海外の音楽教育ライブリポート/菅野恵理子

エリザベート王妃国際コンクール(5)ファイナル3・4日目

2012/05/26
エリザベート王妃国際コンクール(5)
ファイナル3・4日目

エリザベート王妃国際コンクール3・4日目が終了しました。2日目の成田さんに続き、4日目にもスタンディングオベーションを誘う素晴らしい演奏が出ました。その様子をリポートします。また後半は公式ピアニストとして活躍した佐藤卓史さんのインタビューをお届けします。

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photo:Yoko Tsunekawa

アンドレイ・バラーノフ(Andrey Baranov・ロシア)は身体の中にリズムやメロディが刻み込まれており、それが確かなテクニックとともに、ごく自然に、かつ表情豊かに音楽に現れる。セミファイナルでのチャイコフスキーの瞑想曲等、ロシア出身の彼が弾くロシア作品は、まさにスラブの魂を感じさせるような溢れんばかりの情熱と哀愁に満ちている。ファイナルにおいては、ショスタコーヴィチの協奏曲にぴったりと照準を合わせてきたかのように、全てがかみ合った演奏だった。身体が音楽に合わせて直感的に動いているかのようで、その波動は会場全体を熱狂の渦に巻き込み、ファイナル2度目のスタンディングオベーションが出た。ただその音の豊かさ、様々な質感を出せるがゆえ、プロコフィエフのソナタ2番はもう一歩踏み込んだ演奏ができたのではないかと思った。新曲も無難にこなしていた。とはいえ、セミファイナルではフィドルと戯れている、と書いたが、音楽と自在に戯れている姿は頼もしい。(使用楽器:Ansaldo Poggi ex Milstein 1947 ピアノ:Dana Protopopescu)

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photo:Yoko Tsunekawa

一方ニッキ・チョイ(Nikki Chooi)はセミファイナルで知的に構築された演奏をしたが、ファイナルでラヴェルのソナタを選曲。この日は少し気負っていたのか弓圧が一様に強く、この曲が持つ多面的で艶やかな色彩感や遊び心がなかなか見えてこない。クリーンでよく弾けているだけに、肩の力をふっと抜く瞬間が合っても良かっただろう。セミファイナルでの演奏からファイナルの新曲を期待していたが、中間部カデンツァに一つの頂点を持ってくるなど彼なりの解釈は見えた。チャイコフスキーの協奏曲もオーケストラに負けないようにと気負い過ぎたか。第1楽章で呼吸が速くなり音程も乱れたが、その後少し間があり(会場の都合)そこで呼吸を整えることができたのか、第2楽章が始まると我に返ったように本来の彼の姿が少しずつ戻ってきた。第3楽章は祝祭的ムードが戻り、様々な音の表情が出てきた。この調子が最初から出るとよかったと改めて思う。やはり8日間の合宿を挟むこと、そしてファイナルという特別な場の過酷さを思った。(使用楽器:Guarneri del Gesu 1729、ピアノ:Thomas Hoppe)

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photo:Yoko Tsunekawa

ところでテクニックというと、速いパッセージが弾ける等といったメカニカルなことを連想されがちだが、本来は自分のアイディアを的確に伝えるために存在するものだと思う。"アート"の本来の意味は技法だ。そういう意味では基礎的なテクニックは重要だと改めて思う。地元ベルギー出身マーク・ブシュコフ(Marc Bouchkov)はアイディアを色々持っているようで、セミファイナル、ファイナルともにそれが新曲で発揮されていた。新曲「ヴァイオリンとオーケストラのための協奏曲」は特徴であるG音の扱いとうねうねしたパッセージに意味を持たせ、生き物のように音が発展していく。オーケストラとのアンサンブルも意識し、曲全体として統一感があったと思う。一方ベートーヴェンのソナタ7番については、そのアイディアを最終的にもっとまとまった方向へ導ければ、説得力に繋がるだろうと思った。ピアノ(佐藤卓史)が素晴らしく、彼が冒頭から音楽のフレームをつくり、ヴァイオリンがその中で色々探りながら弾いているという感じだった。シベリウス協奏曲はディテールの粗さが目立ったが、第2楽章は彼の良さが生かされていた。(使用楽器:Jean-Baptiste Vuillaume、ピアノ:Takashi Sato)

ブリュッセルはここ数日気温が上がり、一気に初夏の気配を呈してきた。4日目はホールの室温が31度まで上がったらしく、その中で弾いたキム・ダミ(Kim Dami)は大変だっただろう。セミファイナルからの印象であるが、バルトークのソナタ第2番や新曲も技術的に弾けているものの、彼女なりの解釈や思索、あるいは感情の絡みがもっと見えてほしいと思った。その点、パガニーニ協奏曲は恐らく彼女自身がとても好きな曲なのだろう。伸びやかに始まり、パガニーニらしい軽やかさと躍動感の兆しを感じた。しかしやはり暑さも手伝ってか、心身ともにコントロールするのが難しかったと思う。新曲の演奏後初めて可愛らしい笑顔を覗かせたが、普段からもっと音楽と楽しく戯れる時間があるといいのかなと思った。(使用楽器:Stradivari 'Rainville' 1697、ピアノ:Dana Protopopescu)

