号を取得し、ボストン大学オーケストラ指揮等を経て、現在ハーバード大学オーケストラの一つで指揮をしているそうだ。(スティーブ・サノ教授談)

あるペンシルベニア大卒業生は、ミシガン大学にて音楽学博士号を取得するかたわらビジネススクールにも通い、現在音楽ビジネスの専門知識をプロのオーケストラで生かしているそうだ。また演奏部門ディレクターのマイケル・ケトナー氏はイーストマン音楽院でトロンボーンを専攻したが、同時にビジネス、マネジメント、アントレプレナーシップに興味があり、現在はそれを音楽科目カリキュラム開発に生かしている。今年人文科学部エクステンション教育の一環で、「アーツ・アントレプレナーシップ」のコースを開講する予定である。(ケトナー氏談)

ダブルメジャーはこうしたマルチな能力が生まれる土壌となっている。その二刀流の才能をどう社会で生かしていくのかは別のテーマになるが、人間の才能を一つに限定せず、あらゆる方向に伸ばしていく考え方は、ある意味、社会に新たな突破口を生み出す可能性を秘めている。


Curtis_2012Dresden
2012年度ドレスデン音楽祭でオープニングを飾るカーティス管弦楽団。

Curtis_Dresdenrecption
右より、指揮者ロベルト・スパノ氏、音楽祭主宰のヤン・フォーグラー氏(vc)、カーティス音楽院学長ロベルト・ディアス氏。

UnivSingapore
広々としたキャンパスを持つシンガポール大学。イェール大学の"新設"が進んでいる。
● 海外とのつながり
   ~大学間・学部間の海外ネットワーク拡大

海外教育機関との提携や音楽祭遠征などによって国際文化交流を深めていくケースが増えている。海外遠征の事例として、スタンフォード大学は2008年に北京大学と連携した大規模な演奏旅行を行っている(300人以上参加)。イェール大学はプロジェクト単位で国際交流を進めており、英国王立音楽院との作曲科学生コラボレーション、オペラ科のミラノ公演、またイェール大学管弦楽団は2008年北京オリンピック開催直前に行われた ≪Musicathlon, The Conservatory Music Festival≫ に参加した(全世界から11音楽院が参加)。

また音楽院の例では、カーティス音楽院が毎年海外遠征≪Curtis on Tour≫を行っている。2012年は室内楽グループが中国、韓国、北米、欧州各都市で演奏旅行を行ったほか、カーティス管弦楽団が独ドレスデン音楽祭出演を果たした。ドレスデンに同行していたロベルト・ディアズ学長は「今回ヨーロッパに初めて来た学生も多かったのですが、実際にドレスデンの街や建物を見て歩いたり、歴史に触れたりすることで、日々良い勉強になっていますね。たった一晩の演奏会でも変わるもので、翌日にはさらに音が良くなっていました。ツアーを行うことは若い学生にとって大変良い影響があると思います」と語っている。

海外教育機関とのパートナーシップ事例としては、イェール大学はシンガポール大学付属ヨーシントウ音楽院と、ピーボディ音楽院は英国王立音楽大学と、それぞれ連携した学位プログラムを提供している。(ちなみに音楽学科とは関係ないが、シンガポール大学内にはイェール大学が「丸ごと」新設される計画がある)


Juilliard school
ジュリアード音楽院
● 地域社会とのつながり
   ~より長期密着型の地域音楽活動へ

地域社会での音楽活動は、近年多くの大学・音楽院で積極的に取り組まれている。その中で着目したいのは、かつての「アウトリーチ」という言葉から、「パートナーシップ」「エンゲージメント」といった言葉が頻繁に使われるようになったこと。これは単発の演奏行為ではなく、より密接かつ長期にわたる地域社会との関わりを示唆している。

スタンフォード大には ≪Music 4 all≫ という、小学校で音楽を教えるプログラムがある。また ≪Side by Side≫は老人ホームや養護施設で音楽を演奏するプログラムだ。

イェール大学音楽学校では「コミュニティ・エンゲージメント・シンクタンク」という、音楽を通じた地域コミュニティとの関わり方を考えるプロジェクトがある。土曜日毎にセミナーが開かれ、ゲストスピーカーの講義後、グループディスカッションをするそうだ。自主活動を支援する助成金もある。

音楽院でも地域演奏活動を積極的に進めている。ジュリアード音楽院教員の一人はニューヨークフィルの「スクール・パートナーシッププロジェクト」一員として、小学校コンサートを実施している。(詳しくは後日公開予定)

