ロンドンレポート

ウィグモアホールの教育プログラム 第1回

2009/12/11
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ウィグモアホール、年間400以上の教育プログラム ウィグモアホール

ロンドンの繁華街オックスフォード・ストリートを北に1本行ったところに、ウィグモアホールは静かに佇んでいる。良質の室内楽、ソロリサイタルで知られるこのホールは、同時に多くの豊かな教育プログラムも実施している。その数、実に年間440件。夏の休暇中を除きほぼ一年中コンスタントに教育プログラムが組まれている。一体どのようなものが、どのように開催されているのだろうか?

ウィグモアホール・ラーニング ──
場所:Wigmore Hall(36 Wigmore Street, London, W1U 2BP 地図 最寄駅:地下鉄Bond Street)
ホールURL:http://www.wigmore-hall.org.uk/
教育プログラムURL:Wigmore Hall Learning

室内楽、ソロ向きの親しみのあるホール
wigmorestreet

ウィグモアホールは、1901年5月31日ベヒシュタイン社のロンドンのショールームの隣に「ベヒシュタイン・ホール」の名前でオープンした、100年強の歴史を持つホールである。しかし第1次世界大戦の反独気運の中、ドイツのピアノメーカーであるベヒシュタイン社も商務省の命により撤退を余儀なくされ、1916年にホールと137台のピアノを含めた全ての資産がオークションでたたき売りされた。1917年、通りの名前を取って「ウィグモアホール」の名前で再スタートを切った。

初期の頃からブゾーニ、サン=サーンスやルービンシュタイン、カザルス、プーランク、コルトー、ブリテンなど多くの巨匠を迎えてきたウィグモアホールは、また多くの一流演奏家がロンドンでのデビューを飾った場所でもあった。バルコニーを含めて全537の客席、約15人収容のステージを持つ小規模なホールは、大規模なホールを抱えるロンドンの中で、ピアノや声楽、室内楽、また古楽やジャズなどに焦点をあてたコンサートを開催して定評を集めている。もともと家庭で楽しまれていた音楽がメインとなるため、印象は強く与えつつも親密さを失わないコンサートホールであることを意識しているという。今でも若い音楽家のスタートを支援するコンサートシリーズも行っている。

ウィグモアホールでは、カレンダーからもわかるように、8月の休暇を除き年間を通じたほぼ毎夜のコンサートに、日曜、月曜のランチタイムコンサートなどを加え、約400のコンサートが開催されている。年間のチケット販売は約16.5万枚に上る。さらに驚くべきなのは、これらの他に、実に400以上もの教育プログラムのイベントが実施されているということだ。

幼児、若者、大人、高齢者とバランスの取れた教育プログラム
learning
ウィグモアホール・ラーニングのパンフレット

ウィグモアホール・ラーニング」と呼ばれる教育プログラムを担当する部門は、1994年「ウィグモアホール・コミュニティー&エデュケーション」という名で設立された。ホールの施設や音楽家や素材、地域ネットワークといった豊かな特性を生かし、通常の芸術の場からははじかれてしまいがちな人々が、音楽を通して感動を得、学び、つながりを作る機会を拡げることを目的として、様々な年齢、レベル、経験に対応したイベントへと発展させてきた。

ホールとして、今後の発展のためにこのような対象、内容の活動の必要性を長年感じてきたのに加え、所在するウェストミンスター区や地域住民の声が高まってのことだった。現在、ウェストミンスター区(City of Westminster)やその他音楽、教育系その他のチャリティ団体や個人による寄付、また関連機関との連携によりサポートされている。

