海外の音楽教育ライブリポート/菅野恵理子

モーツァルト国際コンクール(2) 優勝インタビュー「寝ても覚めてもモーツァルト」

2011/02/27
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第10回モーツァルト国際コンクール・ピアノ部門優勝に輝いたフェデリコ・コッリさん。赤いスカーフを首元に巻いてステージに登場した彼は、普段も物腰柔らかで紳士風。この数か月間は「寝ても覚めてもモーツァルト」だったと語る。

イタリア北部ブレーシア出身で、現在はイモラ音楽院で学ぶ。実家を離れてイモラでアパート住まいをしているが、実家付近には森と湖があり、ピアノ練習の合間に散歩することもあるという。優雅で知的な演奏が印象的なコッリさんに、どのように勉強を積み重ねてきたかをお伺いした。

―優勝おめでとうございます。コンクール出場を決めてからどのように勉強されましたか?

コンクール出場が決まってからの数か月間は、朝起きてはモーツァルトを聴き、モーツァルトを弾き・・という毎日でした。今回ザルツブルグに来て、モーツァルテウムのホールで弾き、モーツァルトの生家や住んでいた家を訪ね、自筆譜ファクシミリやオリジナルの書簡を見たり・・本当に信じられない思いです。ありがとうモーツァルト!と言いたい心境です。

モーツァルトを学ぶにあたって、『魔笛』『ドン・ジョバンニ』『フィガロの結婚』などオペラの台本も読みました。モーツァルトは何と言ってもオペラ作曲家でしたから。彼のピアノ協奏曲やヴァイオリン協奏曲など器楽作品を演奏するとき、オペラの中でアリアがどのように歌われ、演じられていたのかを考えることが大事です。例えばタミーノが歌っているときパパゲーノはどう語るのか、ドン・ジョバンニはどう歌うのか・・。

―台本は全て原語で読んだのでしょうか?
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photo:University Mozarteum /Christian Schneider

はい、ドイツ語の台本も原語で読みました。モーツァルトの音楽はまるで言葉を話しているようです。『フィガロの結婚』ではフィガロが女性について歌うアリアがありますが、モーツァルトがその台詞に合わせた音楽は実に見事です。フィガロが悲嘆に暮れている時、女性がつれない時など、音楽は確かにそのように鳴り響いています。器楽作品を弾く時もこうしたオペラの情況を考えることが大事。だから今回コンクールで歌曲伴奏(『夕べの想い』、『クローエに』)できたのは、大変な喜びでした。この歌曲はまさに神の音楽です。

―コンクールを受けようと思ったのはいつ頃ですか?

昨年の夏です。「モーツァルトコンクールを受けたい」と師匠のボリス・ペトルシャンスキー先生に伝えたところ、「これは難しいよ。でも、もし君が『モーツァルトこそ私の音楽だ、それが何より自然なのだ』と思うなら受けてもいいだろう」と。私は「マエストロ、ぜひ僕を信じてください」と揺るぎない意思を伝えました。レッスンで、先生は常に私の考えや信念を受け入れてくれました。

―ペトルシャンスキー先生はどのようなご指導をされますか?

彼は真の音楽家、芸術家にとっては素晴らしい先生だと思います。何処からかふとアイディアを思いついては「これは君にどうだろうか」と提案してくれるのですが、その視点が素晴らしい。その言葉一つで曲の見方ががらりと変わるんです。本当に天才的です。昨日先生に電話し「マエストロ、僕たちは優勝しましたよ!」と伝えました。

―先生は数年前に日本でも15歳以下の学生にレッスンをされましたが(Jr.G級マスタークラス)、その時も大変インスピレーション溢れるご指導をされていたのを思い出します。ところでモーツァルトの音楽に接したのはいつ頃からでしょうか?
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審査員のマリア・ティーポさん

2歳くらいの時、祖母がモーツァルトのピアノソナタ全集CDをくれました。今回審査員でもあったジャン=ベルナール・ポミエの録音です。また母はオペラ好きでモーツァルトのアリア集をよく聴いていました。『フィガロの結婚』のアリアを聴きながらパスタを作ったり(笑)。やっぱりオペラの国ですから。母は数学の教師で父は医者、どちらも音楽家ではないですが無類の音楽好きです。
ですから、モーツァルトと共に育ったといってもいいくらいですね。素晴らしい指導者セルジオ・マレンゴーニ先生とも、モーツァルトのピアノソナタや協奏曲を沢山勉強しました。


―小さい頃の音楽環境、先生方にも恵まれたのですね。課題曲の選び方にも知性を感じましたが、普段ピアノ以外の時間はどのように過ごしていますか?

ミケランジェリ曰く、「人生で何かを成し遂げたいと思ったら、一つのことに絞りなさい」と言っています。だけど現代に生きる我々は、オープンマインドで音楽に向き合うために、ピアノだけでなく、色々なものに接して芸術を深めなければなりません。バロックやロマン派などの時代背景や作曲家の情況についても学ぶ必要があると思います。
この数年はロシア文学が好きですね。特にラフマニノフ協奏曲3番を勉強した時、ドストエフスキーのほとんどの作品、プーシキン、ツルゲーネフ、チェーホフ等も読みました。それから演劇も好きですし(特にシェークスピアの悲喜劇)、詩も好きで、ベッドの横にはボードレール等の詩集をいつも置いて読んでいます。


―文学や詩の中で特に好きなフレーズはありますか?名刺にはストラヴィンスキーの言葉が引用されています。

ああ、これは4年前に作った名刺ですが「平凡な芸術家はアイディアを借りるだけだが、優れた芸術家はそれを盗み取る」という意味です。("Gli artisti mediocri prendono in prestito, quelli grandi rubano")
好きなフレーズはゲーテ『ファウスト』の中に出てくる言葉で、"A stare in mezzo ai matti, anche il diavolo perde l'intelletto!"。あなたが狂気の最中にいるとき、悪魔も正気を失っている(だから気を付けなさい)という意味ですね。


―様々な文学や芸術からインスピレーションを受けていますね。ここモーツァルトの生誕地ザルツブルグでは新しい発見はありましたか?

今朝モーツァルトの生家を見学してきました。そこにレクイエム(Dies irae)の自筆譜があるのですが、それを見てある事に気づかされました。レクイエムは大変複雑で深い音楽ですが、自筆譜を見ると実に明快で自由な印象なのです。修正も一切加えていない。その相反性に驚きました。モーツァルトは決して理性的な人柄ではなかったと確信していますが、演奏は完全に理性的でなければならないと思います。


◎「モーツァルトの音楽は純粋無垢で、天上の音楽だと思う」と語るコッリさん。音楽だけでなく劇や文学などからもインスピレーションを得ながら、深く音楽を追及したいという真摯な姿勢が見えました。この後しばしファウストとメフィストの話をし、最後はザルツァッハ川に架かる橋の上でポーズ。「これから車で5時間かけて家に帰ります。ザルツブルグ滞在中はずっと日が差さなかったので、早くイタリアの太陽を浴びたいです」。昨年は出身地ブレーシアでミケランジェリ音楽祭にも出演したそう。今後どのように音楽人生を深めていくのか楽しみです。


菅野 恵理子(すがのえりこ)

音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/

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