会員・会友レポート

<連載>上海の初等音楽教育 第4回/牛田敦さん

2005/05/05

第4回「中国からなぜ人材が輩出するのか」

 昨今、中国では幼少期からたくさんの子供達がピアノを習い、成長した後、国際舞台で着実に成果を挙げている。中国の音楽関係者にその理由を尋ねると、その質問が愚問であるといわんばかりの表情で、一様に「努力。それしかない。」という答えが返ってくる。しかし、世界的に活躍するピアニストをめざしている若者は、どの国に生まれ育とうと努力するものである。中国から数多くの人材が輩出するのは、他国と比べ、努力の仕方、量あるいはそのプロセスに違いがあるのか、その努力を支える環境に差があるのか。今回は、中国の初期教育を受けた経験から、その要因について考察してみたい。


歴史

 鄭先生の経歴(第3回参照)でみてきたように、ロシア、アメリカの影響を受けて発展してきたピアノ教育が、文革で20年もの間中断を余儀なくされた。このブランクを大きなエネルギーとして、指導者達は音楽への思いを生徒たちに熱心に伝え、奉仕している。親達も、若きころ果たせなかった音楽や西洋へのあこがれを、自分の子供達に託している。音楽院も、全世界に向かって門戸を広げ、貪欲に見聞きし、習得したものを後進に伝えている。


人口

 中国は人口が多い。一人っ子政策とはいえ、ほぼ子供全員がピアノを習っている。母集団が大きいゆえに輩出する人材の数も多いが、数が多いゆえの「競争」は熾烈で、必然的にレベルが上がっていく。


指導者

 (鄭先生談)「中国の指導者は外国に比べて、子供の基礎を大切にします。特に、脱力について、最初の一歩から厳しく指摘します。各国の指導者が教えるテクニックは、表現の仕方とスタイルに差はありますが、実は差がありません。中国の指導者は、生徒が指導者の要求をマスターすることを徹底し、訓練を徹底させます。この積み重ねによって中国の子供達は基礎が身につきます。欧米の先生に師事したとき、先生方から基礎がしっかりしている中国の生徒は教えやすいとよくいわれます。」
将来を見据えた上での初期基礎学習者の短・中期的な目標を、「脱力」、「音を聴くこと」、「読譜力」においている。(第1回、第2回参照)。もちろん、表現を大事にして完成度高く仕上げるのがベストであるが、優先順位がはっきりしている。


 (鄭先生談)「中国の親は、子供に勤勉さを要求します。小さいときからきっちりたくさん勉強するのがあたりまえという教育をします。当然、ピアノにおいても弾いても弾かなくてもいいといった曖昧な態度はとりません。常に厳しく日々の練習時間がたくさんとれるよう徹底します。10回練習するのと50回練習するのとは上達の速さが違います。上達する理由の99%は訓練によるのです。才能があるだけでは上達しません。世界的なピアニストであるランランの父親は、息子にピアノ教育を徹底させるために、自分の仕事を辞めて付き添いました。」
音楽学院付属小受験のために、1年前から家族総出で、あるいは親子で、地方から上海に来るのが一般的であるが、そのための経済的、精神的な負担をも厭わない。面積が広大で経済的格差の大きい中国では、その負担は日本で東京に上京する比ではない。(それでも、海外へでるためのビザを取得するのが難しい中国人にとって、常に海外との行き来があるピアニストは特権的な職業であり、あこがれの的である。自分達の子供が海外で活躍すること、すなわち外貨を稼げる職業であるピアニストになることに、夢を託すのかもしれない。)


環境

・自宅
ランランは、子供の頃、学校へ行く前に、朝6時から1時間スケール、アルペジオ等を練習したそうである。朝6時から練習できる環境は、日本ではなかなか得られない。中国では、ピアノの音が騒音になることはなく、近所への気兼ねによる練習時間の制約はほぼない。

・学校
音楽学院付属小・中学校入学のために、小学3年生、おそくとも小学6年生の時点で、専門の道へ進む選別段階がある。その入学準備のために幼稚園時代から専門を意識したレッスンを開始している。
日本では、例え幼少時に専門を志していたとしても、小学校と中学校の間は義務教育のため、課外活動つまりお稽古ごととしての取り組みになり、練習も放課後からと時間に制約がある。一方、中国では、音楽学院の附属小学校入学(小学3年生)以降は、一般課目の授業数が普通小学より少なく、音楽に割ける時間が多くなる。さらに、できるだけたくさんの練習時間を確保するために、学校近くに家を借りて通学時間を節約する。2時間のお昼休み時でさえ、一時帰宅して練習させるために、迎えにきた親たちが校門前に列をなしているほどである。


 指導者による基礎教育(脱力、音を聴く、読譜力)の徹底。圧倒的な練習時間という量の蓄積、この2つを支え、駆り立てずにはいられない歴史的ブランク、人口が多いゆえの生き残りをかけた「競争」、子供達に徹底される勤勉と努力の精神(中国の学校教育の厳しさは有名)、ピアニストへのあこがれ。そして、これらに磨きをかける、附属小・中学校から音楽院までの一貫した教育システム。これらが、私が中国の初期教育を受けた経験から推察した、中国から人材が輩出する要因である。

リポート◎牛田敦(上海在住・支持会員)


ピティナ編集部
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