カーティス音楽院でも地域社会での音楽活動が長く行われていたが、より計画的・長期的に地域密着型アーティスト育成に取り組むようになった。それが昨年秋から始まったCAP(Community Artists Program)である。詳しくは次項で述べたい。


● 実社会とのつながり~音楽の学びを、より効果的に社会で生かすために
MTNA_CollegiateChapter
2012年度MTNA Collegiate Chapter賞の受賞者たち。

大学での学びは、卒業後に実社会で生かされることが望ましい。もし在学中に実社会との接点を持てれば、その生かし方のヒントが得られ、さらに学びが修練されていくだろう。
たとえば全米音楽指導者協会では毎年、MTNA Collegiate Chapter賞を授与している。Collegiate Chapter(大学分会)とは3人以上で構成されるクラブのような小組織であるが、その上部組織にあたるMTNA支部やMTNA会員の活動に関わることで、未来の音楽指導者としてのリーダーシップスキルやマインドを習得していく。2011年度はウィスコンシン=マディソン大学音楽学科の学生で構成されるCollegiate Chapterが同賞を受賞した。

Curtis teaceremony
カーティス音楽院在勤75年!多くの卒業生を送り出してきたエレノア・ソコロフ先生(左)。卒業生の動向も機関誌などでよく紹介される。写真は毎週水曜日のお茶会にて。


スタンフォード大学の卒業生センター

Stanford concerthall
スタンフォード大学キャンパス内にコンサートホールが新設される予定。

卒業生との繋がりが強い大学も多い。スタンフォード大学の卒業生センター(Alumni Center)では企業セミナーやシンポジウム等も行われる。シリコンバレーの中心部に位置する同大卒業生の中にはgoogleやyahoo!、ヒューレットパッカード創業者もおり、卒業生と接点を持ちながら、常にビジネス最前線に迫っていくという意気込みが感じられる。音楽学科も例外ではないだろう。同大はそもそも工学系に強い伝統をもち、音楽科学テクノロジー関連科目の履修生も多い。例えばコンピュータ音楽研究施設(CCRMA)初代館長は、ヤマハのシンセサイザー内臓機器の開発者である。音楽学科も含め、大学と実社会の距離が近いというのがスタンフォード大の印象である。それは教養科目カリキュラムにも現れている(→第2回目へ)。

ペンシルべニア大学は今年新設された夏季プログラム「アート・アントレプレナーシップ養成講座」にて、フィラデルフィア市内芸術センターや美術館等と組み、クリエイティブな問題解決策や新しいビジネスプランを考える機会を提案している。これは次項で詳しく述べたい。

なお実社会との接点という点では、特に音楽ビジネス系の学部・学科は一歩進んでいるようである。バークリー音楽大学ではインターンシップ制度が充実しており、例えば音楽ビジネス専攻学生は4年次に15週間のインターンシップが設けられている(週2回・140時間)。事務局スタッフがインターン候補企業を探して学生毎にセッティングするが、インターン先はニューヨークやロサンジェルス等もある。その他CDレーベルを作ったり、小さな会社を立ち上げたりといった学生の自発的な起業活動も推奨している。また授業には業界人のゲストスピーカーを呼び、21世紀音楽ビジネスモデルについて講義をしてもらうこともあるそうだ。さらに毎年音楽ビジネス国際会議を開催しているが、今年から同じくボストンにあるハーバード・ビジネススクールと提携した会合が開かれる。

Berkelee_radio
バークリー音楽大学内にあるラジオステーションで学生が実況中。
Berkelee_studentactivity
バークリー音楽大学学生によるアクティビティは活発である。ちなみにキャンパスツアーは学生が案内する。

● グローバル社会とのつながり~音楽を通して世界の現実と向き合う
MIT Prof
マサチューセッツ工科大学音楽学科のフレデリック・ハリス教授。アラブの春をテーマにした曲を委嘱し、今年3月コンサートとフォーラムを開いた。

MITマサチューセッツ工科大学は、常に世界で起きている諸問題に対して強い関心と関わりを持つ。例えば東日本大震災後の復興支援のため、年間6万9千ドルの助成を受け、南三陸町にコミュニティセンターを設置することが決定した(MIT Japan initiatives Global Partnership)。その他にも世界の環境やエネルギー問題への取り組み、マラリア撲滅プロジェクト等、常に新しい世界を創出するための取り組みを積極的に進めている。この大学では、音楽がソフトパワーとしての力も発揮している。今年3月には「アラブの春」をテーマにしたコンサート&フォーラムが開催された(詳しくはこちらへ)。音楽は、対象に歩み寄り、理解を深める手段でもあるのだ。