プログラムは、幼児、若者、大人、高齢者までのあらゆる世代、レベルを対象に、バランスよくバラエティ豊かに組まれている。主な活動は次の通り。

1.
ホールイベント
プレコンサート・トーク、マスタークラス、ファミリー/若者向けコンサート、ワークショップなど。(今後の予定
2.
学校ネットワーク
ウェストミンスター区の8校との長期のパートナーシップを含め、年間40校以上の学校と共同プロジェクトを実施。
3.
アンサンブル「イグナイト」 
若いプロ音楽家によるアンサンブル「Ignite」を結成し、地域のユースセンター、ファミリーセンター、病院などへプログラムを工夫して派遣する。
4.
「ミュージック・フォー・ライフ」
痴呆症患者とその介護者のためのワークショップを病院、ケアセンター、老人ホームなどで実施する先駆的プログラム。
5.
幼児のための室内楽「チェンバー・トッツ」
2歳から5歳の幼児と親を対象にしたワークショップとコンサートを組み合わせたプログラム 'Chamber Tots'。ウィグモアホールで行うものと、保育園に赴いて行うものとがある。
wigmore_web.gif
6.
インターネット資料
学校や保育園の先生が、スクールコンサートの前の準備や通常の教室で使える素材、演奏の仕方のビデオなどが閲覧、ダウンロードできる。
7.
「チェンバー・ゾーン」無料チケット
8歳から22歳の個人、もしくは学校単位を対象に、室内楽コンサートが無料で予約できるシステム。2009年9~12月のシーズンでトリオ、カルテット、室内オケ、ジャズ等8コンサートが対象。事前の学校でのワークショップも提供し、「コンサート‐ワークショップ‐カリキュラム」が対応した組み合わせが可能。室内楽のチャリティ団体他の寄付をもとに成り立っている。
年間の実施スケジュール
auditorium

2008年-2009年のシーズンでは、ホール、学校、保育園、ユースクラブ、ケアセンターなど53カ所で、あわせて443の教育プログラムが実施され、計16,235名が参加した。膨大な数だが、年間を通じてどのようにプログラムが配置されていたのか、ホールでのイベントだけ概観してみよう。

過去1年間(2009年1月~2009年12月)のホールでのプログラムは、数え方にもよるが約120件。1~3月、4~7月、9~12月のそれぞれ約3~4か月のシーズンにそれぞれ40件前後のイベントが開催されている。下記の表から分かるように、年間を通じコンスタントに行われているが、特に2月、5~6月、10~11月などはイベントが密で、連日、または同日に複数のイベントが集まっていることも多い。イベントのほとんどが何らかのコンサートにリンクしているため、コンサートの多い時期であったり、または同じコンサートのアーティストや素材を、大人向けトークと学生向けコンサートなど対象や形式を変えた複数のイベントに発展させたりすることが理由として考えられる。

これらの120件を対象別に見ると、幼児・子供(2~10歳あたり)を対象にしたものは38件、学生(10代)を対象にしたものが33件、一般大人向けのものが82件ほどあった。「学生」の中には、特に若者向けに企画されたもの、学生料金のあるものを主に含め、特に対象年齢の指定のないトークやスタディイベントは「一般大人」向けと分類してみたが、もちろん学生も参加可能なので、この2つの間の分類はもう少し流動的だ。全体を大きく2つに分けると、一般向け企画と、子供・学生向けに特に考案されたものが約半々ということになる。

イベントの形式を便宜的に「トーク」「スタディ」「ワークショップ」「コンサート」と4種類に分けてみると、トークは該当コンサートの日程により、スタディは連続講座で集中するなどとばらつきはあるが、全体的に1シーズンごとに10件前後とバランスよく配置されている。「トーク」は主に、夕方のコンサートの前に約45分間、アーティストや専門家を招いてその日のコンサートのプログラムや楽器、作曲家について話すプレコンサート・トークの形で行われる。料金は無料もしくは3ポンド程度。

「スタディ」は1回もしくは連続で、あるテーマについて学習するプログラムである。レクチャー形式を取るもの、録音音源や生演奏のデモを含めたもの、マスタークラス形式など様々で、内容も導入から、更に詳しく掘り下げるコースまでがある。1回2~3時間のものから、レクチャーとデモンストレーション、ワークショップ、コンサートなどを組み合わせた1日がかりのものもある。料金は1回平均数ポンドから10ポンド台。

「ワークショップ」や教育イベントとしての「コンサート」は、楽器や作曲家などをテーマに、幼児や学生、ファミリーなど対象にあわせて工夫して作られ、プロや音楽学生の生の音楽を聴きながら、自分たちでも音楽を作ったり参加したりすることができる。中には、美術館と連携して音楽と絵の両方を学んだり、童話や歴史と音楽をあわせたり、アニメやマンガなど若者の興味と音楽とを組み合わせたりと、他のジャンルとのコラボレーションも多く見られる。料金は2~10ポンド程度。

