海外の音楽教育ライブリポート/菅野恵理子

ヴァン・クライバーン国際コンクール(8)どんな曲がよく選ばれているのか?

2013/05/31
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第14回ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールは、5月30日で予選全日程を終えた。結果発表の前にはクライバーン財団理事長、コンクール事務局長の挨拶、審査員の紹介に続き、30名の全出場者がステージに上がり、それぞれの熱演に会場からは大きな拍手が贈られた。そしてジョン・ジョルダーノ審査員長よりセミファイナリストが一人一人呼ばれるたびに、聴衆から熱い拍手と歓声が贈られた。唯一の日本人で最年少出場者の阪田知樹さんも、見事セミファイナル進出!惜しくもセミファイナル進出ならなかったピアニストも、いずれも実力者揃いであり、今後の成長と活躍を期待したいと思う。オンデマンド映像はこちら。

さてここで、「どんな曲がよく選ばれているのか?」、プログラムについて調べてみた。

●どんな曲が選ばれているのか?

予選(45分×2回)・セミファイナル(60分)のソロリサイタル合計150分は、新曲課題曲を除いて、完全フリープログラムである。昨今の国際コンクールでは選曲の自由度が増してきており(参考:『国際コンクールの今』)、いかにプログラムを創るかという点でも興味深い。一方、同じような選曲に出会うことも多い。そこで今回予選・セミファイナルを通じて、重複が多かった曲を挙げてみた。

8名:ストラヴィンスキー『ペトルーシュカから3つの断章』
7名:プロコフィエフ 戦争ソナタ(ソナタ第6番Op.82第7番Op.83第8番Op.84
5名:ラヴェル『夜のガスパール』シューマン『幻想曲』Op.17
4名:リスト『ソナタ ロ短調』ショパン『24の前奏曲』Op.28ベートーヴェン・ソナタ第32番Op.111など。

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もちろんバッハ、モーツァルト、ハイドン、ベートーヴェン、シューベルト、ショパン、ブラームス、ドビュッシー、ラフマニノフ、スクリャービンなどのソナタや主要作品も万遍なく選ばれているが、上記の曲をプログラムの中心に配置した人が多いのは、一つの傾向といえるだろう。現代曲ではリゲティも散見された(5名・エチュードなど)。(写真:『ペトルーシュカ』冒頭を足で弾くピアニストたち!)

また形式別だと、ソナタや組曲以外では、幻想曲または「幻想」と名のつく作品(15名)、変奏曲・変奏形式の作品(13名)、編曲・パラフレーズ作品(10名)、民謡や民族音楽に着想を得た作品も多い。

場所が変われば傾向も変わるかもしれないかもと思い、エリザベート王妃国際コンクールのセミファイナル選曲も調べてみた(母数はプログラム掲載者75名)。こちらは40分×2つのプログラムを用意し、本番直前にいずれかを審査員に指定される。ラヴェル『夜のガスパール』(13名)、プロコフィエフの戦争ソナタ3曲(11名)辺りはやはり人気だ。ただこちらはストラヴィンスキー『ペトルーシュカ』(4名)より、リスト『ダンテを読んで―ソナタ風幻想曲』(7名)や『スペイン狂詩曲』(6名)が多い。一方、変奏曲・変奏形式(20名)、編曲・パラフレーズ作品(18名)、また「幻想」と名のつく作品ばかりを集めたプログラムもあった。(その他興味深い点としては、バロックはスカルラッティやラモーの選択、また現代曲の選曲も多く、バーバー、メシアン、デュティーユ,ブーレーズ、カプースチンなどが散見された)

標題音楽や作品自体に強い個性や主張があったり、楽想の展開が分かりやすい作品が多いのは、「より分かりやすく、より多様な面を表現したい」という欲求が高まっているのだろうか。とはいえ決して派曲な曲を華麗に弾いた人が有利なのではなく、あくまで自分に合った選曲と、自分なりの解釈があることが大事だと感じた。8名が選んだ『ペトルーシュカから3つの断章』も、自分の表現を見出して初めてプログラム全体が生きてくる。

●コンサートとして成立するプログラム

「コンクールではなく、コンサートとして成立するプログラムを意識しています」と、どの参加者も語ってくれた。コンクールとコンサートのプログラムは別物として捉えられる傾向にあるようだが、自由選曲が増えている昨今、与えられた時間をいかに有意義に使うのかという観点から考えると、コンクールもコンサートもそう変わりはない。点数が取れる曲取れない曲というのはなく、いかにプログラムを組立て、曲の特徴を引き出し、それを表現するか、あるいは知られていない曲の中にも魅力や芸術的価値を見出すかなどが、ピアニストの見識と力量の見せどころだと思う。そして魔法のような時間をもたらしてくれることを、審査員も聴衆もいつも期待している。(参考:2012リーズ国際コンクール審査員ロバート・レヴィン先生『リスクから生まれる創造性』

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だからこそ、レパートリーを開拓するチャレンジ精神は大事だと思う。多様な時代様式の作曲家や様々な形式の作品に触れる人もいるだろうし、ある系譜や相関関係に沿って広げていく人、同じ作曲家のピアノ曲以外の室内楽曲や歌曲などに広げていく人もいるだろう。同じ曲を長い時間をかけて掘り下げる一方で、新しい曲にも触れてレパートリーをリフレッシュすることで、新鮮な視点が得られることもあると思う。実際に演奏を聴くと、レパートリーの開拓を果敢に試みていると感じられるピアニストには、完成度や掘り下げ方がまだ足りなくとも、1曲1曲に勢いのようなものを感じることがある。逆に、あまり開拓していないかもと思われる方の演奏には、素晴らしく美しくても、どこか煮詰まったような印象を抱いたこともあった。1曲1曲を真に深めていくプロセスはまた別だと思うが、「その先を期待させる何か」を感じさせることも芸術の面白さ。優れた技術や感性を生かして、きっとまた新たな道を開拓してくれるだろう。(写真:惜しくもセミファイナル進出ならなかったが、果敢なプログラムで挑んだユーリ・ファボリン)

やはり、完全フリーというのは面白い!

菅野 恵理子(すがのえりこ)

音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/

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