会員・会友レポート

The World Piano Competition2007/三浦 実先生

2007/08/10
The World Piano Competition2007

| ジュニア部門(受賞者) | 成年部門(受賞者) |

レポート◎三浦 実]

 今回、6月26日~7月7日にアメリカオハイオ州シンシナティ市で行われた、全米屈指の国際コンクール、The World Piano Competitionで審査員をしてまいりました。このコンクー ルは今年で第51回目を迎えるという長い歴史を持ち、また前半はジュニア部門(Young Artist Division)、後半は成年部門(Artist Division)に分かれて開催されます。
 シンシナティはアメリカ東部に位置する町で、ケンタッキー州と隣接している、中規模の都市です。この町は今回初めて訪れたのですが、想像していたよりはビジネス街なども発達していて、「小ぶりなニューヨーク」のような印象を受けました。

1.ジュニア部門(Young Artist Division) 【受賞者】

さて、まず前半のジュニア部門について、ご報告します。この部門は全部で12のカテゴリーに細分されていて、年の若い方からレベル1、最年長グループがレベル12という並びになっています。特に各カテゴリーに年齢制限はなく、課題曲のレベルによってカテゴリー分類がされています。例えば最上級のレベル12なら、参考平均年齢14歳~17歳、最年少のレベル1なら参考平均年齢8歳、のようになっています。そして各カテゴリーごとに課題曲リストがあり、そこから各自選曲して演奏する、という形になっていました。
また、レベル9~12ではソロだけでなく、協奏曲でも受けることができ、それぞれレベル9(ソロ)、レベル9(コンチェルト)というように分かれています。

このコンクールでは出願時に書類審査やテープ審査が行われ、それに通った参加者が本大会に進み、セミファイナル、本選と進んでいくスタイルです。ですから、現地に来る参加者は一定のレベルに達している子たちばかりなので、皆それぞれけっこう聴きごたえがある演奏をしていました。

全体の印象としてはまず、アジア系の参加者が多く、年少者レベルでは大げさでなく、90%以上がアジア系、というカテゴリーもありました。これには2つの要因があり、ひとつはアメリカという国が移民国家であるということです。アメリカでは両親が何人であっても、アメリカで出生した子にはアメリカ国籍が与えられます。ですから、今回のアジア系参加者のほとんどが、名字だけアジア名で名前は英語名、国籍はU.S.A.という子たちでした。

また一般的なアメリカ人に比べ、アジア人の親御さんは概して教育熱心な人が多く、ピアノなどの習い事を早くから始めさせる人が多い、という現状もアジア系の参加者数が多かった、もうひとつの原因でしょう。(だいたい一般のアメリカ人がピアノを始める年齢は、専門家を目指す子でも、6~7歳くらいで、日本などと比べるとかなり遅い。)

ですから結果的に、レベル(年齢層)が上がるにつれ、ヨーロッパ系アメリカ人など非アジア人の比率が増えてくるのは、そういう理由からだと考えられます。

各参加者の演奏については、字数の関係で詳しくは書けませんが、総体的に見て(例えば日本のコンクール決勝クラスと比べると)、日本の同じ年齢の子達の方がレベルは高いように思います。(特に完成度、テクニック等において)

ただ、今回一番感じたのは、向こうの子供達の方が「演奏に自己主張がある」という点でした。前述の通り日本の子達は上手いのですが、何か先生や親に言われた通りに弾いているだけ、という子が多いように思います。(一概には言えませんが、結果としてあまり演奏に感情がこもっていないことが多い)それに比べて、あちらの子達は完成度やテクニックはまだ不完全なんだけど、何か自分として言いたいことがある、表現したいものがある、だから感情のこもった演奏が出来ている、というのが一番の違いでしょう。

よくこれは民族的な違いだから、というように考えられがちですが、それは正しくないと思います。というのも、あちらの子で自己主張たっぷりの演奏をした子の多くがアジア人だからです。いかにその子がアメリカで生まれようとも、国籍が合衆国であろうとも、生物学的には、その子がアジア人であるということに変わりはありません。

では何が自己主張をさせるのかというと、あくまでも個人的な推測ですが、一言で言うと「個性の重視」ではないでしょうか。アメリカだけでなく、ヨーロッパでも個性は重視されますし、また積極的に自分の意見を言うように教育されます。

それに比べて日本は、他人に同調して目立たないようにする、といった風潮が昔からあります。これは決して悪いことではなく、むしろ聖徳太子の昔からの「和をもって尊しとする」という精神で、日本が誇れる美徳です。しかし、こと西洋音楽を演奏する際には、残念ながらプラスにはなりません。ですから、やはり教える側としても、「こう弾きなさい」だけではなく、「どう弾きたいの?」という指導法が必要になってくるのではないかと考えられます。