●Collaborative Pianistとして

今回、公式ピアニストとして活躍した佐藤卓史さん。2010年度ピアノ部門でファイナリストになった彼は評判が高く、その後ベルギーでも何度か入賞者記念コンサートに出演したこともあり、よく知られている。今回も公式ピアニストとして幾度となくヴァイオリニストをサポートし、素晴らしい演奏を聴かせてくれた。最近は伴奏者というより、コラボレーション・ピアニストという言葉の方が米国等では使われることが多いが、まさにデュオはコラボレーションだ。実に13人分のデュオ・レパートリーを準備し、「弾かなかった曲も沢山あります」という佐藤さんに、2年前に体験した"ファイナル前の8日間"も含めて話をお伺いした。

―今回は合計何名のピアノ伴奏をされたのでしょうか?セミファイナル新曲「Caprice」に関してはご自分でもアイディアがあると思いますが、共演した彼らの解釈から得たヒントはありますか?

一次予選は13名、セミファイナルは4名(インタビュー後、うち3名がファイナル進出決定。うち2名を伴奏)です。ヴァイオリンの旋律に対してピアノは合いの手的な部分が多いのですが、彼らの歌い方や呼吸の入れ方が変わるとこちらのタイミングも変わりますし、また曲の中でクライマックスの作り方も違うのが面白かったですね。

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―2年前のソロの時とどのような心境の違いがありますか?

ソロの時とは全く違いますね。主催者の舞台裏も見えてきました。エリザベート王妃国際コンクールというと、やはり本格的で格式がある印象でしたが、内部に入ると「人が運営している」という感じがしますね。(演奏を終えた佐藤卓史さん、左は譜めくりをしていた高橋いつきさん・ピティナ会員)

―権威はありますが、人間的なぬくもりも感じるコンクールですよね。公式ピアニストのオファーはどのように決まったのでしょうか?

2011年3月にヴィエニャフスキ国際コンクールの予備審査がブリュッセル音楽院でありまして、ある出場者に頼まれて伴奏しに来た時、音楽院裏手にあるエリザベトコンクール事務局に挨拶に立ち寄ったんです。そこで事務局長さんに「ヴァイオリンの伴奏はよくしますか?」と聞かれ、「よくやります」と答えたら、「じゃあ来年ヴァイオリン部門の伴奏する?」とその場で話を頂き、その後メールのやり取りを経て正式に決まりました。
ヴァイオリンと2人で弾く仕事は、(日本では)年間の半分くらいですね。佐藤俊介さんとは度々共演していまして、CDも出しました。最近は少し休んでいますが。ヒュンス・シンさん(決勝進出)とはよく日本で共演しています。

―佐藤俊介さんとのコラボレーションはいかがですか?

彼はこれまでの共演者の中でずば抜けています。学生時代から演奏活動を一緒にさせて頂いていますが、ヴァイオリンの伴奏・共演のキャリアを続けていけるのは彼のおかげかなと思います。彼はアメリカで育ったのですが日本でリサイタルデビューをするにあたり、コンスタントなパートナーを探していたんです。その時期ちょうど僕が日本音楽コンクールに出場していて、その音源を彼の父親がアメリカに送ったのですね。彼の母親がそれを聴いて「この人がいい」と言って下さったそうです。ですから最初は知り合いではなかったのですが、その後も指名を頂いて何度か共演させて頂きました。音楽に対して強いこだわりや直感的なひらめきがある方です。

―組む相手によって色々違った音楽が生まれて面白いですよね。ところでブリュッセルでは多くの方に声をかけられていますね。ファイナル前の「8日間」の感想はいかがでしょうか?新曲の演奏が素晴らしかったのを覚えていますが、ご自分でどう思いましたか?

あの8日間は楽しかったです。特に貴重なのは、参加者同士の交流があることですね。食事の時間になると、食堂に集まって新曲について議論したりしました。こう弾くとこのパッセージが弾けるとか(笑)。皆さんハイレベルなのでそれなりのアイディアを持っていて、彼らとそういう話ができたのはいい経験でしたね。普通新曲の楽譜を渡されて1週間後に本番というのはなかなかできないですが、あのような環境になると意外とできるんですね。毎週レッスンに間に合わないというのは甘えなんだな(笑)と思いました。思い返せば、それほど準備が大変だったという感じでもないですし、計画を立ててやっていくので、本番までにそれなりにはできます。もう1回やれと言われたら、やるかもしれないです(笑)。

―ありがとうございました。今回も素晴らしいピアノでした。お疲れ様でした!

リポート:菅野恵理子(Report: Eriko Sugano)


菅野 恵理子(すがのえりこ)

音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/

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