UCBerkeley africandance
カリフォルニア大ホールで行われるアフリカンダンスの授業。ステージで一斉に踊る、踊る!講師はガーナ人。

グローバリズムの潮流は、カリキュラムの中にも反映されている。音楽民族学の広まりがそのひとつ。カリフォルニア大学は1976年~、ハーバード大学は1993年から音楽民族学の授業が始まっている。前者ではボニー・ウェイド教授が教授職に就いた1976年から音楽民族学の授業が開講されるようになり、現在は教授4名で学生数も増えているという。学習対象地域はヨーロッパ・アメリカ・日本・中国・インド・中東・中南米等に及ぶ。音楽に限らず、例えばアフリカンダンスの授業等も行われており、実際にパフォーマンスを通してそのリズムや身体の動きを学んでいく。ウェイド教授いわく、「ここには民族的なマジョリティはいません。中国や韓国だけでなく、カンボジア、ラオス、ベトナムなど東南アジア出身移民の子供たちも多いです。最近はインドやパキスタンなど南アジアからの移民が増えていますが、皆さん大変優秀ですね。私は現在『東アジア伝統音楽』の授業を担当しており、50~60人の学生が受講しています。中国・韓国・日本は部分的に歴史を共有しながらも、楽器の発展やヨーロッパ文化の受容などに違いがあります。そういった事実を学ぶと、自分の国にそれほど興味がなかった(移民の)生徒でも、『こんなに豊かな文化があるとは知らなかった。ぜひ行ってみてみたい』と目覚めることがあるのですよ」。

Stanford rodin
スタンフォード大学キャンパスにはロダンの作品が多く展示されている。何とも贅沢な芸術環境だ。

スタンフォード大学では全学生必修科目の中にグローバルスタディが含まれ、留学生も多く、海外教育機関との提携も盛んである。2008年には音楽学科生による北京演奏旅行を実施している。また2006年から5年間にわたって「未来のリーダー育成キャンペーン」が展開された(総額43億円)。その主軸となる分野は「環境」「国際関係」「健康」「K-12教育(幼稚園から高校卒業までの教育機関)」「芸術」である。芸術分野ではカントール芸術センターと、844席の新しいコンサートホールがその象徴的存在であり、後者は2013年1月に完成予定だ。つまり、グローバル社会の未来には芸術が欠かせない、ということなのである。

取材・文◎菅野恵理子

第4回目は「音楽業界を取り巻く新しい動き・・・未来の音楽家を育てるプラン」です。

INDEX

●第1回目(6月8日)
I.well-cultured musician~より教養性の高い音楽の学びへ
(1)そもそも、音楽は大学の中にあったのか?
(2) 音楽はどのように学びの対象になったのか

第2回目(6月15日)
(3) 現在、音楽学科はリベラルアーツの中にどう組み込まれているのか?
(4) パフォーマンスとリベラルアーツの歩み寄り
    (i) 総合大学音楽学科で高まるパフォーマンス重視化
    (ii)アーティストと組む大学付属の音楽学校
    (iii) 音楽院で高まるリベラルアーツ教育

●第3回目(6月22日)
II.well-socialized musician ~外部社会とつながっていく音楽家

(1)他学部とのつながり 学際的な学びは社会に弾力性を生むか
(2)海外とのつながり 大学・学部間の国際ネットワーク拡大
(3)地域社会とのつながり より長期密着型の地域音楽活動へ
(4)実社会とのつながり 音楽の学びを、より実践的に生かすために
(5)グローバル社会とのつながり 音楽を通して世界の現実と向き合う

第4回目(6月29日)
III.音楽業界を取り巻く新しい動き~未来の音楽家を育てる戦略的プラン

(1)アーツ・アントレプレナーシップ・プログラム(Arts Entrepreneurship Program )
(2)コミュニティ・アーティスト・プログラム(Community Artists Program)
(3)自主的な音楽活動に対する助成金
(4)現場に即した音楽教育研究の充実

番外編1(7月6日)
エリザベート審査員・諏訪内晶子さんインタビュー

番外編2(7月13日)
教師からピアニストへ―ジョン・ナカマツ氏インタビュー

▲ページTOP

菅野 恵理子(すがのえりこ)

音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/

【GoogleAdsense】