次回から、少しずつイベントの内容をのぞいてみよう。

  日付 種類 内容 対象年齢
トーク スタディ ワークショップ コンサート 子供 学生 大人
1
1/6(火) ロンドンの室内楽400年(全11回)
1/13(火) ロンドンの室内楽400年
1/20(火) ロンドンの室内楽400年
1/20(火) 幼児のための室内楽「チェンバー・トッツ」 2-5歳
1/23(金) 音楽への導入~12世紀の和音(第4回)
1/27(火) ロンドンの室内楽400年
1/28(水) アーティスト・トーク~クラリネット奏者兼作曲家
1/29(木) 幼児のための室内楽「チェンバー・トッツ」 2-5歳
1/30(金) スクールコンサート~パーカッション(Keystage2) 7-11歳
1/31(土) ファミリーコンサート~パーカッション 5歳~
2
2/3(火) ロンドンの室内楽400年
2/6(金) 音楽への導入~17世紀の三和音
2/7(土) ファミリーコンサート~ヴァイオリン 5歳~
2/10(火) ロンドンの室内楽400年
2/11(水) アーティスト・トーク
~マリンバと弦楽のためのコンチェルト
2/11(水) 幼児のための室内楽「チェンバー・トッツ」 2-5歳
2/12(木) プレコンサート・トーク
~ヴィヴァルディとバロック音楽
2/14(土) プレコンサート・トーク
~ヘンデル「アチスとガラテア」
2/17(火) ロンドンの室内楽400年
2/17(火) 'ピクチャー・パーフェクト'
~音楽つきアニメを創ろう(全3回)
8- 13歳
2/19(木) 'ピクチャー・パーフェクト'~音楽つきアニメを創ろう 8- 13歳
2/19(木) ハイドンと弦楽四重奏(全3回)
2/20(金) 'ピクチャー・パーフェクト'~音楽つきアニメを創ろう 8- 13歳
2/20(金) 音楽への導入~19世紀の和音
2/24(火) ロンドンの室内楽400年
2/24(火) ハイドンと弦楽四重奏
2/25(水) 幼児のための室内楽「チェンバー・トッツ」 2-5歳
2/27(金) 音楽への導入~20、21世紀の和音の発展
2/27(金) プレコンサート・トーク~ハイドンのオーケストラ
2/28(土) ハイドンと弦楽四重奏
2/28(土) ファミリー・デー「ハイドンを探せ」
~音楽で絵を描こう
5歳~
3
3/3(火) ロンドンの室内楽400年
3/5(木) プレコンサート・トーク~作曲家に焦点をあてて
3/7(土) プレコンサート・トーク~ハイドンの弦楽四重奏
3/10(火) ロンドンの室内楽400年
3/12(木) プレコンサート・トーク~歌曲の作曲と詩
3/17(火) 幼児のための室内楽「チェンバー・トッツ」 2-5歳
3/17(火) ロンドンの室内楽400年
3/21(土) ファミリー・デー「ラプンツェル」
~童話を語り、歌を作って歌おう
5歳~
3/21(土) 1790年ロンドンでのハイドン
~トーク&ウォーキング&コンサート
3/25(水) プレコンサート・イベント
~エリオット・カーター生誕100年
3/28(土) DJ作曲家と一緒にバッハをリミックスしてみよう 11- 16歳
4
4/11(土) プレコンサート・トーク~シャルパンティエ
4/17(金) プレコンサート・トーク
~モーツァルトの室内楽とピリオド演奏
4/18(土) 若者の日~DJバッハ(自閉症の若者、親対象) 10-14歳
4/30(木) プレコンサート・トーク~ハイドンの人生と音楽
5
5/5(火) 幼児のための室内楽「チェンバー・トッツ」 2-5歳
5/6(水) ピアノトリオと作曲家の関係
~ハイドン、ショスタコヴィッチ
5/7(木) 若手作曲家と英語研究家による「歌」の共同創作研究
5/8(金) アーティスト・トーク~ヴィオラ・ダ・ガンバ
5/9(土) スタディ・デー
~英作曲家ジェームス・マクミランの作品1
5/9(土) スタディ・デー~ジェームス・マクミランとの対話
5/9(土) スタディ・デー~ジェームス・マクミランの作品2
5/9(土) スタディ・デー~ジェームス・マクミラン作品研究
5/9(土) スタディ・デー~ジェームス・マクミランの作品3
5/13(水) ストラヴィンスキー~「兵士の物語」と亡命生活
5/19(火) ヴォルフ「イタリア歌曲集」
5/21(木) 幼児のための室内楽「チェンバー・トッツ」 2-5歳
5/23(土) ファミリーコンサート~高所恐怖症のヤギのお話 5歳~
6
6/3(水) イギリスの歌曲~ヴォーガン・ウィリアムズ他
6/4(木) 幼児のための室内楽「チェンバー・トッツ」 2-5歳