今回の審査経験だけで、「日本人の演奏はこうだ。外国人はこうだ。」などと画一的に定義をすることなど、全く出来ません。(日本人にも多種多様な人々がいます。)ただ今回感じたことを今後のための、ひとつのヒントとして有益に活用していきたいと思います。

最後に結果についてですが、各レベル本選において、金メダル、銀メダル、銅メダルが選ばれます。(各レベル本選出場者は基本的に3人ですが、時に4人以上選ばれることがあるので、その場合は同じメダルに複数の受賞者が出る)これらのメダリスト達は、この秋、ニューヨークのカーネギーホール(リサイタルホール)でジョイント・リサイタルに出演の機会が与えられます。そしてまた、レベル1~4、5~8、9~12、のそれぞれの金メダリストの中から各一名ずつ、大賞が選ばれるシステムもありました。

・審査方法は、セミファイナルでは、基本的に25点満点で点数をつけ、各審査員の合計点を集計、上位3~6名を本選に進ませる。また本選では点数ではなく、金、銀、銅のメダルの色を書いて提出しました。例えば3人が、銀、銅、銅の評価を下したら、銅メダルが確定。また、金、銀、銅、と出たら銀メダル、というシステムでした。このジユニア部門では、審査員が個々の演奏について、それぞれに講評を書き、参加者に渡すことになっていましたが、P.T.N.A.のステップなどに比べると、演奏時間もそれなりに長く、だいぶ楽に書くことが出来ました。

また、レベル5~8 の大賞受賞者、 Poony Poonという少女はすでにニューヨークタイムズで大きく取り上げられており、将来が有望視されています。そして、これは審査員全員の印象ですが、レベル9の金メダルBrooks Zhangも、大変優秀な少年ピアニストでした。各レベルの受賞者はこちらの通りです。


2.成年部門(Artist Division) 【受賞者】

さて、後半は7月2日に、成年部門(Artist Division)がスタートしました。こちらも事前の書類審査等で選ばれた、14カ国からの26名(欠席者があり実際は20名)の参加者によって行われました。皆それぞれ、過去に何らかのコンクールで入賞歴がある、精鋭揃いでした。

ステージは、予選(25分のソロ・プログラム)、2次予選(30分のソロ・プログラム/12名が進出)、セミファイナル(60分のソロ・プログラム/6名が進出)、本選(協奏曲/3名が進出)の4つから成っています。プログラムは基本的に自由に構成してよいのですが、バロック、古典、ロマン、近現代の4時代をそれぞれ取り入れなくてはなりません。また、協奏曲は2曲用意して、本選前日に審査員から1曲を指定される方式で、一般的な国際コンクールの中でも、厳しい部類に入るでしょう。

参加者全員のプロフィールを見て最初に感じたことは、非常に多くの国からの参加者がいたのですが、そのうちの大半がアメリカ在住であることでした。例えば、ロシア、韓国、台湾、中国、イスラエル、オーストラリア、ニュージーランドなどからの参加者であっても、母国から直接来るのではなく、もともとアメリカの大学や音楽院で学んでいて、そこから受けに来る人が多くいました。また留学先も、ジュリアード音楽院、マンハッタン音楽院、カーティス音楽院、インディアナ大学、マンネス大学、クリーブランド音楽院、をはじめ、錚々たる有名校の在学生 / 卒業生がほとんどでした。

今回、ロシアからの参加者も5人ほどいたのですが、1人を除き、皆アメリカで勉強している人達でした。これは昔ではあまり考えられなかったことで、やはり冷戦が終わり、15年以上も経つと、これだけ人材流出が進むものなのかと、何か大きな時代の変遷を感じました。

この部門の審査方法は、予選、2次予選、セミファイナルでは、各審査員がそれぞれの演奏に、Yes (次のステージに進ませる) / No (進ませない)をつけ、さらに25点満点で点数をつけます。基本的にYes / Noが点数よりも優先され、Yesの多い人から次のステージへの進出が決まります。ただ4人の審査員の中で、Yes / Noが2対2で分かれてしまった場合などは、点数を 合算して点の高い方から通過させる、というシステムです。また、本選では点数ではなく、1、2、3位と順位をつける方式でした。(優勝者にはニューヨークのアリス・タリーホールでのデビューリサイタルの機会が与えられます。)

演奏を聴いて全体的に思ったことは、前述の通り、皆一流校に学び、コンクール受賞歴もある参加者たちばかりなので、ほとんどがそのままコンサート・ピアニストとして世に出しても通用しそうな人材だ、ということでした。ただ審査方法が、Yes / No優先なので、どうしても印象に残る演奏から、Yesがついていきました。つまり、当たり前のことですが、いかにミスなく無難に弾いても、聴く人に何か強いインパクトを与えないと通過しにくい、ということです。では具体的にどういう演奏が強い印象を与えるかというと、やはり当然ながら、音楽的な演奏、もう一歩踏み込んで言うと、表現力に優れた人が多く合格する傾向がありました。

