海外の音楽教育ライブリポート/菅野恵理子

エリザベート王妃国際コンクール(7)オーギュスタン・デュメイ氏インタビュー

2012/05/28
エリザベート王妃国際コンクール(7)
審査員オーギュスタン・デュメイ氏インタビュー

エリザベート王妃国際コンクールはすでに終了しましたが、ここで審査員インタビューをお届けします。関西フィルハーモニー管弦楽団音楽監督でもあり、5月中旬まで来日ツアーを行っていたというオーギュスタン・デュメイ氏にお話を伺いました。(ファイナル期間中)

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―ファイナルのご審査お疲れ様です。ここまでの全体的な印象をお伺いできますか?

他の国際コンクールでも同じような印象なのですが、才能ある若い演奏家は世界中に沢山いて、技術的なレベルは大変高いです。しかし音楽解釈の点においては、テクニックほどの印象はありません。本当に優れている人は1人か2人くらいでしょうか。これは今に始まったことではありません。テクニックはもちろん大事ですが、最も大切なのは、魂であり、思想であり、哲学であり、パーソナリティであり、文化です。新しいラドゥ・ルプー、新しいバレンボイム、新しいアイザック・スターンを探そうと思ったら、頭と心に特別なものを持っている人でないといけません。音楽界全体に言えることですが、私たちが探しているのは強いパーソナリティを持つ音楽家です。

―ご自身が受けた音楽教育についてお伺いしたいのですが、10代前半でパリ音楽院を卒業し、その後特にコンクールを受けずにキャリアをスタートさせていらっしゃいますね。

私はとても幸運だったと思います。15歳の時に素晴らしい音楽家たちに会い、彼らが私をステージの上に引き上げてくれました。例えば伝説的ヴァイオリニストのナタン・ミルシュタイン、ヘンリク・シェリング、アルトゥール・グルミオー等は私を力強くサポートしてくれました。その後ヘルベルト・フォン・カラヤンも私を支援して下さり、ベルリンフィルで共演させて頂きました。そしてEMIとの契約に至りました。ですからコンクールが何かをもたらしてくれる前に、既にキャリアを始めることができたのです。今でもよく覚えていますが、16歳でモントゥルー音楽祭に出演した時、最前列にミルシュタイン、シェリング、ヨゼフ・シゲティが座っていました。ミルシュタインは私の演奏を聴いてすぐ両親のもとへ来て、「この子と一緒に弾きたい」と言って下さいました。グルミオーにはベルギーでお会いして、それから7年間師事しました。

―グルミオーとの7年間について教えて頂けますか。

グルミオーからは、まさに音楽とは何かを学びました。彼は優れたピアニストでもあったんですね。ピアノとヴァイオリン両方を録音したCDも出ていますし、コンセルトヘボウで前半にベートーヴェンのピアノ協奏曲、後半にベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲を弾いたこともありました。私とはベートーヴェン、モーツァルト、ブラームスのソナタなどを一緒に弾きながら、真の音楽とは何かを教えてくれました。大変貴重な経験でしたね。

―現在ご自身も指導をしていらっしゃいますね。

ブリュッセル郊外にあるLa Chapelle Musicale Reine Elisabeth(エリザベート王妃音楽学校)で教えています。才能ある生徒が沢山いますよ。この音楽学校は音楽を教えるだけではなく、彼らの音楽人生をサポートしています。年間200回以上コンサートの機会を提供しており、ベルギー国内のオーケストラだけでなく、コンセルトヘボウ管、パリ国立歌劇場管弦楽団、エクサンプロヴァンス音楽祭、マントン音楽祭など、いずれとも長期にわたって信頼関係を築いています。現在10名のヴァイオリニストが在籍していますが、最近ではエリザベート2位、チャイコフスキー2位、クライスラー1位、シベリウス1位、エリザベト2位(ピアノ)等というコンクール実績があります。今年6月からはマリア・ジョアン・ピレシュがピアノ教授陣に加わります。

―ピレシュさんとはデュオのCDを出されていますね。ではここでピアニストとのコラボレーションについてお伺いしたいのですが、今回コンクールでのデュオ演奏についてどのようにご覧になっていますか?

今回のコンクールでは、何名かのヴァイオリニストは自分でピアニストを連れて来ていますね。その方がいいと思います。公式ピアニストがどうということではなく、本当の意味でのチームですから。バイバ・スクリデが優勝した時は妹が伴奏したのですが、まさに"チーム"で興味深かったですね。とはいえお金がかかることでもありますから難しい面もありますが。 これは私見ですが、このコンクールにも室内楽作品を1曲入れた方がいいと思っています。四重奏や五重奏曲などを入れて、どれくらい他楽器と対話できるかを見たいですね。例えばヴァン・クライバーン国際コンクールはとても質の高いカルテットを入れていますね。

―たしかに最近、室内楽を取り入れる国際コンクールが増えていますね。ではコンクールの音楽的・教育的インパクトはどのようなものとお考えですか?

好き嫌いに関わらず、今はコンクール以外の選択肢がありません。アンネ=ゾフィ・ムターやフランク・ペーター・ツィンマーマン等は幸運でしたが。コンクールは優れた才能の選抜と情報拡散のためには必要だと思います。指揮者やプロモーターにとって、全ての若い才能を実際に聴いてまわることはできませんから。審査員による選抜だけでなく、彼ら独自の選抜ができるのが最も重要なことですね。

―ライブストリーミング配信についてはどう思いますか?

いいと思います。コンクールが広く普及し、若い才能がインターネットを通して聞かれるのは大事なことです。私も時々使いますよ。現在王立ワロニー室内楽団と関西フィルハーモニーで指揮・音楽監督をしていますが、例えばピアニストやヴァイオリニストを招聘する時、youtubeなどを通して演奏を聴くことがあります。音響はさておき、2秒も聞けばその人が真の音楽家であるかどうかは分かります。

―ご多忙の日々と存じますが、音楽と向き合う時間はどのように確保されていらっしゃいますか?

1日12時間は音楽に費やしています。そして最低6時間はヴァイオリンを弾きます。あとの6時間はオーケストラ等ですね。演奏レベルを維持し、新しいレパートリーを広げたりするには、多くの時間を練習に割かなければなりません。映画を見に行ったり、長期休暇をとることはできませんが、時間があれば妻や7歳の息子と共に過ごします。その他はとにかく忙しくて今年の休みは5日間だけです。日本人みたいですね(笑)。でも音楽家としての人生を誇りに思っていますし、他の音楽家と対話したり、彼らの音楽人生をサポートすることも重要だと思っています。

―貴重なお話をありがとうございました。ピレシュさんとのデュオ・トリオのCD、関西フィルハーモニー管弦楽団とのCDも間もなくリリース予定とのこと、楽しみにしています。

菅野 恵理子(すがのえりこ)

音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/

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