6/13(土) 若者の日~あなたは彫刻家?音楽家? 11-16歳
6/14(日) プレコンサート・トーク
~パーセル、ヘンデル、ハイドン
6/16(火) スタディ&マスタークラス~イギリスの歌曲(全3回)
6/17(水) 幼児のための室内楽「チェンバー・トッツ」 2-5歳
6/18(木) スタディ&マスタークラス~イギリスの歌曲
6/19(金) スクールコンサート~ハチの生態(Keystage2生物) 7- 11歳
6/20(土) ファミリーワークショップ「ハチ」~楽器&音楽作り 5歳~
6/20(土) ファミリーコンサート~ハチのイギリスからオーストリアへの旅 5歳~
6/20(土) ファミリーデー~絵と音楽の背景を探る@美術館 6歳~
6/22(月) スタディ&マスタークラス~イギリスの歌曲
6/24(水) スクールコンサート~チューダー朝の音楽(Keystage2歴史) 7- 11歳
6/27(土) ファミリーデー~絵と音楽の背景を探る@ホール 6歳~
7
7/5(日) プレコンサート・トーク
~ヘンデルのカンタータとロンドンでの生活
7/7(火) 幼児のための室内楽「チェンバー・トッツ」 2-5歳
7/9(木) プレコンサート・トーク
~モーツァルトとフンメルのセレナーデ
9
9/12(土) フランクの後期室内楽(全3回)
9/15(火) フランクの後期室内楽
9/16(水) ジャズ音楽への導入~即興(全4回)
9/17(木) フランクの後期室内楽
9/19(土) オープン・ハウス~コンサート&ワークショップ
9/20(日) プレコンサート・トーク~シューベルトの歌曲
9/23(水) ジャズ音楽への導入~形式
9/25(金) プレコンサート・トーク~バロック音楽
9/28(月) メンデルスゾーンの室内楽(11回)
9/30(水) ジャズ音楽への導入~ハーモニー
10
10/3(土) ジャズ・スタディ~オスカー・ピーターソン
10/5(月) メンデルスゾーンの室内楽
10/7(水) ジャズ音楽への導入~作曲
10/10(土) 若者のためのワークショップ~ジャズを歌う 11-16歳
10/12(月) メンデルスゾーンの室内楽
10/13(火) アーティスト・トーク~当日初演の作曲家を迎えて
10/15(木) スクールコンサート~ジャズ(Key Stage3対象) 11-14歳
10/15(木) パネル・ディスカッション~室内楽としてのジャズ
10/16(金) 幼児のための室内楽「チェンバー・トッツ」 2-5歳
10/17(土) ファミリー・ワークショップ~ジャズ・ソング 5歳~
10/17(土) ファミリー・ジャズ・コンサート~ビー・ボップ 5歳~
10/19(月) メンデルスゾーンの室内楽
10/26(月) メンデルスゾーンの室内楽
10/27(火) 幼児のための室内楽「チェンバー・トッツ」 2-5歳
10/31(土) 音とイメージの映画~ケヴィン・ボランズ・デー
10/31(土) アーティスト・トーク~ケヴィン・ボランズ・デー
11
11/2(月) アーティスト・トーク~テノール歌手を迎えて
11/2(月) メンデルスゾーンの室内楽
11/5(木) 幼児のための室内楽「チェンバー・トッツ」 2-5歳
11/7(土) ファミリー・コンサート~カルテットとおどけた音楽 5歳~
11/9(月) メンデルスゾーンの室内楽
11/12(木) マスタークラス~パーセルとブリテンの歌曲
11/12(木) プレコンサート・トーク~アルベニス没後100年
11/13(金) マスタークラス~パーセルとブリテンの歌曲
11/13(金) プレコンサート・トーク~ヴィルトゥオーゾ・アルカン
11/14(土) 若者のためのワークショップ~音楽とマンガ 11-16歳
11/16(月) メンデルスゾーンの室内楽
11/18(水) プレコンサート・トーク~カウンターテナーの芸術
11/19(木) 幼児のための室内楽「チェンバー・トッツ」 2-5歳
11/21(土) ファミリーデー「神話と伝説」~音楽と絵画 6歳~
11/22(日) プレコンサート・トーク~声のヴィルトゥオーゾ
11/23(月) メンデルスゾーンの室内楽
11/27(金) スクールコンサート~ダーウィン(Key Stage2) 7- 11歳
11/30(月) メンデルスゾーンの室内楽
12
12/2(水) 幼児のための室内楽「チェンバー・トッツ」 2-5歳
12/7(月) メンデルスゾーンの室内楽
12/16(水) プレコンサート・トーク~初演委嘱作品の紹介

(取材・執筆 二子千草)


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