今回、審査員席で予選から本選まで、膨大な量の演奏を聴きながら常に考えさせられたのは「表現力とは何なのか?」という命題です。言い換えれば「どういう演奏が表現力に富んだ演奏で、そのためにはどうしたらいいか?」ということです。「表現力」という言葉は大変抽象的な言葉です。また、このような巨大なテーマの答えが簡単に出せるはずもないのですが、この抽象的な言葉をピアノ演奏において、少しでも具体的に説明できたら、理解するための一助になるはずだと思い、考えを進めていきました。

参加者の中でも表現力に優れている人と、そうでない人とがいました。そして、それらの違いは何なのか、一例として審査メモから検証してみたいと思います。

仮に、表現力に優れた演奏者を「Aタイブ」とします。そしてそうでない演奏者を「Bタイプ」とします。このAタイプの人を聴きながら書いた審査メモには、「多彩な音色、旋律的、流暢なメロディライン、対照的な強弱 / 明暗、ドラマティック、ファシネイティング(魅惑的な)、フレキシブル」などの言葉が並んでいます。一方、Bタイプの人の審査メモには「流れが縦割り(横の流れの不足)、音色の種類の不足、タッチや音質がダイレクト過ぎる、四角張った(曲線的でない)メロディライン、平面的、音楽の継続性の欠如」などが書かれています。

この一例からは、「フラット(平坦、退屈)に弾いてはいけない」、という結論が導き出されるのではないかと思います。例えば、激しい場面はよりドラマティックに、また対照的に美しくゆったりした旋律は、聴く人を夢の世界へ誘うように幻想的に弾き、テンション(緊張感)とリラクセイション(緩和)の明確な弾き分けなど、コントラストやバラエティ(変化に富んだ多彩性)を常に持って演奏することが、結果として表現力を向上させる一因になると考えられます。そして常に、音楽が今どういう場面なのか、ということを感じ、その場面にふさわしい音色や解釈で弾く必要性も、不可欠です。

ごくごく当たり前のような結論ですが、抽象的で難解な「表現力」という言葉を、平易な言葉に一部翻訳するプロセスにはなったように思えます。今後自分が生徒を指導していく上で、ひとつの参考材料を見つけられたとしたら、有意義だったと思います。

成年部門各入賞者

では次に各入賞者を簡単に紹介いたします。

第6位Rui Shi24歳中国ジュリアード音楽院
第6位Henry Wong Doe30歳ニュージーランドジュリアード音楽院/インディアナ大学
第5位Oleksandr Poliykov19歳ウクライナウクライナ音楽院
第4位Ilya Kazantsev23歳ロシアマンネス音楽院 / モスクワ音楽院
(以上、セミファイナルでの演奏の点数をもとに選出。本選には出場せず。)
第3位Yuri Shedrin26歳ロシアイェール大学 / モスクワ音楽院
(伝統的なロシアン・スクール的な演奏。本選のチャイコフスキー:協奏曲No.1の準備が充分ではなかったことが悔やまれる。)
第2位Christopher Atzinger30歳アメリカピーボディ音楽院 / ミシガン大学
(いい意味で、典型的なアメリカ人の音楽。知的かつ繊細な、細部まで神経が行き届いた演奏。本選のプログラムはメンデルスゾーン:協奏曲No.1)
第1位Ching-Yu Hu25歳台湾クリーブランド音楽院 / ジュリアード音楽院
(全参加者の中で、予選から本選を通じ、最も安定した実力を発揮。本選のプロコフィエフ:協奏曲No.3も非常に密度が高く、完成度が高い演奏でした。)
The World Piano Competition2007
授賞式後の祝賀レセプションにて。入賞者と審査員の記念撮影。
右からYuri Shedrin(第3位)、Christopher Atzinger(第2位)、Ching-Yu Hu(第1位)、Swan Kwon(審査員)、Robert Thomas(審査員)、Larissa Dedova(審査員長)、Neal Gittleman(指揮者)、三浦 実(審査員)

最後に私自身、今回は、コンクールの審査のみならず、他国を代表する審査員の先生方やコンクール関係者の皆様と、長い時間を共有し、深く話をし、交流できたことが非常に大きな収穫でした。また、授賞式後の祝賀レセプションでは、入賞者諸君とも親しく話す機会があり、若く才能に恵まれたピアニスト達と接する、得がたい機会にも恵まれました。この貴重な機会を与えられたことに感謝し、またこれを今後の音楽活動に生かすべく、努力邁進していく所存です。

審査員

Larissa Dedova(ロシア 審査員長)
Robert Thomas(アメリカ)
Swan Kwon(韓国)
三浦 実(日本)


ピティナ編集部
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